時代小説人物評伝
陸の弐 女性篇2
江戸以後。
崇源院(すうげんいん:1573〜1626)
浅井長政とお市の方の三女、お江(おごう、小督とも)もしくはお江与。
秀吉の命で家康の三男秀忠に再嫁(三度目)、二男五女をもうける。長男竹千代は後の三代将軍家光、二男国千代は後の駿河大納言忠長である。また長女千姫は豊臣秀頼に嫁ぎ、末娘和子は後水尾帝の中宮東福門院になり、生まれた娘は女帝となる。
山風版 「妖説太閤記」「虫の忍法帖」
信長の四男羽柴秀勝の求婚を受け入れるが、秀吉の横槍で破綻。佐治一成に嫁がされる。
関白秀次を密かに恋しており、姉に頼んで彼に似ている忍者(実は虫壷の術によって秀次を入れていた)に抱かれる。これから十ヶ月後に長女千姫が生まれる。(彼女の二番目の夫である豊臣秀勝は秀次の実弟なので、色々と問題ありですが)
三番目の夫として九条左大臣道房の名が有りますが、九条家に嫁いだのは二番目の夫秀勝との間に生まれた娘ですね。しかも道房と言うのはその娘が産んだ次男の名前。
井沢版 「銀魔伝」
実の息子国千代を三代将軍にしようとする(竹千代=家光は家康と春日局の子と言う説を採用)が阻まれる。
隆慶版 「影武者徳川家康」「花と火の帝」
姉に似て気性が激しい。千姫の輿入れに消極的な夫秀忠を尻目に伏見へ送り届ける。ただ身重の身での旅行を単に気性の激しさだけで済ませるのはどうか。単純に健康だっただけでは?これが初産でもないし、八ヶ月なら安定期では。
後水尾天皇の第一皇子の早世は、娘を嫁がせる相手の不行状に怒った彼女の差し金。と言うのはあまりに悪意が有りすぎ。
荒山徹 「徳川家康」
徳川と豊臣の結合を願って娘千姫を大坂城へ送り出す。男子が生まれない不安から家康(実は影武者の韓人)の子として長男家光を生む。
柴錬版 「柴錬立川文庫」
二度の落城に際して姉二人と共に石川五右衛門によって救い出される。
塚原彦四郎によって秀頼を生む。千姫と秀頼をまことの夫婦にするのを阻む。
南条範夫 「わが恋せし淀君」
姉の淀の方と不仲で、淀の方は妹に頭を下げたくないから意地を張っている。長女の千姫は前夫の種で彼女に対して愛情を抱いていない。
諸田玲子 「美女いくさ」
主人公。三姉妹の中でも特に伯父信長似ているとされ女弾正忠と呼ばれる。性格は遠慮がなくて直情的。
一人目の夫佐治一成を救おうとした行動が結果的に夫の危機を招く。秀吉によって一成と引き裂かれるが、密かに密会して子を宿す。表向きは二番目の夫豊臣秀勝の子として生み育てる。
記憶が無い事もあってか信長には好意的で、秀吉を敵視する。秀吉から逃れる為に徳川に嫁いで後は姉と疎遠になり豊臣と徳川の橋渡しに失敗する。
祖母土田御前の轍(兄信長がによって弟信勝が殺された一件)を踏まないようにと次男忠長への偏愛を反省するが、手遅れでした。(兄家光が弟忠長を殺すのを見ずに死んだのは幸いか)
娘達は母の性格を受け継いで婚家でわがまま一杯。幸か不幸かはまた別の問題だが。
春日局 (かすがのつぼね:1579〜1643)
明智光秀の部将斉藤利三の娘で実名於福。稲葉正成の妻となったが離縁し、後に秀忠の嫡男竹千代の乳母に召し出される。秀忠正室が次男国松を溺愛するため、家康に直訴して竹千代の将軍相続を確定したという。後水尾天皇の譲位に繋がった天杯事件に際して春日局の称号を賜る。
山風版 「甲賀忍法帖」「くノ一忍法帖」「忍びの卍」
徳川三代将軍を巡る伊賀甲賀の代理戦争において反則行為すれすれの干渉(史実に置ける家康への直訴に相当)を行っている(「甲賀忍法帖」)。また秀頼の遺児を巡る戦いでは胎児を押しつけられた(「くノ一忍法帖」)。家光に後継ぎを作らせるために次々に女性をあてがうのだが、家光を狙う伊賀根来の忍者に利用された(「忍びの卍」)。
井沢版 「銀魔伝」
銀魔に取り込まれ、父を殺した秀吉への憎悪を吹き込まれる。家康の子竹千代(後の家光)を産む。
光瀬龍 「寛永無明剣」
