時代小説人物評伝

参 徳川将軍篇

徳川秀忠 (とくがわひでたた:1579〜1632)

 家康の三男。徳川二代将軍。淀の方の末妹を正妻とし、長女千姫秀吉の遺児秀頼に嫁がせる。

 山風版 名前はあちこちに出てくるけど、主体的に活躍した事例は記憶にない。

 辛うじて幸福な唯一の息子。

 跡継ぎを自分で決められず、父家康の命で忍者同士の選抜戦に委ねる事になる(「甲賀忍法帖」)。
恐妻家として知られ、正妻との間に二男五女を設ける。長女である千姫は彼のタネでない可能性もある(「虫の忍法帖」)。

 半村版 「妖星伝」

 関ヶ原に置いて中山道を進み、黄金城から軍資金を運び出す任務を受け持つ。その結果に関ヶ原の戦場には遅参する。

 隆慶版 「柳生刺客状」「影武者徳川家康」「花と火の帝」他

 父家康に憎悪を抱くが、それを押し隠して従順を装う”黒い”人物。関ヶ原で父家康が死んだ事を知り、影武者に家康を演じさせて徳川家の天下を確立させた上でこれを受け継ぐ。影武者との暗闘の中、兄弟や重臣を腹心柳生宗矩に始末させる。

 関ヶ原以後の家康が偽物と言う前提から江戸初期の悪政(と作者が断じる部分)はすべで秀忠の所為にしている。裏を返せば秀忠を政治家として評価しているとも言えるが。恐妻家の顔が偽装であったなら、他はともかく奥方本人にはばれるはず。×2の年上女房に対してそれが可能なら相当な玉ですね。そもそも恐妻家を偽装するなら妾に子を産ませるのもアウトでしょう。

 娘和子を後水尾天皇に嫁がせて、徳川の血を引く天皇を誕生させようと画策するが、禁裏への強行な態度は肝心の娘の離反を招いてしまう。

 井沢版 「銀魔伝」

 家康が春日局に生ませた子家光を跡継ぎに押しつけられる。実子忠長への肩入れを警戒されて銀魔に毒殺される。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」「眠狂四郎独歩行」

 家康の実子ではなかった。「立川文庫」では父家康はそもそも子を成す能力を奪われていたとされ、「眠狂四郎」シリーズでは本物の秀忠はまれに見る頭脳と武芸の天稟を備えていながら、元服の年に癩を発したために異父兄(母西郷の局が先夫との間に為した子秀正)と入れ替えられた。

 本当の秀忠は風魔一族を率いて家康の危機を幾度と無く救い、その子孫が徳川家の正統を取り戻そうとして暗躍、白河楽翁の作った隠密組織「黒指党」と死闘を繰り広げた。

 荒山徹 「徳川家康」 「柳生薔薇剣」 「砕かれざるもの」「魔岩伝説」

 関ヶ原で死んだ家康の影武者を身代わりにして将軍となる。但し隆慶先生の元ネタと逆に白い秀忠(むしろこの設定の方が無理が無いと思います)。韓人である影武者が豊臣家を滅ぼそうとするのに対し、豊臣家との融和を目指して娘千姫秀頼に嫁がせるのだが、肝心の秀頼が盆暗すぎて…。(「徳川家康」)

 朝鮮使節の難題に対して、土井利勝と図り彼らが東慶寺を襲う事を黙認する。守り手の背後に家光の存在がある事を知りその成長を素直に喜ぶ。(「柳生薔薇剣」)

 服部半蔵から父家康が死の直前に切支丹となっていたことを聞かされる。その証拠が前田家にあることを確認してその衝撃から程なく死去する。(「砕かれざるもの」)

 南原幹雄 「天皇家の忍者」

 父家康以上の野心家で、江戸遷都により天皇家を完全に幕府のコントロール化に置こうとする。切り札として送り込んだ娘の一言により計画は頓挫する。江戸遷都が徳川家の崩壊後に成就したことはなんとも皮肉。

 諸田玲子 「美女いくさ」

 主人公の三番目の夫。好人物で妻との仲は円満。(でないとあんなにたくさん子は出来ないよねえ)

徳川家光 (とくがわいえみつ:1604〜51)

