時代小説人物評伝
肆の伍 藩士篇
柳生宗章 (やぎゅうむねあき:1566〜1603)
山風版 「死顔をみせるな」
刑部の名で登場(作中では実名が描かれないが)。
柳生の宿敵・戒重=幕屋家の家臣松田織部之介を斬り、その娘卯月を妻とする。この時虎口を逃れた幕屋弓之介が五年の修行を経て再び彼に挑むが…。
隆慶版 「逆風の太刀」
関ヶ原において小早川秀秋の旗下にあって若き主君の苦悩を見る。
柴錬版 「柴錬立川文庫」
石舟斎の次男新三郎。自身が実は伊勢守の胤であることを知り、石舟斎の元を去る。
関ヶ原の合戦において松尾山の小早川秀秋の客将となり寝返りを画策(強要)する。弟宗矩の依頼で、自身の娘と千姫を入れ替えて大坂城へ送る。
荒山徹 「柳生大作戦」 「竹島御免状」
父の命で果心居士に弟子入りして指南亀の行方を探る。これを作動させて関ヶ原における小早川秀秋の帰趨、ひいては天下分け目の勝敗を決める。
朝鮮妖術によって復活。甥の十兵衛と戦う。
幕屋大休 (まくやだいきゅう:?)
新陰流(松田流あるいは幕屋流)の剣士。柳生石舟斎の同門(ともに上泉伊勢守に学んだ)松田織部之助清栄の曾孫で実名は清信。越前松平家に仕えた。
柳生の宿敵戒重=幕屋家の遺児で、柳生物時代劇の定番敵役らしい。
山風版 「死顔をみせるな」
幕屋弓之介として登場。恐らくこれが大休と思われる。師松田織部之介の仇である柳生刑部に挑むが…。
荒山徹 「柳生薔薇剣」
石舟斎の庇護を受けて柳生の庄で育つが、その素性を知った但馬守の刺客を退けて逐電。松平忠直に仕えていたが、その配流により浪人し城下で道場を開く。
駿河黄門の依頼で宿敵但馬守の娘でかつて恋仲だった矩香の守る東慶寺へ攻め込む。最後は父を裏切った矩香と共に去る。
柳生兵庫 (やぎゅうひょうご:1579〜1650)
実名利厳、兵介・如雲斎。石舟斎の嫡孫で新陰流の正統。初め加藤清正に仕えるが退転。後に尾張徳川家の剣術指南に取り立てられる。妻は島左近の娘。
山風版 「魔界転生」
珍しく正気のままでの宗意軒・正雪師弟とのやり取りが多い。叔父である柳生宗矩への対抗心を持ち続けその不詳の息子で憂さを晴らすが、これが但馬守転生の引き金となる。魔界に転生した宗矩に敗れた事から自身も魔界への転生を決意する。
十兵衛に敗れる際、自分以外にも転生した柳生の人間が居ると告げ、彼の行動を阻害する。どの転生衆もそうだが、小細工無しで戦えば勝てたはずなのに。
隆慶版 「跛行の剣」「柳生刺客状」「影武者徳川家康」
柳生石舟斎の嫡子新次郎の次男、とされているが新次郎は戦傷で不能になっていたので、実際には石舟斎が新次郎の妻に産ませた子である。実父石舟斎と名目上の父新次郎は彼を鍛える事で互いの技を極めようとした。
加藤清正に使えている頃、一揆との戦いで地獄を見て、肥後を去る。宗矩が結城秀康を襲う現場に出会し、彼の足を切り落とす。
島左近の依頼で駿府に潜入した柳生の密偵を斬る。
柴錬版 「赤い影法師」
寛永御前試合における江戸柳生との試合において、次男新太郎厳方に敢えて中で折れた刀を持たせて出場させる。
決して勝てぬ状態に陥った新太郎は間合いの見切りに徹する。副審小野忠常はこれを父忠明が師の一刀斎より伝授された「夢想剣」の極意だと見る。
荒山徹 「柳生外道剣」 「徳川家康」 「十兵衛両断」
友景サイクルにおいては”黒い”柳生一族にあって一線を画す。兄久三郎純厳は石舟斎のタネだが、彼自身は回復した新次郎厳勝の息子、と言うのは隆慶版の亜流。それ故隆慶版にあった父(厳勝)との確執が異父兄久三郎純厳に割り振られている。清正の懇望を受けて叔父宗矩に推挙されその動向を探る。栖雲斎に「邪しき剣を振うな」と諭されて後年如雲斎と号する。
