時代小説人物評伝

壱の壱 子弟篇

 天下人の不肖の子弟達。

織田有楽斎 (おだうらくさい:1547〜1621)

 信長の末弟。本能寺の際、信長の嫡男信忠などと一緒にいたが、一人だけ逃げのびたという。しかし裏返せば信忠自身にも逃げるチャンスが有ったと言うことであり、彼の判断の方が正しかったのかもしれない。

 山風版 「妖説太閤記」「忍法八犬伝」

 淀の方の叔父として大坂城で重きを為すが、密かに徳川方と通じていた。庄司甚右衛門の西田屋で本多佐渡守と密会する。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 秀吉の落胤を名乗る名古屋山三郎の存在を知った真田幸村に真偽を問われ、その生母がガラシアでは無いかと語る。 

 半村版 「黄金の血脈」

 織田家に所縁のある名古屋山三郎の遺児三四郎を茶友達の今井宗薫に預ける。

 南条範夫 「わが恋せし淀君」

 片桐且元の淀の方への執着心を見抜く。しかし男女の機微に通じすぎていることが逆に武将としての成功を妨げた。

 諸田玲子 「美女いくさ」

 秀吉の命を受けて、姪の小督を夫佐治一成から引き離す。

織田信雄 (おだのぶかつ:1558〜1630)

 信長の次男。家康と組んで秀吉と戦うが、秀吉のたらしに乗って勝手に講和してしまう。

 山風版 「妖説太閤記」「忍法剣士伝」「風来忍法帖」

 史実通りの馬鹿息子。北畠家の旗姫に婿入りするが、彼女に掛けられた「びるしゃな仏」に手が出せない。

 隆慶版 「花と火の帝」

 強硬派が差し向けた刺客から片桐且元を救う。この事件を契機として大坂城に愛想をつかして断腸の思いで退去する。(つまり徳川方への内通はなし)

羽柴秀勝 (はしばひでかつ:1568〜1585)

 信長の四男。於次丸。秀吉の養子となる。先に秀吉の実子と言われる石松丸秀勝が、彼の死後に小吉秀勝が居てしばしば混同される。

 山風版 「妖説太閤記」

 お市の方を勝家に再嫁させることを知った秀吉が織田家とのつながりを求めて養子に貰い受ける。

 お市の方の末娘たつ姫と結婚して亡父信長の再来となる子を作ることを希望するが果たせず、毒殺される。このたつ姫が後に秀忠に嫁いで千姫家光を生むことになる。(同名の小吉秀勝とた姫=小督との婚姻話を故意に混ぜていると思われる)

 半村版 「産霊山秘録」

 藤堂高虎によって呪殺される。

豊臣秀次 (とよとみひでつぐ:1568〜95)

 秀吉の甥で養子。関白職を継承するが、太閤との主導権争いから処断される。その行状から”殺生関白”と呼ばれる。

 山風版 「妖説太閤記」 「近衛忍法暦」「虫の忍法帖」「忍法おだまき」

 指図通りに動き、かつ補佐が適当ならその職にたえると見て穴埋め的に後継者とされたが、秀頼の誕生により無用の存在になったと感じて荒れる。秀吉の嫌う「女にもてる男」であったことが彼とその愛妾たちの悲運を招いた。

 叔父秀吉と違って精力絶倫。その閨房を見せられた秀吉は若者達への嫉妬に駆られて彼らを大陸へ送り込む(「近衛忍法暦」)。肝心の秀次が大陸に送り込まれていない点に無理がある。

 切腹に臨んで侍女の甲賀くノ一に己の精を託す。その精は本来の目的である淀の方でなく、その妹小督に入る。その十ヶ月後に生まれた千姫は彼の娘であったかも。

 果心居士のおだまきによって生まれ変わりを試みるが、無惨な結果であった。

 半村版 「産霊山秘録」

 淀の方の生んだ秀頼に天下を継がせようとする藤堂高虎の呪術によって切腹に追い込まれる。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」「赤い影法師」

 長久手の失態は彼の咎にあらず、命じた秀吉にあったが、叱責にも愚痴を漏らさない聡明さを持っていた。叔父太閤に妻を寝取られたと思い込んで狂乱する。そのとき生まれた小太郎は後にフロイスの手によってすりかえられて生き延びた。