 秀忠次男(長男は早世)で徳川三代将軍。に愛された実弟忠長を死に追いやる。

 山風版 「甲賀忍法帖」「忍法八犬伝」「叛心十六才」「忍びの卍」他

 その生涯は決して順風満帆ではなく廃嫡の危険性もあったが、甲賀弦之介が自ら負けを認める発言をした事から家督の継承が決まった(「甲賀忍法帖」)。里見家の家宝を欲しがった事から、里見の八犬士と伊賀くノ一の戦いを引き起こす(「忍法八犬伝」)。

 成長してからは余り登場しないが、由比正雪松平伊豆守の闘争においてたまに顔を出す。

 隆慶版 「柳枝の剣」「慶安御前試合」

 柳生友矩と相愛関係になるが、過ぎたる寵愛を危惧した宗矩は息子を殺させる。宗矩の死後、所領の分割相続に始まる一連の柳生つぶしを仕掛ける。

 井沢版 「銀魔伝」

 実は家康春日局の子。秀忠の子として三代将軍とされる。銀魔の方針に従って国を閉ざす。

 柴錬版 「運命峠」「赤い影法師」「徳川三国志」

 柳生但馬守と天海の言を入れて武蔵と秋月六郎太との試合を検分。秀頼の遺児や(叔父に当たる)六郎太を殺す気でいたが、六郎太の働きで浪人たちの襲撃から救われその功に報いるために穏便な処置を取る。生死の危機をくぐったことで人間として大きく成長したらしい。

 十四日間で十試合の御前試合を検分。江戸・尾張の両柳生の試合に置いて江戸柳生の勝利を願う。

 大奥は春日局に押さえられ、表は松平伊豆守以下の幕閣に牛耳られ、退屈のあまり城外を微行する。微妙なパワーバランスの中で一命を取り留める。

 荒山徹 「徳川家康」「三くノ一大奥潜入」 「柳生薔薇剣」 「砕かれざるもの」「魔岩伝説」

 秀忠の胤でなく家康の影武者の子。自分が韓人の子であることを知らされた時の彼の心情や如何に?(「徳川家康」)春日局の計らいで大奥に送り込まれた服部半蔵の娘瑠衣により男色から脱する。(「三くノ一大奥潜入」)

 豊臣秀頼の遺児涼姫に密かに思いを寄せ、それ故に他の女性に目が行かない。柳生但馬守に命じて彼女の居る東慶寺を守らせる。この暗闘が父秀忠との和解に繋がる。(「柳生薔薇剣」)

 自身の権威確立のために父秀忠も出来なかった加賀前田家の取り潰しを企図するが、その前田家に伝わる徳川家の秘事を巡る壮絶な戦いを引き起こしてしまう。(「砕かれざるもの」)

 南原幹雄 「天皇家の忍者」「寛永風雲録」

 元気すぎるのが欠点。将軍継承前はしばしば江戸市中を徘徊した。剣術に優れ、刺客も自ら剣を振るって退ける。町奴に絡まれた際に幡随院長兵衛とも懇意になる。

 潔癖な性格で忍びは余り好まなかったが信任厚き松平信綱の献策を聞いて半蔵を用いる。彼をいつまでも子供扱いする土井利勝を煙たがっている。

徳川綱吉 (とくがわつなよし:1646〜1709)

 家光の四男で徳川五代将軍。

 生類憐れみの令により悪名が高いが、その内容やその他の”悪政”についても現在では再評価が進んでいる。

 山風版 「忍法双頭の鷲」「元禄おさめの方」「忍法忠臣蔵」

 名前は随所に出てくるのだが、表面に出てくる話は意外に少ない。堀田筑前守を使って彼の登壇に反対した酒井雅楽頭を失脚させる。堀田大老の死後は柳沢吉保を重用する。

 浅野内匠頭吉良上野介が推挙した包丁人の勝負を勝負させる。これ自体が後の刃傷とどう関わるのかは不明だが、内匠頭推挙の包丁人の娘を目に止めて大奥に召し出し、彼女の夫になるはずだった伊賀忍者の強烈な仕返しを受ける。

 朝松健 「元禄霊異伝」「元禄百足盗」「妖臣蔵」

 隆光の呪術を用いた柳沢吉保の傀儡。母桂昌院を介して渡された祐天の数珠によって呪縛を解かれる。

 五味康祐 「柳生天狗党」

 未だ跡継ぎのない長兄家綱の後継にしようという陰謀に担ぎ出される。(この時点ではまだ次兄甲府宰相綱重は存命)

