時代小説人物評伝

陸の壱 女性篇

 江戸以前。

十市皇女 (とおちのひめみこ:653?〜678)

 天武天皇の第一皇女。母は額田王。大友皇子の正妃。密かに父と通じていたとされ、壬申の乱において情報を流し、また異母弟達を大津京から逃す。

 豊田有恒 「大友の皇子東下り」

 大友皇子の足止めには失敗、東国に遁れた皇子を追跡して討ち取ろうとするがしくじる。

元正天皇 (げんしょうてんのう:680〜678)

 草壁親王の娘。母は即位して元明天皇となる。弟の文武天皇へのつなぎ母からの譲位を受けて独身のまま即位する。(独身で即位した初めての女帝)

 豊田有恒 「長屋王横死事件」

 夫の長屋王とむつまじく過ごす妹に嫉妬して殺害を考えて行基の讒言を採用。長屋王はそのとばっちりで殺されたことになる。生涯ただ一度の体験の相手は長屋王であったと思われる。

藤原薬子 (ふじわらのくすこ:?〜810)

 式家藤原種継の娘。平城上皇の尚侍。兄仲成とともに上皇の復位を図って破れ、服毒自殺する。

 鯨統一郎 「いろは歌に暗号」

 その名の通り薬学に通じ、嵯峨天皇の命令で空海と幻術比べを行う。そのトリックは死後に最澄によって解かれた。

 トリックにより平城上皇に挙兵を決意させる。

小野小町 (おののこまち:生没年不詳)

 六歌仙の一人。一説には小野篁の孫。世界三代美女の一人(と言っているのは日本だけだろう)。

 高橋克彦 「総門谷」

 小野篁の縁者として仁明天皇の宮中に入る。その正体は総門によって甦ったシバの女王。 

清少納言 (せいしょうなごん:966?〜?)

 歌人。肥後守清原元輔の娘。一条天皇の中宮定子に仕えた。随筆「枕草子」の作者。

 清水義範 「封じられた論争」

 定子亡き後、その遺児の養育係りとして宮中に残ったという説を採用。「紫式部日記」での自身の評価に怒りを覚え、「沓草子」を書いて紫式部との不毛な中傷合戦を演じ、道長により禁書焼却処分にされる。

紫式部 (むさらきしきぶ:生没年不詳)

 藤原為時の娘。一条天皇の中宮で道長の娘彰子に仕えた。小説「源氏物語」の作者。

 清水義範 「封じられた論争」

 先人の清少納言の才能を理解するが故に「紫式部日記」で彼女を批判。中傷合戦の火蓋を切る。「続・紫式部日記」は道長により禁書焼却処分にされる。

阿野廉子 (あのれんし:1301〜1359)

 後醍醐天皇の寵妃。彼女の生んだ皇子が(南朝の)皇位を継いだ事でその寵愛の深さが窺い知れる。

 山風版 「婆娑羅」

 後醍醐天皇が隠岐に流される際に行った立川流の儀式でお供の三人に選ばれる。

 自身の産んだ皇子を天皇にする為に最大の障害である大塔宮を陥れる。これは将軍位を狙う足利兄弟にとって好都合であった。

今参局 (いままいりのつぼね:?1459)

 室町幕府第八代将軍足利義政の乳母にして側妾。大舘満冬の娘。義政側近の有力者して烏丸資任、有馬持家と共に三魔と称された。「今参局」とは本来は新入りの女官の意味の普通名詞であったが、いまや彼女を示す代名詞となった。

 正室日野富子の生んだ男子がその日の内に夭折すると、呪詛の疑いを掛けられて追放、その途上で自刃させられる。

 山風版 「室町少年倶楽部」

 将軍義政を俗世にとどめる為の”肉の綱”として期待される。しかし彼女はその仮初の立場を永久にしようと野心を燃やす。

 富子が産んだ男子の急逝により追放。それを仕組んだのは富子の兄勝光であった。追放の途上に伊勢伊勢守の手の者に殺害される。実行犯は伊勢守の一門衆伊勢新九郎であった。

日野富子 (ひのとみこ:1440〜96)

 室町幕府第八代将軍足利義政の正室。義政が弟義尋を還俗させて将軍継嗣と決めた後に男子を産み、将軍継承をめぐる対立が応仁の乱へと発展する。

 山風版 「室町少年倶楽部」

 色気が消し飛んでしまう理知と勝気にあふれる。足利家の財政と兄勝光とともに握り、更に利殖に励む。

諏訪御前 (すわごぜん:生没年不詳)