大戦争サイクル(「徳川家康」)では叔父宗矩に一方的な敵意を抱き、朝鮮妖術によりその敵意を反転させられて宗矩を救う事になる。
鳳凰サイクル(「両断」)では韓人の妖術で肉体を奪われた十兵衛から代わりの体として目をつけられる。剣気によって韓人の妖気を断ち、十兵衛を最悪の状態から救う。
五味康祐 「村越三十郎の鎧」「刺客」「曙に野鵐は鳴いた」 「柳生武芸帳」
岳父島左近の策に乗って家康の暗殺に向かい叔父宗矩と対峙する。家康自身は既に逃れていたが、三成の危難を救う。父厳勝の制止により叔父宗矩からの出馬要請を断るが、自ら出馬した宗矩を背後からこっそり助力する。
宗矩は自分より強いと発言する。姉を韓人(坂崎出羽守の遺児)に嫁がせたことで叔父宗矩に対する感情を悪化させた。
武芸帳に偽名で名を連ねる。その偽名を巡って武蔵と再会。間一髪で戦いは回避された。
木村助九郎 (くむらすけくろう:1585〜1654)
柳生石舟斎の高弟。柳生四天王の筆頭。実名友重。
山風版 「柳生忍法帖」「魔界転生」
「柳生」では顔見世程度。「魔界」では転生衆の追撃から三人娘を守って死亡。三人目の彼が戦ったのは同門の但馬守と如雲斎であった。
えとう乱星 「蛍丸伝奇」
駿河大納言の家臣時代に宗矩の隠密としてその改易に影響を与えたという。石舟斎の直弟子から宗矩の弟子となったことから新陰流の道流を名乗れず(正統は尾張の兵庫助にあるため)、裏で古陰流を名乗る。
十兵衛の義眼を利用して鍔の眼帯をつけた偽の十兵衛を作り出す。
荒山徹 「陰陽師・坂崎出羽守」
坂崎一件について、渋る宗矩を押さえて友景に相談に向かう。
荒木又右衛門 (あらきまたえもん:1599〜1637)
藤堂家中服部又彦太夫の二男。鍵屋の辻の決闘で名を馳せ、講談では三十六人を斬ったとされるが、実際に斬ったのは二人である。
講談では何故か柳生十兵衛の弟子にされているが、年齢を見れば可能性があるのは父の宗矩の方であろう。
山風版 「山田真竜軒」「魔界転生」
魔界転生の第一号として乱の平定直後の島原に現れ、武蔵に目撃される。宗意軒の命で伊勢に偵察に出た帰り道、十兵衛と鍵屋の辻で遭遇し倒される。
実際には島原の乱の翌年に死亡しており、せがわ氏の漫画版では天草四郎に次ぐ二番目の転生衆となっている。
隆慶版 「かくれさと苦界行」
難敵服部京之助を討たせるために師である但馬守に死んだ事にされる。京之助を討った時、長命の呪いを受ける。右腕を失った義仙の復活に力を貸す。庄司甚右衛門との死人同士の決闘で相打ちとなる。
柴錬版 「赤い影法師」
外部には無名の柳生の秘密兵器。石舟斎に見出され、その臨終に一人立ち会う。十兵衛との出会いにより水月の極意を会得した。
敵討ちの途上に出府し、仇の河合又五郎の探索と引き換えに寛永御前試合で宮本武蔵の養子伊織と試合うことを但馬守に要請される。
精気が強すぎる特異体質で、数日女性を抱かないと鼻血が噴出すと言う。
えとう乱星 「蛍丸伝奇」
服部丑之介の名で天海僧正旗下の伊賀組を率いる。天海の命で蛍丸を狙うが、十兵衛に敗れて荒木又右衛門として「鍵屋の決闘」に臨む。
池宮彰一郎 「天下騒乱」