稲葉佐渡守の奥方おふく、は既に死に、家光の乳母となったのは別人であった。柳生但馬守の一味。
荒山徹 「第十一番花信風」@「柳生陰陽剣」 「三くノ一大奥潜入」
朝鮮妖術師に憑依される。服部家再興を目指す四代半蔵定光を使って彼らの計画を阻んできた敵(柳生友景)の正体を掴む。しかし友景を始末しようとして朝鮮柳生の剣士を送ったのは結果的にやぶ蛇と成った。日本乗っ取りまで後一歩だったのに。
家光の性癖を矯正する為に服部家の再興を餌に、半蔵の娘を大奥へ送り込む。
柴錬版 「徳川三国志」
前半生は不明。斉藤利三の娘と言うのは謎の前半生を隠す為の偽装とする。何故か松平伊豆守には好意的で”愚痴”をもらす。
諸田玲子 「美女いくさ」
家光の乳母として権勢を振るう。生母である小督からの反感を買うが、小督の方が自重したようだ。(向こうが主人公なので悪役ポジションではあります)
ジュリアおたあ (生没年不詳)
文禄の役で連れてこられた朝鮮の女性。本名は不明でジュリアは切支丹としての洗礼名でおたあは日本名。
荒山徹 「サラン 哀しみを越えて」
小西行長の重臣三木輝景に救われて宇土城にて輝景の養父宗右衛門の養女となる。ジュスタ夫人の影響で切支丹となる。
家康の傍に仕えるが禁教令で追放。養父と再開しサランと呼ばれる幼子を育てる。
千姫 (せんひめ:1597〜1666)
徳川秀忠と正室・竜子の長女。豊臣秀頼の正室。後に出家して天樹院。
山風版 「虫の忍法帖」「くノ一忍法帖」「忍法聖千姫」「柳生忍法帖」
生まれながらの将軍家光が恐らく唯一頭の上がらない姉。太閤桐の付いた乗り物で徘徊し、なさぬ仲の娘天秀尼を救いに来る光景は実に格好が良い。
聖女と魔女の共極端の女性が対置されるケースが多いが、一人でその両方を演じるのはこの千姫ともう一人、細川忠興夫人ガラシャお玉くらいである。但し、ガラシャが一つの作中で両方を同時に見せる(忍法ガラシアの棺)のに対し、千姫は常に片方しか表に見せない。
大坂落城直後の「くノ一忍法帖」から、再嫁直前の「忍法聖千姫」、そして剃髪後の「柳生忍法帖」へと時系列で並べると、魔女から聖女へと昇華していく様が見られる。その間に本多忠刻との二度目の結婚が挟まっている事を考え遭わせれば、二人の夫婦仲は円満だったのでしょう。
「柳生〜」において芦名衆が黒幕と目される天樹院の評判を落とすために祝言中の男女を攫い、男の方を竹橋門内の屋敷前に運び込むという凶行を行う。
千姫が大阪落城の折りに背負った呪いを頼宣が受け継いだとすれば、二人のその後も納得が行く。頼宣は千姫と逆にだんだん性格が悪くなっている。してみれば、千姫は呪いを年下の叔父に託して身軽になった訳だ。
関白秀次の執念が巡り巡って彼女の母に着装する。
南条版 「わが恋せし淀君」
ホルモン欠乏症から来る不感症。その為夫からの愛情を得られなかった。
光瀬龍 「寛永無明剣」
坂崎出羽守との間に人類滅亡の鍵となる女性を作る。
柴錬版 「柴錬立川文庫」「眠狂四郎独歩行」
赤子の内に柳生新三郎に摩り替えられる。大阪城輿入れに際して柳生宗矩の替え玉計画で入れ替わるが、猿飛佐助によって再び入れ替わる。つまり大阪城に入ったその後の千姫は贋物。
色狂いを「述べるまでもない有名な事実」とした上で、その死を毒殺とする。
荒山徹 「徳川家康」
徳川と豊臣の掛け橋になる使命を父秀忠に説かれて、それを理解する聡明さを持ち合わせる。
霧島那智 「真田幸村の鬼謀」
夫秀頼の存命を知らぬまま。薩摩に逃げ延びた秀頼も「事情があって再会できないが」と言いながらもあくまで正妻として遇している。
諸田玲子 「美女いくさ」
主人公の長女。最初の夫を亡くした後、母に頼み込んで望みどおりの相手と再婚を果たすが、子供達の不幸が先の夫の呪いではないかと怯える。
東福門院 (とうふくもんいん:1607〜1678)
徳川秀忠の五女和子。入内して後水尾天皇の中宮となり女一宮(後の明正天皇)の生母となる。
