時代小説人物評伝

壱の肆 怨霊篇

 古代篇の解体により増えすぎた叛将篇から分離。

蘇我入鹿 (そがのいるか:610?〜645)

 古代の豪族。乙巳の変において中大兄皇子に討たれる。蘇我氏は武内宿禰を祖とする皇別とされるが、かつては渡来人説が唱えられた。

 豊田有恒 「白村江異聞」

 百済系渡来人説をとる。

 百済王族を倭国の大王に据える計画を持っていたが、これが中大兄に漏れて殺害される。

大友皇子 (おおともおうじ:648〜672)

 天智天皇の皇子。別名伊賀皇子。父の死後、叔父である大海人皇子の叛乱(壬申の乱)に討たれる。明治の世に弘文天皇の諡号を贈られる。

 豊田有恒 「大友の皇子東下り」

 百済人の助力を得て東国へ落ち延びる。

 荒山徹 「柳生大作戦」

 父天智帝の政策を継承して親百済政策を取り、半島への出兵のため兵を集める。百済の神器指南亀によって逆転を狙うが、機能停止させられて失敗する。関ヶ原に隠された指南亀は900年後のもう一つの天下分け目の戦いでも帰趨を左右することになる。

長屋王 (ながやおう:685〜729)

 天武天皇の息子高市親王と天智天皇の娘御名部皇女の子。

 左道をなしたとの讒言により死に追い込まれる。

 豊田有恒 「長屋王横死事件」

 政治的に全く無欲で浮世離れした人物で、逆に様々な人々の恨みを買うこととなる。

 彼のかつての家令がたどり着いた長屋王の変の真相は、私度僧を禁じようとした彼の政策に反発した行基による讒言。しかし究極的には妹に嫉妬した元正天皇の殺意のとばっちりであった。

恵美押勝 (えみのおしかつ:706〜764)

 藤原南家武智麻呂の次男仲麻呂。孝謙女帝の寵愛を受けて権勢を振るうが、道鏡の台頭により権力を失い反乱を起こして滅びる。

 荒山徹 「恨流」「柳生百合剣」

 百済頭として百済復興を目指して軍事計画を立てるが、国内の政変で潰える。

淡路廃帝 (あわじはいたい:733〜764)

 天武帝の孫大炊王。孝謙女帝より譲位されるが、後ろ盾の恵美押勝の失脚により廃位される。明治の世に淳仁天皇の諡号を贈られる。

 高橋克彦 「長人鬼」

 讃岐守菅原道真により怨霊となったと”讒言”される。

 是雄が廃帝の説明で淳仁天皇と呼んでいるが、彼がこの諡号を知っているはずが無い。

伊予親王 (いよしんのう:783?〜807)

 桓武天皇の第三皇子。謀反の罪を着せられて自害。

 荒山徹 「魔風海峡」

 欽明党。死を偽装して半島に渡り欽明遺金を入手。張保皐を名乗って水軍を組織して新羅王家の打倒と任那復興を目指す。

アテルイ (?〜802)

 蝦夷の軍事的指導者。坂上田村麻呂に降伏。田村麻呂の助命嘆願にも関わらず、処刑された。

 坂上田村麻呂伝説に登場する鬼悪路王とする説もある。

 高橋克彦 「総門谷」

 跡呂井と表記。蝦夷の長として総門谷の入り口達谷の窟で阿黒王(=総門)に会う。阿黒王に利用されているだけと悟り、田村麻呂と共闘。

橘逸勢 (たちばなのはやなり:782〜842)

 三筆の一人。同じく三筆に数えられる空海とは同じ遣唐使船で渡海した。

 承和の変で流罪となり護送途中で病没。これが冤罪であったとして御霊会で祀られる。

 鯨統一郎 「いろは歌に暗号」

 ”名探偵”空海のワトソン役。

伴善男 (とものよしお:811〜868)

 古代の名族大伴氏の末裔。(但し養子説あり)

 大伴氏の再興を担い百三十年ぶりの大納言まで昇るが、応天門の変の首謀者として流罪となる。

 高橋克彦 「髑髏鬼」

 応天門の炎上が道鏡の怨霊の仕業では無いかと陰陽寮に調査を命じる。

 荒山徹 「柳生百合剣」

 最後の百済頭。歴代の百済頭を多く輩出してきた大伴氏の没落により百済寮は解体されたという。

菅原道真 (すがわらのみちざね:845〜903)

 平安時代の貴族・学者。宇多天皇に重用され、醍醐天皇の時代に右大臣にまでのぼった。讒訴により大宰権帥に左遷される。

 その死後に京を襲った異変が彼の祟りとされ北野天満宮に祭られて天神信仰が生まれる。

 高橋克彦 「長人鬼」「妄執鬼」「夜光鬼」「魅鬼」

 讃岐守の時、淡路廃帝の怨霊を偽装して時の政権の転覆を目論む。(”生きている”道真を扱うのは珍しいかも。)

 弟子達の対立に、任地の讃岐から密行。かつて対立した弓削是雄に協力を仰ぐ。

 道長を左遷した醍醐天皇の崩御が道真の怨霊による祟りと噂され、是に便乗して陰陽寮の立場を強めようとする怨霊偽装事件が起こる。

 賀茂忠行は将門の乱における道真の怨霊の関与を否定。(道真が絡んでいればあっさりやられるはずが無いと言う立場)

平将門 (たいらのまさかど:?〜940)

 関東に独立王国を築こうとした武家政権の先駆者。

 その死後、墳墓が神田明神と合祀され江戸の守り神と成った。

 荒俣宏 「帝都物語」

 帝との破壊を目論む魔人加藤保憲が様々な手段を用いて目覚めさせようとするが…。

 高橋克彦 「魅鬼」

 賀茂忠行が将門の首を見聞に向かうが、既に恨みは抜けていた。魅鬼として生まれ変わり成長したのが酒呑童子であると暗示される。

源義経 (みなもとのよしつね:1159〜1189)

