時代小説人物評伝

伍の壱 武芸者篇

塚原卜伝 (つかはらぼくでん:1489〜1571)

 鹿島神道流の剣豪。

 山風版 「忍法剣士伝」「室町お伽草紙」

 上泉伊勢守の師匠として扱われ、彼とのセットでしか登場しない。史実を見るとト伝の方がキャラが立っているのにねえ。しかも二編しか無い内の一つ「室町お伽草紙」は当年表では除外されている。「忍法剣士伝」の頃には既に死んでますね。

 さしもの剣聖も香具耶の悪戯には引っかかった。やはり山風作品では聖女が剣聖よりも強い。

 柴錬版 「忍者からす」「柴錬立川文庫」

 熊野の誓紙によって卜部覚賢の前に現れた女鴉を母として産まれる。その後、誓紙の主である塚原土佐守に養子として出される。筑波山中で母の姉である鴉と出会い、その忍術に完敗。その武技(忍法)を伝授される。

 死を目前にしながら、忍術を会得して父に挑む彦四郎を全く寄せ付けない、まさに鬼神の如き強さ。それでも息子に留めを刺せなかったのは父としての情か。

 山田正紀 「闇の太守」

 武神武甕槌神を奉じる鹿島宮の卜部の末裔。是界と手を組んで御贄衆と戦い、武人の国を再興しようともくろむ。

 荒山徹 「剣法正宗遡源」

 実は韓人で朴高幹(パクコガン)。朴が伝えたから卜伝、と言うのは韓使の妄言。

 菊池秀行 「しびとの剣」 「からくり師蘭剣」シリーズ

 からくり師蘭剣によって再生され、その手下として働く。出来るやつを見ると斬りたがる癖がある。

上泉伊勢守 (かみいずみいせのかみ:1508〜77)

 実名秀綱、後に信綱。主家・上野長野家が信玄に滅ぼされた際に他家へ使えないと言う条件で解放され改名したらしい。

 山風版 「室町お伽草紙」「伊賀忍法帖」「海鳴り忍法帖」「忍法剣士伝」「信玄忍法帖」

 多分、全編を通じても最強の剣豪。作中では塚原ト伝と師弟関係とされ、「忍法剣士伝」ではこの両剣豪の夢の対決?が実現する。

 また果心居士との対決では弟子同士の戦い(「海鳴り忍法帖」)では不覚を取った(思わず自分が出ようとした)が再度の直接対決では一矢報いている。忍者を破るには並の剣士では駄目で剣聖クラスの実力が必要なようです。

 弟子の戦いと言えば高弟疋田豊後も徳川の忍者に苦杯をなめますが、あれは初見で敗れる相手ではありません。まあ一度見ただけで破ってしまう当たりが流石ですが。

 さて伊勢守最晩年の子として主水泰綱が登場します。泰綱の生まれは彼の死の前年なので、不可能ではないにしろかなり怪しい。だが伊勢守は泰綱の生年とされる天正四年に、「忍法剣士伝」でその健在振りをアピールしているので、年譜上は問題ないでしょう。

 そんな剣聖も香具耶の悪戯には引っかかった。やはり山風作品では聖女が剣聖よりも強い。

 柴錬版 「忍者からす」「柴錬立川文庫」

 将軍義輝を狙ってきた忍者(戸沢白雲斎)を退ける。

 弟子柳生石舟斎の懇願により彼の妻に三人の男子を産ませる。

 信長の招聘を受けて弟子の丸目蔵人を紹介。強すぎる蔵人を型に填めることで弱め、そこに美を作り出す。

 荒山徹 「柳生外道剣」 「石田三成」 「剣法正宗遡源」

 柳生との絡みで名前が出るだけ。

 友景サイクルでは神泉と表記。弟子の石舟斎の後ろめたさが見せた幻として登場(実際には一番弟子で甥でもあった疋田豊後であった)。

 そして鳳凰サイクル(「剣法」)では、実は韓人で泉信綱(チョンシンガン)。と言う妄言が韓使の口から飛び出す。しかも証拠の品を墓に埋められそうになった。

 菊池秀行 「しびとの剣」

 蘇った冴月紫靡帝と対峙。新陰流を伝授する。

神後伊豆守 (じんごいずのかみ:?〜?)

