時代小説人物評伝

参の壱 権臣篇

 一般に余りよいイメージを持たれない権臣達。不幸な最期(失脚も含む)を迎えた人物に限定。

高師直 (こうのもろなお:?〜1351)

 足利尊氏の執事。

 塩冶高貞の妻に横恋慕し、高貞に謀反の罪を着せて塩冶一族を滅ぼした。これが『仮名手本忠臣蔵』に取り入れられた。

 山風版 「婆娑羅」

 佐々木道誉の策で尊氏の弟義直を失脚させるが、彼を助命したことで自らの滅びを招く。

足利直義 (あしかがただよし:1306〜52)

 足利幕府初代将軍尊氏の弟。兄の片腕として幕府創設に貢献するが、執事の高師直と対立し観応の擾乱を引き起こす。兄と戦う為に南朝に降伏した事が事態の混乱に拍車をかけた。最後は鎌倉に幽閉されて急死。太平記によれば尊氏による毒殺とされる。

 山風版 「婆娑羅」

 佐々木道誉の策で失脚。逆襲に転じて高師直と師泰兄弟を討ち果たす。足利兄弟の和解により自身の立場が危険になると危惧するが、兄弟の蜜月は半年ほどであった。

 兄尊氏との関係を後世の西郷・大久保になぞらえる。但しこのときは勝ち残ったのは西郷=尊氏であった。

細川勝元 (ほそかわかつもと:1430〜73)

 三管領細川家嫡流の当主。十六歳で管領となり、都合三度通算で二十三年間その地位を占めた。応仁の乱における東軍の総大将。

 山風版 「室町少年倶楽部」

 将軍義政に側妾を持たせるため、自身も山名宗全の娘を娶る。宗全の息子、妻の弟豊久を養子として押し付けられる。

 今参局の謀殺を聞かされておらず、不快感を示す。

 妻に子が生まれると、養子豊久を廃嫡して寺へ入れてしまう。将軍継嗣問題では養子義視を擁護しているのに、矛盾では無いかと義政に指摘されるが意に介さず。(義視は義政の弟なのに、豊久は勝元とは血縁関係が無く、同列には扱えないだろう)

森蘭丸 (もりらんまる:1565〜82)

 かの有名な信長の寵童。実名を成利と言い、美濃金山を領する歴とした大名である。

 山風版 「妖説太閤記」

 秀吉の軍師竹中半兵衛の布石により光秀と反目。彼の謀反の遠因を作る。

 松枝蔵人 「瑠璃丸伝」

 魔王となった信長を討つために送り込まれたくノ一。本能寺において魔王を自身の胎内に封印する。幸村の配下の霧隠才蔵は彼女の子孫。

石田三成 (いしだみつなり:1560〜1600)

 秀吉の寵臣。秀吉の死後、家康打倒を目指して関ヶ原の合戦を企画。その壮大さは家康を驚嘆させたが、最後には両者の格の差が物を言った。

 山風版 「妖説太閤記」「おちゃちゃ忍法腹」「忍者撫子甚五郎」

 朝鮮の忍者を捕らえ、淀の方の邪魔になる朝鮮の女達を抹殺させる。しかしそれを知った淀の方の行動には度肝を抜かれる。

 関ヶ原の合戦では伊賀者波ノ平法眼に金吾中納言の本心を探らせるが…。

 井沢版 「銀魔伝」

 唐入りを背後から妨害する銀魔の存在に気付く。銀魔と結んだ家康を討とうとして関ヶ原で敗れる。銀魔の秘密を掴んだのは首を打たれる瞬間であった。

 隆慶版 「一夢庵風流記」「影武者徳川家康」「花と火の帝」

 個人的には清廉潔白で公人としては狡猾な策士。

 朝鮮との戦いを避けるため前田慶次を朝鮮へ送り込む。慶次の報告により三成たちの虚言がばれるが、そのとりなしにより救われた。その慶次から子供めいた夢想家、打ち手の狡猾さの割りに基盤が脆い。と評される。

 関ヶ原の敗戦後、家康の影武者との対面に置いて秀頼に情けを掛けてくれるように懇願する。また、左近に家康の死を伝え、協力して秀頼を助けるように遺言する。

 柴錬版 「最後の勝利者」 「赤い影法師」「忍者からす」「柴錬立川文庫」

 「影」と「鴉(五代目)」と言う二人の優れた忍者を抱える。(最後の勝利者には登場せず)

 鴉によって柴田勝家の首級を挙げて出世を果たす。

 秀吉の老化を見て天下取りの野心を抱く。秀吉死去の後、最大の障害となる家康を倒す為に直江兼続と相談し、その第一段階として蒲生氏郷の排除を画策する。関白秀次を奸計によってその地位から引きずり降ろす。