 秀頼を仇と襲った小太郎秀松は女であった。本物がどうなったのかは不明のまま。

 石田三成の奸計に嵌り比叡山で大規模な狩りを催す。これが太閤秀吉に咎められて関白を降ろされる。

 菊地版 「魔剣士 妖太閤篇」

 剛勇を見込まれて叔父秀吉の養子となり関白位を譲られる。と同時に彼と同じ死人になるように求められ拒絶。その気骨は家康からも評価されている。

 秀吉の背後にいる死人使い達と敵対する山人達に謀反を勧められるも遂に応じず忠義を尽くすが、実子が出来た秀吉に疎まれて”殺生関白”の汚名を着せられて処断された。

 荒山徹 「魔風海峡」 「柳生大作戦」

 展開は異なるが三成によって死に追いやられる。

 百済妖術を身に付けた三成に操られて死に追い込まれる。(「柳生大作戦」)

 秀頼の誕生に焦って叛乱を計画し、三成の暗殺を企てるがこれを察知した真田幸村によって阻止された。その叛意も配下の風魔忍者によりたきつけられた可能性がある。(「魔風海峡」)

 朝松健 「真田幸村 家康狩り」 「五右衛門妖戦記」

 家康配下の服部半蔵の術に操られて罪死に追い込まれる。

 妖術師(おそらく伊達政宗から提供された)によって二代目石川五右衛門の存在を知って配下の忍者に抹殺を命じる。

 諸田玲子 「美女いくさ」

 女癖だけは叔父秀吉譲り。それなりの人物として小督の評価が高かったが、関白職に固執しすぎて身を滅ぼした。

豊臣秀勝 (とよとみひでかつ:1582〜1602)

 秀吉の甥、関白秀次の次弟。同名の於次秀勝としばしば混同される。区別の為幼名をつけて小吉秀勝と呼び分けられる。浅井三姉妹の末っ子小督の二番目の夫。

 諸田玲子 「美女いくさ」

 前夫との子を宿した小督と結婚させられる。そのまま戦没し、その子に会うこともなかった。気の毒な人。 

小早川秀秋 (こばやかわひであき:1582〜1602)

 秀吉の正妻北政所の甥。

 関ヶ原の勝敗を決めた裏切り者。だが、彼の心中は初めから東軍にあったと思われる。若死にして家名断絶しなければこれ程悪名を残さなかったのではないか。

 山風版 「刑部忍法陣」「忍者撫子甚五郎」

 敬慕する叔母高台院の指示で家康への荷担を約束させられるが、戦場で大谷刑部に威圧され揺らぐ。その後に再度刑部が訪れて、今度は恩賞を提示してその歓心を買う。これが若い彼の判断を混乱させたのではないか。

参考 忍法帖別解 関ヶ原・忍びの攻防

 半村版 「産霊山秘録」

 関ヶ原における寝返りは中井正清が仕掛けた呪具によるものと思われる。

 隆慶版 「影武者徳川家康」「逆風の太刀」

 家康死すの報に動揺するも、本陣から射撃に意を決して山を降る。

 (家康が死なない)後者では逡巡の末、「くそ親爺を助けてやろう」と言って動く。しかしそれよりも秀秋の側に柳生の一門がいたことの方が重要ではないか。

 荒山徹 「高麗秘帖」「第十一番花信風」@「柳生陰陽剣」 「柳生大作戦」

 朝鮮陣で後見役の黒田如水にそそのかされて軽挙妄動に走り領国没収の口実を与える。(「高麗秘帖」) 朝鮮妖術師に憑依されて関ヶ原での裏切りを行う。その妖術師が彼から離れてどこへ行ったかというと…。(「第十一番花信風」)

 三成に憑依され西軍に味方して参戦するはずだったのだが、指南亀によって方向感覚を狂わされて…。(「柳生大作戦」)

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 松尾山の陣で客分の小柳生五郎右衛門の捕虜となり、彼の命ずるままに裏切り者の汚名を着ることとなる。

豊臣秀頼 (とよとみひでより:1593〜1615)

 豊臣秀吉の子。秀吉の遺言によって家康の孫千姫を娶るが大坂城にて母淀殿と共に滅ぶ。息子は斬首されたが、は助命され鎌倉東慶寺に入る。

 山風版 「くノ一忍法帖」「妖説太閤記」「柳生忍法帖」

 真田のくノ一に種を残し、千姫の侍女として落とす。

 半村版 「産霊山秘録」

 母の旧家臣筋であった藤堂高虎によって密かに大坂城を落ち延びて、肥後の山中に暮らす。最後は猿飛佐助を追っていた伊賀者に発見され自害する。

 隆慶版 「影武者徳川家康」

 暗愚ではなくむしろ聡明。であるが故に先が見えすぎて諦めが早い。この点は真田幸村への評価とも通じる。

 家康(の影武者)の好意を感じつつも、母の矜持のために豊臣家の滅亡を選択する。千姫を逃す件について初めて母に抵抗を見せる。次郎三郎の手のものが彼の死体を吹き飛ばして消したために秀忠はその亡霊に悩まされることになる。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」 「運命峠」「赤い影法師」「忍者からす」 「眠狂四郎無情控」