 諏訪頼重の娘。実名は不祥。父を殺した武田信玄の側室となり後の勝頼を生む。

 山風版 「室町お伽草紙」

 伊奈姫。父信虎と会う為に上方へ上った信玄に同行。影武者に本物と代わらずに仕えるくらい信玄に心酔しており、諏訪の遺臣が信玄(の影武者)を討った際にもその恨み言に共感せず。

 柴錬版 「忍者からす」

 雅姫。父頼茂を殺した山本勘助と熊野の誓詞を交わし、熊野忍者の力で息子勝頼を武田家に家督を継がせた。その結果が幸せだったかどうかはまた別の話。

 宮本昌孝 「剣豪将軍義輝」

 父の復讐のため信玄の長男義信を殺害して自身の生んだ勝頼を武田家の後継ぎにしようと目論む。

朝日姫 (あさひひめ:1537〜90)

 秀吉の異父妹(同父妹とする説もある)で、家康を懐柔する為にその継室となり駿河御前と呼ばれる。

 離縁させら得た前夫は「佐治日向守」と「副田甚兵衛吉成」という名が伝わる。

 山風版 「妖説太閤記」「近衛忍法暦」

 兄に似て不器量。佐治日向守に押し付けられる。作中では日向守を尾張大野の領主で、たつ姫の最初の夫与九郎一成の兄とする。石川数正の内部工作が思いがけず朝日姫の家康への再嫁へと進む。

 忍法によって家康の閨房を見せられて嫉妬。家康は決死の覚悟で彼女を静める。

お市の方  (おいちのかた:1547〜1583)

 信長の妹で浅井長政に嫁ぎ一男三女をもうける。男子は浅井家滅亡の折りに信長の命を受けた秀吉に磔にされるが、三姉妹はそれぞれの人生を全うした。

 山風版 「妖説太閤記」他

 秀吉に見初められ、彼の出世の原動力となるが、二度目の夫柴田勝家とともに自害してその魔手から逃れる。 

 その代わりに長女おちゃちゃがその毒牙に掛かる。がおちゃちゃ=淀の方自身は必ずしも被害者ばかりは言えない。

 次女は従兄弟であった京極高次に嫁ぎ、三女は盥回しの末に徳川秀忠夫人となって家光を生む。

 少なくとも彼女は秀吉に勝ったと言える。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 夫長政の道連れにされるところだったが、秀吉に恩を売ろうとした石川五右衛門によって救い出される。二度目は見捨てられた。

芳春院 (ほうしゅんいん:1547〜1617)

 前田利家の正室。夫とはいとこ同士である。

 長谷川哲也 「セキガハラ」

 息子の利長と徳川四天王の戦いに介入。その思力は夫と同じ実体を持つ幻影。夫ほどのパワーは無いが遠距離に影響を与えられる。

北政所 (きたのまんどころ:1549〜1624)

 秀吉の正室。おねあるいはねね。剃髪して高台院湖月尼公。

 山風版 「妖説太閤記」「叛旗兵」「幻妖桐の葉おとし」「黒百合抄」「刑部忍法陣」

 風太郎作品では淀の方が霞むほどの烈女として描かれる。

 わずか十三才で秀吉に嫁いぐ幼妻となりロリコンの秀吉と似合いの夫婦になるかと思いきや、初夜に「…あなたを出世させて見せます」と宣言し秀吉をすっかり萎えさせてしまう(「妖説太閤記」)。それでも秀吉が天下を狙って猛進している間は押され気味であったが、取った天下を愉しむ段になると、男としての秀吉は実にみっともない。

 恋敵であった柴田勝家を葬り去り、おちゃちゃを手に入れた事で秀吉が緩み始めると、両者の関係は次第に逆転する。

 秀吉亡き後、家康に肩入れして豊家の滅亡を悲願として生きるこの女性の怨念は異常に怖い(「幻妖桐の葉おとし」「黒百合抄」)。

 父の死に関して激高する甥浅野幸長に対し、「豊臣家は滅んでも、浅野家は滅んではならぬ」と宥める一方で上杉家への意趣返しをけしかける。

 隆慶版 「影武者徳川家康」

 家康の死んで影武者と入れ替わっていることを知りつつも豊臣家の為に沈黙する。

 朝松健 「五右衛門妖戦記」

 信長に高く評価され、秀吉の心を掴んでいたが、淀の方の登場によりその運命が大きく変わる。そして一枚岩だった豊臣家も変質していった。

 おそらく淀の方への対抗心から出雲阿国を城内へ招く。

 諸田玲子 「美女いくさ」

 秀吉の変貌振りに心を痛める。淀の方ともそれほど敵対はしていない。

孝蔵主 (こうぞうす:?〜1626)