 源義朝の末子。兄頼朝の挙兵に参加して平家を滅ぼすが、兄に疎まれて平泉で自刃。

 清水版 「苦労判官大変記」

 実は老け顔の大男。美男のチンピラに義経を名乗らせて自身は武蔵坊弁慶となって軍才を奮う。

懐良親王 (かねながしんのう/かねよししんのう:1329?〜1383)

 後醍醐天皇の皇子。南朝の征西大将軍を勤め九州において一大拠点を築く。日本国王良懐として明と柵封関係を結ぶ。

 荒山徹 「忍法さだめうつし」 「対馬はおれのもの」

 皇女のみが使えるという忍法「さだめうつし」大友皇子の「皇位を継ぐべくして継ぐ能わざりし運命」を伝染される。そうして生まれた自身の娘を使い、仁山妙義(足利尊氏)の運命を李成圭へと伝染す。

 息子は同じく「さだめうつし」で高麗の対馬侵攻を阻止する。

小倉宮聖承 (おぐらみやせいしょう:1406〜1443)

 南朝最後の天皇である後亀山天皇の孫で小倉宮恒敦の子。称光天皇崩御の後、伏見宮彦仁王を擁立する動きに反発して出奔。後南朝勢力の中心として抵抗を続ける。

朝松健 「一休破軍行」「けふ鳥」

 称光天皇崩御の後、伏見宮彦仁王の魂魄を抜き取る。これを傀儡として南朝の復興を目指す。

 結界を破って紛れ込んだ一休と対面。長く結界の中に篭るうち、家臣の探らずにいられない無意識がけう鳥を生み出してしまう。

 一休の忠告を受けた家臣の諫言もおそらく効かず、三ヶ月後には北畠満雅に担がれて挙兵に及ぶ。

天草四郎 (あまくさしろう:1621〜1638)

 益田時貞。島原の乱の象徴的首領。

 山風版 「魔界転生」

 魔界転生衆の一人にして森宗意軒秘蔵の一番弟子。同輩のくノ一の裏切りによって忍法「髪切り丸」を封じられ、柳生十兵衛に斬られる。

 映画版等では(宗意軒が登場しないこともあって)ラスボスにされる。

 柴錬版 「南国群狼伝」

 秀頼の遺児との噂あり。切支丹宗徒がその美貌を写したぜずす・きりすとを崇拝していたことから、これを踏み絵の像として使われる。

 彼の養父天草甚兵衛は小西浪人で大坂の陣では真田幸村の下で戦う。

 本人は切支丹ではなく陰陽師であったが天人に祭り上げられた己の運命を受け入れて一揆の首領となる。しかし伊豆守が放った矢文に動揺して逃げ出す。

 横溝版 「髑髏検校」

 吸血鬼となって不知火島に棲息。今まで何をしていたのか、と言うツッコミは無し。(この話そのものが「吸血鬼ドラキュラ」の翻案なので。)

 考えてみると、彼をドラキュラに当てはめたのは見事な見識。ドラキュラのモデルであるブラド公と天草四郎は、ともにキリスト教の信仰の元に異教徒と戦って敗れたという共通点がある。江戸時代の話だから十字架を持ち出すわけには行かなかったけど。

 えとう乱星 「十六武蔵」「蛍丸伝奇」「ガラシア祈書」

 兄貞四郎と妹朱鷺の二人一役。二人の名を合わせて時貞と名乗る。妹は車輪眼(二重瞳孔)の持ち主で、同じ目をもつ松山主水から心の一方(一種の催眠術)を伝授される。この術により様々な幻を見せる事となる。

 兄は島原の乱の首謀者として討たれ、妹は佐々木小次郎の遺児蘭丸に守られつつ病死。

 荒山徹 「サラン 哀しみを越えて」「柳生黙示録」

 ジュリアおたあ養父と共に育てていたサランと呼ばれる赤子が後の彼であろう。

 「黙示録」では意外な人物の再生した姿。

 伴野朗 「傾国伝」

 小西遺臣森宗意軒によって”神の御子”として祭り上げられる。宗意軒の計略で妹まどかを明国へ送り込む。

天一坊改行 (てんいちぼうかいぎょう:1699〜1729)

 あるいは源氏坊天一。徳川吉宗の御落胤と称して浪人を集めるが、騙りと断じられて獄門となる。

 史実では天一坊を裁いたのは関東郡代・伊奈半左衛門忠逵であるが、講談では江戸町奉行・大岡越前とされている。

 山風版 「忍者月影抄」「おんな牢秘抄」

 吉宗の寵愛を受けたおよしの兄の子。およしと本物の落胤(女の子)は既に死亡。残された御墨付を見た山内伊賀亮が詐称を計画した。吉宗のご落胤を巡る尾張宗春との暗闘が背景にあるために、その調査から漏れた彼は偽物であることが前提で話が進む。

 大岡越前の娘霞が女囚達の冤罪を晴らす過程で、その背後に浮かび上がったのは天一坊の旧悪にまつわる男達の謀略であった。

 柴錬版 「徳川太平記」

 本物の落胤。なのだが、生母は赤子の内に山内伊賀之介に斬られ、十歳までは紀文に預けられる。その後、伊賀之介によって山伏寺に入れられるが、師である権大僧都を殺害してしまう。

 意地の悪い読み方をするなら、本物の落胤を処刑する言い訳として相応しからざる人物として描いているともいえる。

 浜尾四郎 「殺された天一坊」

 ただ生みの父に会いたいだけと主張するが、その真直さが逆に大岡越前による処刑を招いてしまう。

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