テーマ22 三つの朝鮮柳生
荒山徹「鳳凰の黙示録」(集英社文庫)を読んで。始めはオカルト史観について語ろうかと思ったんですが、すこし志向を変えて荒山作品全体についての考察を試みます。
友景サイクル
陰陽師にして柳生流の剣客幸徳井友景を主人公としたシリーズ。友景と言う人物はどの世界にも存在するのでしょうけど、この世界で唯一際立った存在であるのは日本の大魔縁こと崇徳院との結縁によって超常的な能力を得たこと。このきっかけとなったのが敵である朝鮮妖術師の攻撃。ヒーローと言うのが悪の組織の存在によって生み出されると言う典型例ですね。
この世界では石舟斎の嫡孫実は実子の久三郎純厳が降倭となって朝鮮に柳生新陰流を広めます。それを受け継いだのは朝鮮人の妻との間に生んだ真純。この朝鮮柳生は妖術師集団と共に友景によって倒されます。
両断サイクル
言わずと知れた柳生十兵衛を主人公としたサイクルですが、「十兵衛両断」と冠された短編集の中でこのサイクルに属するのは他に「剣法正宗遡源」のみ。残る三作品の中で少なくとも二つは友景サイクルに分類すべきモノです。唯一「柳生外道剣」のみはどちらに属しても問題なしに見えますが、ひとまず保留します。
厄介なのはこの作品集の中では両サイクルの切れ目が見えないこと。両サイクルの分岐は友景サイクルに属する長編「柳生百合剣」に至って明らかになります。「両断」と「百合剣」はどちらも十兵衛失踪の真相を扱ったもので、同時には成立しません。ただどちらも不名誉な内容であり、最後には十兵衛の復活と言う結末に至る点は共通しています。但し「両断」については続編にて更なる大どんでん返しが待っているわけですが。
この世界で朝鮮柳生を作るのは柳生十兵衛の体を奪った妖術師・柳十衛。名づけて柳生武芸庁。それを継いだ柳四厳と戦うのは柳生但馬守の末子(実は友矩の遺児)六丸。
大戦争サイクル
「薔薇剣」が「柳生忍法帖」の、「百合剣」が「魔界転生」のパロディになっているように、この「柳生大作戦」は「柳生十兵衛死す」のパロディと言えます。しかしそんなことは単なる小ネタ。作品全体を流れるのは柳生と朝鮮という荒山作品の二大テーマの究極の融合。
第一部では柳生と朝鮮の最初のかかわりが、神話の捏造と言うこれだけで一本書ける大ネタを背景に展開します。ここだけならその柳生時空へもいけそうですが、但馬守がこの封印を解いたことにより事態は日朝の国交問題に発展します。そして他の時空では扱いの悪い庶弟刑部友矩が俄然クローズアップされます。
廻国修行中の彼に二つの技を伝承したのは神後伊豆守宗治いやイスパニア貴族ジンゴイズ伯爵。伊勢守の流れを組む新陰流とイスパニアの男色の技を会得した友矩は父但馬守の枷を離れて朝鮮に渡り朝鮮柳生を組織します。これが友矩の嗜好を反映した美少年剣士団、新羅時代に存在したと言う花郎の復活と相成ります。
先ほど保留していた「外道剣」ですが、朝鮮妖術の影も形も見えません。よって三系統の中でもっとも妖術色の薄いこの大戦争サイクルに入れるべきでしょう。
鳳凰サイクル
以上三系統の朝鮮柳生が存在するわけですが、三者は相互に矛盾をはらんで共存しえません。問題は柳生の登場しない作品がこれらと共存できるかと言うこと。すべての荒山作品でその検証をするだけの余裕はありませんが、冒頭で紹介した「鳳凰の黙示録」についてのみ提示してみます。
まず友景サイクルとは永昌大君生存の経緯でバッティングします。他にも淀の方と秀頼の設定が全くかみ合いません。そもそもメインと成る時代が被っているので共存は不可能でしょう。
では両断サイクルは、疋田豊五郎が朝鮮で臨海君に剣を教えたと言う共通ネタがあります。「鳳凰」は光海君時代、「両断」は仁祖反正以降ということでぎりぎり抵触しません。むしろこのネタは両作品の親和性を生み出します。
一応大戦争とも照合しますが、こちらは鄭汝立の反乱の経緯で抵触します。よって「鳳凰」は「両断」サイクルに帰属するものと認定し、両作品をまとめて鳳凰サイクルと改名します。
強引なまとめ
荒山作品は自由奔放にやっているように見えて、歴史的事実を曲げないと言う伝奇小説の原則に忠実です。まあ逆にここを外すと小説として成り立ちませんからね。
史実ものあるいは原作ものをテーマとしたTRPGだと何処まで事実を変えて善いのかと言う問題がしばしば持ち上がりますが、途中展開は無茶苦茶でも最後は史実の範囲内に収まるという荒山作品はその答えの一つになりそうです。
と無理やりこの企画本来のオチをつけて見ました。