 実名不明。北政所の筆頭上臈、後に秀忠の上臈となるがこの経緯に付いては謎。

 諸田玲子 「美女いくさ」

 主人公の人生に関わる重要人物。特に秀忠との結婚に関して重要な役割を負う。

細川ガラシャ (ほそかわがらしゃ:1563〜1600)

 明智光秀の三女、玉。細川忠興の妻。切支丹としての教名で知られる。

 (日本では夫婦別姓なので細川姓を冠せられるのはおかしいのだが、切支丹の女性は夫の姓を冠して呼ばれるケースが多いように思う) 

 山風版 「叛の忍法帖」「忍法ガラシャの棺」

 甲斐の徳本の弟子を名乗る男の呪術(忍法)で次男を出産。この術によって今後の出産は容易くなると言われたのだが、光秀の謀反以後は夫婦の関係は無く、三男以降は別腹という設定。

 父の謀反以来、聖女と悪女の二つの心に苛まれる。細川屋敷を包囲した石田勢の手を逃れるために、忍者によって二人に分けられる。悪女を犠牲にして聖女を救う計画だったのだが。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 秀吉に犯された事がきっかけで切支丹となる。そのときに産み落とした子が名古屋山三郎となる。

加納殿 (かのうどの:1560〜1625)

 家康の次女。母は正室築山殿。信長の提案で奥平貞昌(長篠の合戦の功績で信長の一字を貰って信昌と改名)に嫁ぐ。関ヶ原の後、夫が美濃加納城主となったことから加納殿と呼ばれる。

 本多正信正純親子との怨讐から宇都宮釣天井事件の黒幕と言われる。

 五味康祐 「真田残党奔る」

 秀忠の日光社参に際して「宇都宮城の普請に不備がある」と密訴(したのは史実)。

淀の方 (よどのかた:1567〜1615)

 浅井長政お市の方の長女、おちゃちゃ姫。秀吉の息子を二度も産んだ唯一の女性。

 山風版 「妖説太閤記」「忍法死のうは一定」「おちゃちゃ忍法腹」「虫の忍法帖」「忍者石川五右衛門」他にもちょい役は多数。

 始めは父を殺された被害者として現れるが、単に「気の毒な女性」では終わらず次第に変貌を遂げる。(「妖説太閤記」)お市様を手に入れることを究極の目的とした秀吉としては、彼女が産んだ子に天下を譲るのは有る意味で自然の流れだった。始めの鶴松はまだ秀吉の胤である可能性があるが、秀頼に到ってはその可能性は皆無と言っていい。大野治長の胤というのは良く言われる説だが、その治長の実の父が…であったというのはまさに奇説いや妖説の名にふさわしい。

 朝鮮の忍者をうち破ったり(「おちゃちゃ忍法腹」)、に功徳を施したり(「虫の忍法帖」)と、意外な活躍も見せる。

 だが一番興味深いのが、本能寺より伯父信長を救い出す件(「忍法死のうは一定」)であろう。「刑部忍法陣」で、大野治長と交わりながらも、「妾の夫は太閤殿下一人だ」と言いきってしまう辺りは意外に可愛いかも。まあ、鬼女と化した北政所と比較しての話ですが。

 半村版 「黄金の血脈」「産霊山秘録」

 加藤清正の説得に応じて秀頼とともに熊本へ移る決断をしたが、清正の急死(暗殺)により立ち消えとなる。

 旧家臣筋であった藤堂高虎によって大阪城から逃されるが、高虎の家臣・黒旗天兵衛に所在を突き止められ秀頼と共に命を落とす。

 隆慶版 「影武者徳川家康」「花と火の帝」

 徳川家に臣従することを遂に受け入れず、滅亡への道を進む。千姫を死出の道連れにしようとするが、秀頼に反対される。

 出自から来る誇りと、実父養父を殺した秀吉の側室となった引け目から来る劣等感に苛まれ、底から発生した強烈な権力欲に取り付かれている。誇りの為には息子も殺す悪鬼羅切の女性。(豊臣家滅亡の原因を彼女に帰する”常識的”な解釈)