浪人し故郷伊賀に逼塞中、柳生に帰っていた十兵衛の指南を受け、大和郡山の松平家に仕官する。(つまり年下である十兵衛との師弟関係説を採用)師の仲立ちで渡辺数馬の姉みねを娶っていたことから助太刀として「鍵屋の辻の決闘」に参加することとなる。皮肉にも仇である河合又五郎の叔父甚左衛門は大和郡山松平家における同輩であった。
荒山徹 「竹島御免状」
朝鮮妖術師により再び(「魔界転生」を一回目とカウントされている)甦る。老いた十兵衛との再戦はまたしても変則的な決着になった。
五味康祐 「二人の荒木又右衛門」
本物の又右衛門は寛永御前試合で宮本伊織と相打ち。但し伊織はさほどの腕ではない。
鍵屋の仇討ちを行ったのは彼の名を借りた別人であった。そのために本物を良く知っている河合甚左衛門を真っ先に倒す必要があった。
いずれにしても柳生流とは無関係。
柳生連也斎 (やぎゅうれんやさい:1625〜94)
尾張柳生如雲斎利厳の三男で、母は島左近の娘。実名厳包。隠居後の別名として浦連也を名乗る。
兄如流斎利方を継いで、柳生の正統として五代目。(流派としては主君尾張家の殿様を間に挟むので、柳生の系統とずれが生じる)
尾張柳生家の家督は異母兄利方が継いだが、新陰流の道統は彼が継承した。伝説の慶安御前試合で江戸の柳生宗冬と試合をし勝利したとされる。
山風版 「つばくろ試合」
兵助となのる部屋住み時代、柳生十兵衛の死を知った松平伊豆守に代役として拳法の師である陳元贇と共に駆り出される。
敵に忍者によって左右を逆に認識してしまう様になるが、それを逆用して相手を惑乱する。ここから浦連也(裏連也を意味する)とも名乗る。
五味康祐 「少年連也と十兵衛」「柳生連也斎」「柳生連也の倅たち」「柳生武芸帳」「薄桜記」
少年時代に将来の芽を摘もうと十兵衛が偽名を使ってやってきた。
武蔵が尾張に残した弟子鈴木綱四郎と雌雄を決する。どちらが勝ったか敢えて書いていないが、史実に照らせば結果は明らか。(作中に「鈴木綱四郎との決闘で世間に名が売れた」と言及されている)
武芸帳の一巻を摩利支天の像に封じたという。
天狗党事件で暗躍する宗冬の代役を務める。その間、彼の弟子も天狗党に混じって活動していたらしい。
高田馬場の決闘から引揚げる途上、尾張藩別邸に立ち寄った中山安兵衛に応対する。
関口弥太郎 (せきぐちやたろう:1640〜1729)
関口流柔術の開祖関口柔心の三男。実名氏暁。
寛永御前試合に出場したとされるが、実際にはまだ生まれてすらいない。
山風版 「魔界転生」
史実どおりの年齢で少年として登場。
柴錬版 「赤い影法師」
寛永御前試合に出場。
寺坂吉右衛門 (てらさかきちえもん:1665〜1747)
赤穂浅野家の足軽。四十七士の一人であるが、泉岳寺に引揚げた際には姿を消しており、切腹を免れた。その行動には諸説ある。
柴錬版 「裏返し忠臣蔵」
大石配下の忍者と言う設定。四十六士が赦免されると言う情報を知った大石の命で将軍綱吉の元へ忍び、切腹の沙汰が降るように願い出た。
堀部安兵衛 (ほりべやすべえ:1670〜1703)
新発田藩溝口家家臣の中山弥次右衛門の長男。実名武庸。
十三歳のときに父が浪人し直後に死亡。江戸で堀内道場に入門し高弟の一人に数えられる。高田馬場の決闘で名を売り、赤穂浅野家の堀部弥兵衛の婿養子となる。赤穂家の取り潰しにより、赤穂浪士の一人として吉良邸討ち入りにも参加する。
山風版 「ガリヴァー忍法島」「忍法忠臣蔵」
ジョナサン・スウィフトとともにキャプテン・キッドに盗まれた伊勢の神剣を取り返す。
義士を堕とすべく暗躍する能登のくノ一にはめられた親友高田郡兵衛をかばう。そして郡兵衛を斬りに行った田中貞四郎も能登のくノ一の忍法にやられた。