 霧島那智 「真田幸村の鬼謀」

 犬猿の仲である甥綱豊への相続を嫌って末期養子を解禁する。(実際にはこの改正は家綱時代に行われている)

 豊臣忍軍に生殖能力を弱める特殊な毒を盛られているため子供が出来ない。豊臣忍軍に操られた亮賢の入れ知恵で娘鶴姫の婿である紀州綱教を将軍にしようと望む。

 その一方で紀州家と島津家の結託疑惑に対して探索を許す。紀州寄りの綱吉としては綱豊を守っている伊賀モノを他所に振り向けたかっただけ。

 菊池道人 「夜叉元禄戯画」

 娘婿である紀州綱教を六代将軍にしようと望む。 

 柴錬版 「裏返し忠臣蔵」「徳川太平記」

 吉宗との始めての謁見で碁をさして完敗。その最中に浅野内匠頭の刃傷の報告を受けて、即日切腹を命じる。

 討ち入り後の浅野浪士たちを赦免する意向だったが、大石の嘆願により切腹を命じる。

徳川家宣 (とくがわいえのぶ;1662〜1712)

 三代家光の三男甲府綱重の息子。甲府宰相綱豊。叔父綱吉に世継ぎがなかった為に六代将軍となる。

 将軍継承と同時に生類憐れみの令を廃する。

 朝松健 「元禄霊異伝」「元禄百足盗」「妖臣蔵」

 初めは桂昌院の覚え目出度き祐天を殺害してその名声を削ごうとしていたが、やがて方針を転換。家臣大岡市十郎等を介して共闘関係となる。

 隆光の呪殺で綱吉に世継ぎが出来なかった事で漁夫の利を得ることとなった。

 荒山徹 「魔岩伝説」

 新井白石の献策で徳川将軍の称号を「日本国大君」から「日本国王」に改める。しかし白石の行動は魔岩の霊力の途絶をもたらし、彼の息子家継の代で徳川本家は断絶した。

 霧島那智 「真田幸村の鬼謀」

 父綱重は徳川宗家を断絶させようとする豊臣忍群に毒殺(致死毒ではなく生命力・生殖力を弱める慢性毒)される。彼はそれを叔父綱吉の陰謀と思い、身辺に注意を払っていた。

 光圀の仲介で服部忍軍の警護をつける。この用心により暗殺を免れて無事に六代将軍となる。が、彼らが仕掛けた子種を弱める毒による攻撃は防げなかった。

 菊池道人 「夜叉元禄戯画」

 綱吉の後継を巡って紀州綱教と暗闘を繰り広げる。当初は劣勢であったが浅野内匠頭の刃傷事件をきっかけに攻勢に転じ、浅野浪人の吉良邸討ち入りを背後から支援。上杉・紀州両家が上野介の救援に出た場合にこれを利用した江戸城占拠計画を目論む。

徳川吉宗 (とくがわよしむね:1684〜1751)

 紀州二代光貞の四男で旧名頼方。二人の兄の急逝(一人は早世)で五代藩主となり将軍綱吉の一字を賜って吉宗と改名する。更に宗家の断絶により八代将軍となる。

 山風版 「忍法しだれ桜」 「忍者月影抄」他

 若い頃はかなりの放蕩を行い、そこを尾張宗春に突かれて騒動を招く。

 半村版 「妖星伝」

 母は紀州に逼塞していたはぐれ鬼道衆で、彼らの後押しで将軍となる。

 荒山徹 「魔岩伝説」

 将軍となったあと、新井白石の改革を否定し徳川将軍の称号を「日本国大君」に戻す。

 霧島那智 「真田幸村の鬼謀」

 じつは豊臣忍軍によってすりかえられた秀頼の子孫。光貞が孕ませた由利の方(由利鎌之助の孫)が生んだのは女だった。すり替え可能という条件で選ばれたので、豊臣忍群の棟梁として能力的に最適であったかどうかは疑問。

 豊臣忍群の棟梁は代々吉の字を継ぐ決まりであり、吉宗も時の将軍綱吉からの拝領という形で改名した。

 菊池道人 「夜叉元禄戯画」

 松平頼方と名乗る若き時代、将軍綱吉から赤穂事件の処分について聞かれ、敢然と喧嘩両成敗を主張する。その一方で、赤穂浪士が公儀に弓引く場合には自ら成敗に乗り出すと売り込む。