幕末に徳川家に降下した皇女(和宮)が同じ名前であったのが皮肉。
隆慶版 「花と火の帝」「かくれさと苦界行」
徳川の血を引く天皇を誕生させる為の切り札であったのだが、秀忠の禁裏圧迫が過激すぎて父親に愛想をつかしてしまう。
夫の落胤であった主人公と対面し、その安全を幕府に保証させる。
南原幹雄 「天皇家の忍者」
江戸に下向して父秀忠の江戸遷都計画を断念させる。
天秀尼 (てんしゅうに:1609〜1645)
豊臣秀頼の遺児。豊臣滅亡後は秀頼の正室千姫の庇護を受け、東慶寺の住職とされる。
山風版 「柳生忍法帖」
加藤明成の家老堀主水の妻子を保護。この対決の結果、加藤家は改易となる。
柳生十兵衛を招聘したのは義母に当たる千姫。
えとう乱星 「用心棒・新免小次郎」
謀反の芽と目されて、柳生宗矩に差し向けられた女忍び達の襲撃を受ける。彼女を守っていた真田十勇士の一人青海はこの時に死亡。表向き死んだことにされて真田家の元へ落ち延びる。
自証院 (じしょういん:?〜1640)
家光の側室。通称はお振の方。家光の初めての子である千代姫(尾張藩主徳川光友正室)を産む。
荒山徹 「三くノ一大奥潜入」
服部半蔵正就の娘瑠衣。家光の男色を治すために春日局に送り込まれるが、妊娠してしまった為に服部家の再興は成らず。
明正天皇 (めいしょうてんのう:1623〜1696)
後水尾天皇の一の姫、興子内親王。生母は将軍秀忠の娘中宮和子。
山風版 「柳生十兵衛死す」
美しさは伯母千姫に似て、気性は父譲りという怖い女性。舎人金春七郎との仲を父に邪推され、逆に意固地になって駆け落ちを仕掛ける。恋人七郎を十兵衛に斬られて憑き物は落ちかのか、少なくとも後追い自殺はしていないようである。
桂昌院 (けいしょういん:1627〜1705)
家光の側室お万の方の御小姓として大奥に上がり、徳川五代将軍となる綱吉を生む。
実名がお玉と言った事から「玉の輿」の語源ともされる。
生類憐れみの令への関与は現在では否定的。
山風版 「筒なし呆兵衛」
話の落ちとして登場。
朝松健 「元禄霊異伝」「元禄百足盗」「妖臣蔵」
女人救済を唱える祐天に深く帰依する。
霧島那智 「真田幸村の鬼謀」
亮賢の入れ知恵で孫の鶴姫の婿を将軍にするように綱吉にせまる。
月光院 (げっこういん:1685〜1752)
甲府綱豊の側室。後の七代将軍家継の生母となり、大奥で権勢を振るう。家宣正室近衛熙子(天英院)とは緊張関係にあったが、家継が将軍を継いだ頃には関係は改善していたと思われる。
忠臣蔵のドラマでは浅野家の腰元として登場するらしい。
菊池道人 「夜叉元禄戯画」
赤穂浅野家に仕える女中。甲府綱豊に見初められて側近くに召されることとなったが、その直前に主君内匠頭の刃傷事件が起こる。(この輿入れ話が結果として内匠頭を追い詰めたのであるが)
勝気な性格で吉良邸への討ち入りを目論み、綱豊の元に身を寄せてからも浅野浪士への肩入れを求める。
高木彬光 「隠密月影帖」
赤穂浅野家に仕え、内匠頭切腹後はその未亡人瑤泉院の元にいた。(上記「忠臣蔵」の影響)
紀州吉宗を八代将軍に推す。紀州に将軍職を継がせないとする書類を盗み隠したのは彼女の指令と思われる。江戸城入りした吉宗とは男女の関係にあるらしい。
お由羅の方 (おゆらのかた:1759〜1866)
出自は諸説あるが恐らく江戸生まれ。薩摩藩邸で奉公しているときに斉興に見初められ三子(一人は後の島津久光)を儲ける。彼女の息子を島津家の跡取りにしようとする陰謀があり由羅騒動と呼ばれるが、必ずしも彼女が望んだモノではなくおそらくは島津家内の政治抗争に利用されたものと思われる。
柴錬版 「眠狂四郎孤剣五十三次」
松平主馬と名乗っていた若き日の眠狂四郎の最初の女となる。(彼女にとっても最初の男)
お竜 (おりょう:1841〜1906)
坂本龍馬の妻。龍馬の死後は不遇であったらしい。