 匹田(疋田)小伯と並ぶ上泉伊勢守の二大高弟。実名宗治。

 上野長野家の家臣で、伊勢守が長野家に仕えていた頃からの門弟らしい。小伯が疋田陰流を残しているのに対してこちらは弟子も残さず生没年すら不明。

 山風版 「信玄忍法帖」

 師の共をして信玄を見舞う。弟子入り志願に敗れた豊五郎を救う。

 荒山徹 「柳生大戦争」

 大戦争サイクルでのみ登場。その正体はスペイン貴族ジンゴイズ伯爵。師伊豆守と出会ったのは将軍義輝の御前での上覧以後。故にその時期に彼の名がない。その後柳生友矩に神後新陰流(自前の西洋剣術が混ざったモノ)と男色の技を伝授したと言う。

宝蔵院胤栄 (ほうぞういんいんえい:1521〜1607)

 宝蔵院流槍術の初代。柳生新左衛門と供に上泉伊勢守に師事。槍術を体得する。

 山風版 「忍法剣士伝」

 信長の攻撃から北畠家を守る為に参集した剣の十字軍の一人。果心居士の悪戯で退転。竹中半兵衛に勧誘され、それを理由として同門の柳生新左衛門と対決する。

柳生石舟斎 (やぎゅうせきしゅうさい:1529〜1606)

 大和柳生の庄の国人。柳生流の開祖。新左衛門。柳生家の家督は徳川へ送り込まれた五男宗矩(江戸柳生)が、新陰流の正統は加藤清正に後に尾張義直に仕官した嫡孫兵助(尾張柳生)に受け継がれる。

 山風版 「伊賀忍法帖」「忍法剣士伝」

 筒井氏により旧領を追われたが、松永久秀に与して所領を快復。しかしその態度は面従腹背である(「伊賀忍法帖」)。果心居士が信貴山落城の未来を見せた事で久秀からの攻撃を免れる。伊勢北畠家へ参集して信長の来襲に抗する剣の十字軍の一翼を担うが、果心居士の仕掛けた悪戯に嵌り、同門の宝蔵院胤栄と対決する(「忍法剣士伝」)。

 隆慶版 「柳生刺客状」

 柳生の庄を捨て駒にして出世しようとする息子宗矩の策を拒絶。戦傷で不能となった長子新次郎厳勝の妻を孕ませて理想の後継者兵助を得る。

 荒山徹 「太閤呪殺陣」 「柳生大作戦」 「柳生外道剣」

 「太閤呪殺陣」(@友景サイクル)では、戦傷で不能となった長子新次郎の妻を孕ませて、と言うのは隆慶作品からの踏襲だが、新次郎自身が望んだことになっている点が異なる。このとき生まれたのは史実に無い長男で、次子である兵助は回復した新次郎の実子。朝鮮で死んだはずの長男久三郎純厳は朝鮮柳生を組織して実父石舟斎と対決することになる。久三郎が朝鮮で儲けた子真純が友景の養子友種となる。

 関連稿 時代小説とRPG 三つの朝鮮柳生

 「柳生大作戦」(@大戦争サイクル)では代々の使命で百済党の陰謀と戦う。柳生伝来の剣術を秘匿するために、表向きは上泉伊勢守に弟子入りしたことにする。宗矩を家康に仕官させ、宗章には古代の神器指南亀の捜索を命じる。

 「柳生外道剣」(@逆十字サイクル)では日朝講和の条件として持ち出された”剖棺斬屍”の為に柳生の剣を振るうことを強要される。良心の呵責から栖雲斎を師伊勢守と見誤って退行を起こす。

 五味康祐 「村越三十郎の鎧」「兵法流浪」「無刀取り」「二人の武蔵」

 三成の刺客より家康を守る。

 兵庫の岳父島左近の添状を携えて、宗矩と共に上杉家を訪れる。仕官の当ては外れるが、彼らの目的は別にあった。宗矩への扱いは非道いかも。

 岡本武蔵を柳生家のために利用するという意図で鍛え、江戸で勇名を上げている平田武蔵と戦わせる為に宗矩の元へ送り込む。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」「最後の勝利者」

 筒井順昭に子をなす能力を奪われる。彼の息子達は師である伊勢守の胤。その事実を知った次男新三郎は父からの刺客を退けて逐電。

 (「柳生新三郎」に三男一女とあるのに、「柳生但馬守」で宗矩の弟が登場する矛盾)

 菊池秀行 「からくり師蘭剣」シリーズ

 蘭剣によって甦った人形剣士の一人。蘭剣を追ってきた孫の友矩と数度の対決を経て遂に敗れる。

疋田豊五郎 (ひきたぶんご:1537?〜1605?)