 実の父は秀吉でなく塚原卜伝の息子(「忍者からす」によれば養子)彦四郎。妻となった千姫との契りを母に止められるが、実父(と本人は知らない)彦四郎の手引きで結ばれる。

 桂宮蓮子との間に男子を残すが、姫宮は秀頼は大坂で死んだと思っている。秀頼のほうも姫宮の懐妊を知らない。(秀吉の猶子となった智仁親王は八条宮と称しており、桂宮と改称したのは遥か後代のこと)

 真田幸村配下の忍者によって薩摩へ落とされるが、ほとんど廃人状態で豊臣家の再興はほとんど不可能となる。

 肥後加藤家にかくまわれている時代に一子菊丸を設け、菊丸がその後長崎から海外へ逃れたとする。(「眠狂四郎無情控」)

 松枝蔵人 「瑠璃丸伝」

 真田幸村の計らいで大坂城から落とされる筈だったが、幸村を信用できなかった母淀殿の手に掛かる。

 菊地版 「魔剣士 妖太閤編」

 秀吉の背後でうごめく死人使い達によって淀の方の腹へ入れられた。父親の種は語られていない。一味が全滅している事からその正体は最後まで謎である。

 荒山徹 「柳生逆風ノ太刀」@「柳生陰陽剣」 「鳳凰の黙示録」 「徳川家康」

 天下人の器ではないと言う点ではほぼ共通。

 「柳生逆風ノ太刀」では朝鮮妖術で作られた偽の淀の方に踊らされて滅びる愚人。本物の母親がまともな分、暗愚さが際だっています。最期に本物と再会できて良かったね。

 「鳳凰」では大坂城で亡くなった疋田豊五郎の最後の弟子で新陰流の使い手。母の指令で薄田隼人正と共に朝鮮に渡り、洪吉童と名乗って鳳凰卵の鍵を探す。(洪は大河すなわち淀川と共にある大坂城、吉童は秀吉の子を意味すると言う)

 実子国松は服部党の忍者の手にかかる。その替わりに朝鮮から連れ帰った永昌大君を我が子のように可愛がる。大坂城の地下に埋められた鳳凰卵を龍族の家康から守るために移封を拒否。鳳凰卵を無事薩摩へ落とし、自らは城と運命を共にする。

 「徳川家康」では単なる凡人。家康(影武者)との対面で命を狙われるが、十勇士の影働きで危機を脱する。

 霧島那智 「真田幸村の鬼謀」

 真田十勇士によって大坂城を脱出し薩摩島津家に身を寄せる。十勇士に鍛えられ忍者としての修練を積み、また多くの子をなして将来の徳川家乗っ取りの布石を打つ。

 戸部新十郎 「妖説五三ノ桐」

 大坂落城後、薩摩に逃れるが、島津家久の恭順により安住の地を失い海外へと落ち延びる。

岡崎信康 (おかざきのぶやす:1559〜79)

 家康の長男。母は今川義元の姪・築山殿。清洲同盟に基づいて信長の娘五徳を娶る。

 山風版 登場作品 「信玄忍法帖」「妖説太閤記」

 家康の気の毒な息子その一。両親の反目の中に飲み込まれた感がある。山本道鬼斎の計略により父母に嫌悪を抱き、後に叛旗を翻すが武田家を救うには到らなかった。

 彼の死について岳父信長は無罪であろうと言うのが山風の意見であるらしい。

 「妖説太閤記」では秀吉の離間策が裏で動くが、家康は息子の命を捨てて家を選択した。

 菊地版 「魔剣士 黒鬼反魂篇」

 死病に取り付かれたため父家康に見捨てられた。服部半蔵の計らいで偽首を送られて、自身は一部の忠臣と共に洛北に潜む。

 異国の邪教と結び信長を滅ぼし、その後を継ぐであろう秀吉や父と敵対してこの国を生ける死人で満たそうとする。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 家康は今川義元によって子を成せぬ様にされており、正室築山殿の生んだ信康は義元の子であった。とは幸村を訪ねた影武者の話なので真実かどうかは定かでは無い。

結城秀康 (ゆうきひでやす:1574〜1607)