山風版 「旅人国定龍次」「警視庁草紙」
龍馬との待ち合わせを祐天仙之助に目を付けられるが、京へ向かう途中の龍次に救われる。
維新後は身を持ち崩し、隠し売女の検挙網に掛かって牢屋に入る。
半村版 「産霊山秘録」
江戸のヒ。新撰組から敵視された坂本龍馬の元へ送り込まれるが、彼に惚れて寝返る。
静寛院宮 (せいかんいんのみや:1846〜77)
仁孝天皇皇女和宮。公武合体のため将軍家茂に嫁ぐ。
戊辰戦争が起こると、徳川家救済のために力を尽くす。
山風版 「警視庁草紙」
亡き夫昭徳院殿の木像を京都から東京へ運ばせる。故人の船嫌いを考慮して陸路東海道を馬車で運ばれた。これを利用して運ばれた印刷機が後に明治最初の贋札製造に使われる事になる。
高橋お伝 (たかはしおでん:1850〜79)
古着商後藤吉蔵殺害で処刑される。戯作者仮名垣魯文の「高橋阿伝夜叉譚」で名が知られる。
ハンセン病にかかった夫がドクトル・ヘボンの治療を受けている。
山風版 「明治断頭台」「警視庁草紙」
入院中の夫の看病と同時に看護婦姿で甲斐甲斐しく働く。
下田歌子 (しもだうたこ:1854〜1936)
歌人、女性教育家。本名平尾鉐(せき)。昭憲皇太后(明治天皇の皇后)から信任を受け、歌子の名を賜った。
明治の紫式部と称えられる一方で政府高官との浮き名が囁かれ、幸徳秋水の平民新聞で「妖婦」として叩かれる。
女子華族学校と学習院との統合に際し、学習院の院長となった乃木希典と方針を巡って対立した。
山風版 「ラスプーチンが来た」
作中では下山宇多子となっている。連載時は実名だったが、彼女とコンビを組む飯野吉三郎の遺族からの抗議が元で連載は中止となったらしく、加筆刊行時には仮名とされた。
黄天と共に主人公明石元次郎を悩ませるが、ラスプーチン登場以降は影が薄い。(これは「ラスプーチン来る」以降が刊行時の加筆で、つまり連続性が削がれた所為かもしれない)
大山捨松 (おおやますてまつ:1860〜1919)
会津家老山川家の出身。明治4年の岩倉遣欧使節団に同行してアメリカに留学する。
帰国後、薩摩出身の大山巌の後妻となる。先妻の娘信子は後に三島通庸の息子弥太郎に嫁ぐが、二人をモデルにした小説「不如帰」の中で捨松は敵役に仕立てられる。
山風版 「幻燈辻馬車」「エドの舞踏会」
幼くして渡米したせいか、日本語がやや怪しい。夫をイワーオと呼ぶ。
井上馨の企図する欧化政策の一環である鹿鳴館でダンスを教える。
津田梅子 (つだうめこ:1864〜1929)
岩倉使節団に同行した女子留学生の最年少。
帰国後は華族女学校で教鞭を執るが、三年で辞めて再留学。一般女子教育の普及に尽力する。
山風版 「ラスプーチンが来た」
下山女史が「下婢養成所」創設のための資金集めに開いたバザーに内村鑑三と共に訪れる。
川上貞奴 (かわかみさだやっこ:1871〜1946)
伊藤博文も通い詰めたという美妓。壮士芝居の川上音二郎に嫁ぎ、日本初の女優となる。
1900年のパリ万博でマダム貞奴の名で絶賛を受ける。
山風版 「幻燈辻馬車」「エドの舞踏会」「横浜オッペケペ」
「明治以後現代に至るまでの日本の美人ベストテンには、十分はいる」と評価される。
命の恩人である野口英世から、渡米資金をせしめるが別に悪びれる様子もない。
樋口一葉 (ひぐちいちよう:1872〜96)
早世した女流小説家。本名奈津。
山風版 「警視庁草紙」「明治十手架」「からゆき草紙」
「警視庁草紙」では幼いなつが夏目金之助と遊ぶ。
「からゆき草紙」では母が昔仕えていた稲葉家のお嬢様を救うため金策に奔走する。
天啓顕真術会の久佐賀義孝(作中では義教)を訪れて金を無心する。作中の久佐賀は死んでいるが、史実では毎月十五円の援助を得ていたらしいが、関係があったかどうかは永遠に謎であろう。
人間臨終図鑑では生前の関係を否定しつつも危険性の高さを思い、「死は一葉を汚辱から救った」とまとめている。