 南条範夫 「わが恋せし淀君」

 現代人である主人公のあこがれの人。彼は何とか彼女を救い出そうと画策するが…。

 したたか者の秀吉すら手玉に取った不思議な女性。大坂城に集った諸将は彼女の笑顔を見たくて勝ち目のない戦いに血道を上げていた。

 大坂の陣の時には既に四十代後半なので、流石に老いさらばえているのではないかと思うのだが。まあ、設定上しようがないか。

 山田正紀 「闇の太守」

 織田家と浅井家を決裂させるために是界の手のモノに命を狙われるがその美貌を見込まれて蘭闍丸によって守られる。蘭闍丸がさらってきた御贄衆の子月が彼女の影武者とされ、後に秀吉の側室淀殿となる。

 松枝蔵人 「瑠璃丸伝」

 幸村と忍者たちを信用できず、大坂城を捨てれば豊臣家の最後と思い定めて秀頼を殺害する。

 菊地秀行 「魔剣士 妖太閤編」

 死人使い達によって秀頼を孕まされる。

 荒山徹 「柳生逆風ノ太刀」@「柳生陰陽剣」 「鳳凰の黙示録」

 両作品で設定は若干異なりますが、どちらも凄く真っ当な賢母として描かれます。

 朝鮮妖術師にさらわれて、偽物により豊臣家壊滅を画策される。(「柳生逆風ノ太刀」)

 息子を溺愛するおろかな母、と見せかけてひそかに秀頼を朝鮮へ送り込む。(「鳳凰の黙示録」)

 霧島那智 「真田幸村の鬼謀」

 豊臣家滅亡の要因と見られ、秀頼の救助以来は十勇士に拒否される。むしろ彼女を除く事が豊臣再興の鍵とさえ言える。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 二度の落城に際して石川五右衛門によって救い出される。

 秀頼が秀吉の胤でないというのはよくあるネタだが、ここでは実父は塚原卜伝の息子彦四郎であった。彦四郎が秀頼と千姫とを結びつける役割を果たしたのを恨んで、幸村にこれを討つように命じる。

 彼女を最後の妾にと望んだ家康の命を受けた柳生但馬守によって大坂城から浚われるが、家康は既に不能であった為大坂城に戻される。

 朝松健 「五右衛門妖戦記」

 浅井家の長女のみに使える妖力天眼髪を使う。

 諸田玲子 「美女いくさ」

 従順だが気位が高い。母に最も似ていたために秀吉の寵愛を受ける。基本的に妹思いなのだが、徳川の女となった小督とは距離が出来てしまった。(嫁いだらその家の女になれと教えたのも彼女なのだけど)

出雲阿国 (いずものおくに:1572?〜?)

 かぶき踊りの祖。名古屋山三郎と夫婦であったと言う伝説がある。

 山風版 「いだてん百里」「叛旗兵」

 お国の江戸入り行の裏で様々な謀略が展開される。

 半村版 「黄金の血脈」

 夫山三郎との間に儲けた一子三四郎の行く末を案じる。

 朝松健 「五右衛門妖戦記」

 秀吉を当てこすり、光秀を復権させる狂言を演じる。その正体は八百比丘尼。初代五右衛門の娘お八重に名を継がせる。

甲斐姫 (かいひめ:1572〜?)

 忍城主成田氏長の娘。小田原城につめていた父に代わって忍城を守りきる。戦後、その武勇を評した秀吉の側室となる。

 大坂落城後の消息は不明。その事跡についても創作であるとする説がある。

 山風版 「風来忍法帖」

 忍城主成田左馬助氏長の正室、で太田三楽斎の孫麻耶姫という設定。甲斐姫をモデルにした架空の女性と見ることも出来るが。

豪姫 (ごうひめ:1574〜1634)

 前田利家の四女で母は正室芳春院。秀吉北政所の養女となり宇喜多秀家に嫁ぐ。

 秀家が関ヶ原で敗れると実家に戻り、そこで高山右近の影響を受けて切支丹となる。

 荒山徹 「陰陽師・坂崎出羽守」 「砕かれざるもの」

 朝鮮で秀家と三成の前に現れたのは豪姫に化けた怪異。このとき宇喜多顕家が討たれ、怪異を倒した朝鮮の陰陽師鄭玄秀が顕家の名を受け継ぐ。

 家光の前田家取り潰し計画に際して、弟利常を支える。前だけを救うために八丈島を抜け出した夫秀家と再会を果たし、帰島の際に同行する。(公式にはこのときに死亡とされる)

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