 吉良家の引越しに際して自ら囮となって赤穂浪士を迎え撃つ。

 高木彬光 「隠密月影帖」「隠密愛染帖」

 名君だが猜疑心が強い。(この話ではどちらかといえば悪役ポジション)

 祖父頼宣の起こした謀略事件により、本来は紀州家からは将軍が出せないはずだったのだが極秘の命令書が何者かによって盗み出されたために将軍継嗣がなった。後からその事実を知ったため戦々恐々としている。

 まだ家を継いでいない万五郎通春を何故か執拗に付けねらう。(作中で通春が尾張家の当主だった兄継友を差し置いて吉宗の対抗馬にされていたからだけど)

 柴錬版 「徳川太平記」

 人相学が教える三停五岳が揃っており、旧友の大岡忠助から「将来は将軍になるかも」と(本人も半信半疑ながら)予言される。でも如何に人相がよくっても、庶民に生まれたら将軍にはなれないわけで…。

 何の策も無く五万両を用立てると大言を吐き、忠助に泣き付く。駄目元で紀伊国屋文左衛門に掛け合って見事五万両を借り受けることに成功するが。(この件だけだと紀文の方が大物に見える)

 刃傷を起こした浅野内匠頭への処分に異議を唱える。碁で完敗した直後であった綱吉は彼に三万石を与えた。討ち入りの直後には、上杉家に上使として遣わされ、軽挙を押し留める。

 清水義範 「人殺し将軍」

 「田舎ものの泥臭い政治」とは名古屋人松平通春の(ひいては作者本人の)評価。そのあまりの”運のよさ”を謀略の結果では無いかと疑われる。

徳川家斉 (とくがわいえなり:1773〜1841)

 吉宗の次男一橋治済の長男。本家の養子となって十一代将軍となる。

 生涯に54人の子をなし、それを押しつけられた諸大名は多大なる迷惑を被った。

 山風版 「忍法花盗人」 「自来也忍法帖」他

 家斉自身と言うよりその子の処遇を巡る様々な悲劇が描かれる。

 柴錬版 「眠狂四郎」シリーズ

 狂四郎の後ろ盾である武部老人(とその主君水野忠邦)に取っての目の上のたんこぶ。

 作者は他家に押しつけられた子女が馬鹿ばかりであるかのように書いているが、長生きした子供の中にはそれなりの人物も居たようである。その一例として紹介される松菊君(蜂須賀斉裕)も、叩かれるほど痴愚には思えない。(要するに主人公の立ち位置から敵役を背負わされているだけなのだけど)

 荒俣宏 「帝都幻談」

 水野の世直しの邪魔になるとして毒殺される。

徳川家定 (とくがわいえさだ:1824〜58)

 徳川十三代将軍。父家慶や祖父家斉と違い蒲柳の質で子がなかった。

 山風版 「秘戯書争奪」 「陰萎将軍伝」 

 辞任を願い出た伊勢守を慰留するのに泣いてすがりついたという。一方で水戸を抑えるために井伊掃部頭を用いることを決める。

 彼が水戸斉昭を嫌った(結果その息子である慶喜を退けた)理由はその子沢山であったとされる。

徳川慶喜 (とくがわよしのぶ:1837〜1913)

 徳川最後の将軍。水戸斉昭の子。母は有栖川宮家の王女。

 政治家としての評価は難しいが、徳川家と天皇家の両方に繋がる貴種であったことが彼の強みであり弱みであった。

 山風版 「魔群の通過」「旅人国定龍次」「軍艦忍法帖」「東京南町奉行」

 自分を頼って京へ向かっていた天狗党軍を政治的立場から見捨てて逆に討伐に向かう。貴人に情無しとは言いますけど…。

 大坂城を逃げ出す際に、馬印や妾(新門辰五郎の娘)も置き忘れた。これにあきれた辰五郎は、自分で陸路江戸まで運んだという。(「旅人国定龍次」)

 丸亀からやってきた臣下筋の老人に侮蔑の言葉を贈られる。(「東京南町奉行」)

 菊池秀行 「幕末屍軍団」

 十四代将軍家茂の早逝を見越して、怪しげな老黒人と契約を結んでゾンビ軍団を世に放つ。

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