 家康の次男で小牧長久手の戦いの講和条件として秀吉の養子となる。父家康から嫌われた理由として双子説(当時畜生腹として忌み嫌われた)がある。

 山風版 「羅妖の秀康」「盲牌試合」

 家康の気の毒な息子その二。

 生まれた時から省みられず、秀吉の元へ人質として出される。秀吉も彼が父から疎まれていることを察して取り込みを図る。結果豊臣びいきとなったため最後は父に命を縮められる事になった。

 隆慶版 「一夢庵風流記」「影武者徳川家康」

 前田慶次に完敗して心酔。慶次の会津行きに際して戦場での再会を約する。関ヶ原の後、一戦交えた後で上杉家の赦免を仲介する。

 弟秀忠の命を受けた柳生宗矩の一団に襲われて絶命する。

 柴錬版 「運命峠」

 秀吉の養子だった関係で親豊臣であったことから反逆を警戒されて暗殺された。

 五味康祐 「二人の武蔵」

 吉岡一門との戦いを知って武蔵に興味を持つ。

 史実では彼の三男出雲守直政が武蔵と立ち会っている。

松平忠輝 (まつだいらただてる:1592〜1683)

 家康の六男。伊達政宗の女婿で、大久保長安を家老とする。

 父家康に疎まれた理由として、容貌が醜かったと言うものや実弟松千代と双生児だったと言う説がある。だが前者はともかく後者は、松千代が幼くして長沢松平家を継ぎ深谷を与えられていたのに彼には何も与えられていなかった(その松千代の早世によりこれを継いだ)事から信憑性に欠ける。

 全く関係ないが、私の住む上越市の一翼、高田城の建築者である。確か伊達政宗の大河ドラマで注目され、高田城は当時にはなかったはずの天守が出来ていたりする。

 山風版 「倒の忍法帖」

 彼が気の毒であるかどうかはやや微妙。忍法倒蓮華によって女性気質に開眼、戦場離脱の咎で改易となるが、兄弟の中でも特別に長生きする。

 隆慶版 「捨て童子松平忠輝」他

 鬼子として描かれ、父家康や舅伊達政宗からその際を恐れられつつも愛でられる。政宗の企画した遣欧使節の団長に据えられて国外へ送り出される筈であったが、残された藩の行く末を思いこれを断念する。そのくせ大坂の陣では秀頼との約束から不戦を決め込んで「我儘な殿様」と言われている。

 兄秀忠の暴走を阻止するため、家康の遺産の一部を託され改易と称して野に下る。

 荒山徹 「徳川家康」 「柳生百合剣」 「砕かれざるもの」

 彼を鬼子として描くのは隆慶先生からの流れ。

 ただし隆慶作品へのオマージュである「徳川家康」では「二十歳すぎればただの人」「己の才だけを恃み、努力しないものは折れ易い」とけちょんけちょん。隆慶版における性格の矛盾を見事に突いている。

 その一方で「柳生百合剣」では、その英邁さが兄秀忠に警戒されて改易。彼の母は百済団の首領の妹だったとされ、百済団の御輿として家光に代わり将軍に成ろうとする。幼き頃の十兵衛に己と同じ「鬼っ子」の匂いを感じ、自分の兵法指南にと誘う。

 切支丹となり高山右近の計画に乗って越中で大名として復活を目論む。

 えとう乱星 「かぶき奉行」 「用心棒・新免小次郎」

 由井正雪の陰謀がらみで登場。但し両作品でその関わりが多少異なる。

 前者では密かに江戸に隠れ家を持ち、そこに出入りしていた主人公から正雪の陰謀を知り、弟頼宣に知らせる。

 後者では紀州から諏訪へ帰る途上を主人公に護衛される。

 五味康祐 「真田残党奔る」

 本人は登場しないが、妻五郎八姫と岳父政宗が陰謀に加担。これが成就していれば復活の目が有ったかも。

 柴錬版 「運命峠」

 双生児として出生。双子の弟は市井で育ち、自身も捨てられて皆川広照に拾われる形で育てられる。成長して後、家老となった育ての親と対立し不行状を訴えられるが、父家康は忠輝の主張を入れて皆川を切腹させた。しかし異母兄秀忠と折り合いが悪く、家康の死後その遺言と称して改易された。

 自分を改易に追い込んだ隠密を斬るために配所から江戸に密行。服部半蔵に発見され、弟秋月六郎太を身代りにと言う提案を蹴って死を選ぶ。

 半村版 「黄金の血脈」

 長安の計画への直接の関与は不明。ただ、領内に舞い込んできた名古屋三四郎たちを庇護する。

 南条範夫 「わが恋せし淀君」

 兄秀忠に敵意を抱き大坂方と内通するが、遂に裏切りにまで至らずサボタージュに留まる。これが原因で改易。

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