五味康祐 「薄桜記」
新発田で心地流を修めたと書かれているが、史実では既に藩士でなくなっているはず。
家中での権力争いに嫌気がさして江戸に出る。腕を隠して堀内道場に身を寄せていたので、道場では冷遇されていたが、高田馬場の決闘で名が売れる。
決闘から引揚げる際に尾張藩別邸に立ち寄って柳生連也の世話を受ける。
同門の元旗本丹下典膳が吉良家の付け人になったことを知り、これを事前に斬る。
柴錬版 「裏返し忠臣蔵」
高田馬場の決闘のエピソードを敢えて用いず、浅野内匠頭の窮地を救ったことを理由として浅野家に仕官する。
清水一学 (しみずいちがく:1678〜1703)
高家吉良上野介の家臣。赤穂浪士による吉良邸討ち入りの際に討ち死にした。吉良方で最も活躍したといわれるが、上杉家の記録ではすぐに殺されて活躍しなかったとされている。
山風版 「赤穂飛脚」 関連作品「生きている上野介」
刃傷の直後、国許への連絡係として浅野家と前哨戦を演じる。
主君上野介にそっくりの父天学が影武者となって替わりに討たれた、と言う噂を流して八百長の二度目の討ち入りが計画された。一学が上野介の息子に似ていたと言うから、逆にその父が上野介に似ているのもありえないことではないか。
朝松健 「元禄霊異伝」「元禄百足盗」「妖臣蔵」
祐天と因縁のある浪人刀根流之進の邪険に敗れる。その流之進とともに魔に取り付かれた赤穂四十七士との戦いを演じる。流之進をかばって赤穂浪士の剣に倒れる。
毛利小平太 (もうりこへいた:生没年不詳)
赤穂藩浅野氏の家臣。討ち入り直前に書状(12月11日付け)を遺して逐電した「最後の脱盟者」。その理由には諸説あり、フィクションでも様々に描かれる。
山風版 「忍法忠臣蔵」「生きている上野介」
能登のくの一の策により討ち入り前に亡くなった藩士の遺族の女性達の零落を見せられて盟約そのものを打ち壊そうとするが、仇討ちの成就を願う女性達に討たれる。
吉良側の生き残りと結託して八百長の二番隊を組織した奥野将監の目論見を打ち破る。
五味康祐 「薄桜記」
堀部安兵衛とともに丹下典膳と戦って斬られたため討ち入りに参加できず。
調所笑左衛門 (ずしょしょうざえもん:1776〜1849)
薩摩藩士、実名広郷。
借金に苦しむ薩摩藩の財政を強引な手法で立て直す。
お由羅の方が生んだ子(後の久光)を島津家の跡取りにしようと画策するが、世子斉彬派による密告により密貿易の首謀者として自害に追い込まれる。(蘭癖の斉彬によって財政を悪化させられることを恐れたと見られる)
井沢版 「銀魔伝」
島津重豪の寵愛する茶坊主(還俗して財政改革に用いられる前)。主君が田沼と組んで密貿易を始めた事から銀魔の存在を知る。
柴錬版 「眠狂四郎孤剣五十三次」
財政難に苦しむ外様十三藩を糾合して密貿易を試みるが、狂四郎の妨害によって同盟は瓦解する。
藤田東湖 (ふじたとうこ:1806〜1855)
水戸藩士。徳川斉昭の腹心、戸田忠太夫と並ぶ水戸の両田。安政の大地震で圧死する。
山風版 「夜桜大名」 関連作品「魔群の通過」
敬三郎殿を水戸の藩主にしようと奔走する。
彼の死が水戸藩内の派閥の均衡を崩し、遂には「日本唯一の内乱」と称される悲惨な事態に至る。
荒俣宏 「帝都幻談」
平田篤胤らと協力して加藤重兵衛に対抗する。
五味康祐 「風流使者」
父幽谷譲りの尊王攘夷思想をもつ。がそれを権力伸張に利用したと批難される。藤木道満の意図が水戸家と伊達家の連携でなく朝廷への接近にあると見抜いて妨害に廻る。