 上泉伊勢守の甥(姉の息子)。神後伊豆守と並ぶ伊勢守の二大高弟。実名景兼。号は小伯(あるいは虎伯)、晩年には栖雲斎とも。

 山風版 「信玄忍法帖」

 匹田文五郎の表記で登場。

 果心居士との対決や塚原ト伝とのタッグモノでは出番がない。で唯一の活躍が師と友に病床(実際には既に死去)の信玄を見舞う途中で弟子入り志願の男(甲斐への侵入を図る徳川の忍者)と対決。一見して単なる引き立て役と思えるが、伊勢守自身も初見で戦ったら多分負けていただろう。

 荒山徹 「十兵衛両断」「鳳凰の黙示録」  「魔風海峡」「柳生外道剣」

 加藤清正に従って朝鮮に渡り、新陰流を朝鮮の王子臨海君に伝授。その後の臨海君の運命は二つに分かれる。

 秀吉の遺骸を傷つける剖棺斬屍を行う石舟斎の前に現れ、その行動を責める。

 柴錬版 「忍者からす」

 丸目蔵人の邪剣に遅れをとる。

林崎甚助 (はやしざきじんすけ:1542?〜1621?)

 出羽の生まれ。父の仇討ちの為抜刀術を編み出す。その後の様々な居合の流派で開祖と崇められる。

 山風版 「忍法剣士伝」

 北畠家に集った剣の十字軍の一人。同じ抜刀術を使う片山伯耆守と対峙。どちらも抜刀できずに消耗して引き分け。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 出羽の大名最上義光の長男義康と親しく、その遺児義太郎を育て、真田幸村に託す。

伊東一刀斎 (いとういっとうさい:1560?−1653?)

 一刀流の開祖。実名景久。

 山風版 「忍法剣士伝」 「死なない剣豪」

 魔界転生に出てきても面妖しくない人物なのだが、十兵衛より長命であったため登場し損ねた。ただし、彼は「忍法剣士伝」中で果心の悪戯から逸物を落としているので、あの再生方法は出来ないであろう。発表順では「魔界転生」の方が先だが、その辺を考慮したのか?

 斯くして転生も出来ず死に後れたこの剣豪は「死なない剣豪」中で怪老人とて登場する。この作中の一刀斎の惚け振りは「柳生十兵衛死す」の室町の十兵衛の師であった移香斎に投影される。しかし移香斎は十兵衛(室町のだけど)と斬り合って死ねるのに、一刀斎はそれすらもない。実に気の毒という他はない。

関連稿 一刀流・小野家の流転

 五味康祐 「二人の武蔵」

 武蔵の一人、岡本武蔵の第二の師として登場。彼の最初の師である唐人十官との戦いには敗れる。

 菊地版 「魔剣士 妖太閤篇」

 反魂の法によって蘇り、死人を斬る剣を振るう。秀吉の師となってその剣を伝授する。

 荒山徹 「柳生百合剣」 「鳳凰の黙示録」 「砕かれざるもの」

 朝鮮半島へ渡ったところまでは共通だけど、その動機やその後の顛末が天と地ほども違う。

 友景サイクル(=「百合剣」)では、宿敵ポジション。百済団の首領として朝鮮に渡って断脈の術を復活させる一方、弟子の御子上典膳(後の小野忠明)に一刀流の剣士団の育成を任せる。帰国後は甥にして弟子の忠輝を将軍に据えるため一刀流の剣士達を率いて暗躍する。

 鳳凰サイクル(=「黙示録」)では、妖術師に毒殺され体を奪われ、弟子の小野忠明によって討たれる 

 逆十字サイクルでは全く異なる無欲の剣士として登場。故郷大島に戻って漁師をやっていたが、八丈島を抜けてきた主人公と出会ってこれに助力する。

 えとう乱星 「用心棒・新免小次郎」

 無斎の名で登場。紀州頼宣と面識があるが、その剣は誰にでも修得出来るモノではなく、また思想もないので使い道がないとされる。

 藤沢周平 「死闘」

 一番弟子の善鬼の成長を恐れ神子上典膳(小野次郎右衛門)を新たに弟子にとってこれに対抗させる。しかし有名な小金ヶ原の決闘の時点で、一刀斎は老いを感じるほどの年齢だったのでしょうか。まあこの話の主役は典膳の方ですけど。

 明石散人 「鳥玄坊」シリーズ

 徐福より金翅鳥王剣を授かり、剣士の上に君臨しようとする。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 作中では”伊藤”と表記。太閤遺金の秘密を守るために片桐且元に依頼を受ける。三好清海入道を見事退ける。清海は猿飛佐助の介入で逃げ延びて十勇士に加わる。

宮本武蔵 (みやもとむさし:1584−1645)

 言わずと知れた剣豪の代名詞の一人。その伝説は吉川英治によって作られた?

 山風版 「銀河忍法帖」「叛旗兵」「武蔵忍法旅」「剣鬼喇嘛仏」「忍びの卍」「魔界転生」

 忍法帖に随所に登場。総括すると、吉川武蔵に対する徹底したパロディになっている。

 転生後の十兵衛との決闘(「魔界転生」)は、まさしく巌流島の再現となった。あの決闘に対する武蔵の執着が垣間見える。

参照・山風版武蔵伝・完全版

 隆慶版 「吉原御免状」

 柳生の刺客に襲われていた後水尾院の皇子を救い、肥後の山中で密かに育てる。25才を過ぎたら庄司甚右衛門を訪ねろと遺言する。

 島原の乱に吉原から出陣したのは皇子を救った後だから、甚右衛門との間に何らかの密約が出来ていたのでしょう。

 五味康祐 「二人の武蔵」「柳生武芸帳」「柳生連也斎」

 武蔵二人説。一人は作州の牢人平田武蔵、父無二斎は吉岡憲法に勝った事もある武芸者である。左利きで性格は計算高い。もう一人は播州の地ざむらい岡本新左衛門の息子武蔵(たけぞう)。唐人十官に剣術を習う。粗暴な性格であったが一刀斎との出会いにより兵法に目覚め、柳生の庄での修行を経て精神的な成長を遂げる。

 吉岡清十郎を平田武蔵が、伝七郎を岡本武蔵が倒し、一乗寺の決闘では最初に平田が斬って走り、その後岡本が奮戦した。その後二人は誓約を結び、互いに修練を積んで後日の対決を誓う。最後は佐々木巌流との対決となるのだが、どちらが戦うのか、そして生き残るのはどちらかは此処では語らない。

 武芸帳を巡る戦いに興味を抱き、江戸で沢庵の仲介で宗矩と斬り合い、その左足が義足である事を知り剣を止める。その後兵庫と対峙するが、戦いには成らず。

 仕官を求めて尾張に滞在し金四郎少年に見切りを伝える。この少年が長じて鈴木綱四郎となり柳生連也斎と雌雄を決する。

 えとう乱星 「十六武蔵」「蛍丸伝奇」

 主君忠利が佐々木小次郎の美貌に懸想したと思い込んだ長岡佐渡の策謀で小次郎と戦い、死に至らしめる。決闘の条件であった細川家の指南役になることは叶わず、三斎忠興から隠し扶持を貰って細川家の刺客となる。雇い主のは彼を完全な飼い犬だと思いこんでいるが、実体は持ちつ持たれつだった。

 小次郎の仇と狙う厳流の剣士達を退けつつその剣理を極めていく。その中で二刀流の発想を得るが、同じ二刀を使う松山主水との戦いでは足を傷つけられ、剣士としての生命を絶たれる。

 島原の乱で松平伊豆守に逢った際にやりすぎてしまい仕官の機会を逃す。細川家からの命で天草四郎を襲うが、小次郎の遺児蘭丸の介入で暗殺に失敗する。

 藤沢周平 「二天の窟」 

 晩年、老いによる衰えを自覚しつつも己の剣名を守ろうと若き挑戦者を不意打ちで倒す。

 荒山徹 「鳳凰の黙示録」「密書「しのぶもじずり」」 「砕かれざるもの」

 大坂城へ入る途中に伊東一刀斎(の体を奪った朝鮮妖術師)と遭遇。護衛として期待されたが、夏の陣が始まるや姿を消していた。(「鳳凰の黙示録」)

 死を装って朝鮮の招聘に応じる。朝鮮が欲しがる申叔舟の書簡を得る為に佐々木小次郎の孫と松島で戦って敗れる。日韓それぞれでこの島を武蔵にちなんだ名前で呼ぶ。

 切支丹であり、高山右近に従って越中独立計画に加担。しかし主人公に敗れてあっさりと遁走する。高禄の仕官を高望みした負け組と評される。(「砕かれざるもの」)

 柴錬版 「運命峠」

 山の民の子で、父無二斎に拾われた。その素性を暴露されて父の元を飛び出す。血統コンプレックスをいわばバネにして兵法者として大成する。素性卑しからざる主人公(秋月六郎太、実は松平忠輝の双子の弟)に異様な敵意を見せた。

 六郎太との一騎打ちを望み、柳生邸に乗り込んだ彼の助っ人に乗り込むが、但馬守の口車に乗って彼との御前試合を行う。

 明石散人 「鳥玄坊」シリーズ

 真田十勇士の筆頭筧十蔵より天狗翔飛び切りを伝授され、将軍家指南役を狙う。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 播州赤松一族新免武蔵守一真の息子。武蔵とは義経配下の武蔵坊から取ったもので、実名も義経にあやかって義恒と名乗る。

 南条範夫 「慶安太平記」

 島原の乱で丸橋忠弥と対峙し、これをあっさりと退ける。細川家の被官と成っているけど、この時点では養子伊織の仕えていた小笠原家に属していたと思う。

宝蔵院胤舜 (ほうぞういんいんしゅん:1589〜1648)

 槍の宝蔵院の二代目。

 山風版 「魔界転生」

 柳生但馬守の友人。彼と共に魔界に転生し、その息子十兵衛に倒される。

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