 関ヶ原で敗れた後、影に助け出された一子秀也が己の憔悴した姿におびえたため、「育てる必要なし」として刺し殺す。(この所為か、影は三成の死後は独立独歩となり、服部半蔵の招請を受けて真田の風盗と戦う。)再起は叶わぬと悟って救出を狙う二人の忍者の申し出を退けて刑場に散る。一方鴉によって大坂より連れ出された娘木美は長じて男子を産む。それが後の由比正雪となる。

 五味康祐 「村越三十郎の鎧」

 秀吉の死後、その情報を利用して家康に近づいてこれを殺そうと図るが失敗。逆に秘喪の約を破ったとして諸老臣達との不和を生む。

 家康への刺客として現れた兵庫介に救われて家康の屋敷を抜け出す。

 森田信吾 「影風魔ハヤセ」

 その前身は忍び。しかも信長の落胤。

 本能寺から生き延びた実父信長に協力するが、信長が光秀に討たれた後、秀吉と家康を引き合わせて密謀を結ばせる。

 戦をせねば居られない武士の本能を朝鮮陣で消耗させ、「永久に敵地にたどりつく事のない無限の行軍」つまり参勤交代を思いつく。最後は計画通りに家康に天下を取らせて姿を消す。

 池宮彰一郎 「天下騒乱」

 関ヶ原の合戦は天下を二分して大戦を起こし、勝者が敗者を飲み込んで太る、已むに已まれぬ非常手段であった。と家康利勝に語った。

 荒山徹 「柳生大作戦」 「魔風海峡」

 近江百済党党首。腹心・島左近も大和百済党であった。百済再興のため、秀吉に朝鮮を攻めさせる。百済霊廟を開封し魔人となる。豊臣一族を謀殺し、秀吉の死後に家康の”反乱”を鎮めることで天下掌握を狙う。百済党と対立する柳生一族の妨害によりその計画は破綻した。(「柳生大作戦」@大戦争)

 秀次事件に際して、彼の放った風魔忍者に襲われるが、真田幸村とその配下の忍者に救われる。幸村の仲介で根来道臣斎を頭とする忍びを組織する。欽明党の埋蔵金を知り、真田幸村を朝鮮に送り込んでこれを入手するが、結果的にその呪いによって豊家を滅ぼすこととなった。(「魔風海峡」)

 朝松健 「五右衛門妖戦記」

 石川五右衛門と一族郎党を公開処刑。

 司馬史観 「梟の城」

 近江の旧大名六角承禎の娘を宗久の養女に紹介する。実は六角配下の忍者望月刑部左衛門に仕込まれた甲賀忍者で、宗久の計画を探らせていた。

 池波正太郎 「忍びの女」

 家康暗殺計画に利長を巻き込んで家康を討とうと画策する。優れた政治家だが軍事の才は無い。(戦場で本領を発揮する正則と対照的に描かれる)

 半村版 「黄金の血脈」

 佐竹領内の黄金に目をつけて、黄金の献上と引き換えに周辺への暴虐を許す。

本多正純  (ほんだまさずみ:1565〜1637)

 家康の懐刀本多正信の長男。父が秀忠の側に、そして彼が家康の側にあって幕初の二元政治を支えた。

 家康・正信が相次いで死ぬと宇都宮十五万石を領して権勢を誇るが、秀忠側近の策謀に掛かって改易となる。

 山風版 「忍者本多佐渡守」

 父から徳川の楯としての使命を引き継いだ土井利勝の罠にはまって改易となる。

 隆慶版 「影武者徳川家康」「吉原御免状」

 父と協力して影武者の家康と将軍秀忠の連絡係を務める。豊臣家の処遇については影武者と意を異にする。 

 家康(影武者)の残した御免状の秘密を秀忠に漏らしてしまい、それがもとで後の改易に至る。

 五味康祐 「真田残党奔る」

 家康の後継ぎを定める際に年長の秀康を推挙。このことで二代将軍となった秀忠の恨みを買う。家康の御遺金の一部を隠匿。(家康の遺命と称して)宇都宮へ移ったのも、日光へ参詣する秀忠を城中で暗殺するためであった。

 あれだけ方々に計画が漏れていたら謀反は成功しないと思う。

計画は柳生宗矩によって計画は未然に防がれる。話の展開上、宗矩の引き立て役か。

 百万石のお墨付きを巡って伊達政宗と提携。

 荒山徹 「八岐大蛇の逆襲」@「柳生陰陽剣」 「徳川家康」 「魔風海峡」

 朝鮮妖術師に憑依され釣天井事件を引き起こす。

 影武者の監視役として駿府城に送られたが、影武者の真意に気付かず、気付いていても豊臣滅亡が徳川のためと考えるため秀忠の役には立たなかった。(「徳川家康」)

 半村版 「黄金の血脈」

 加藤清正が秀頼親子を熊本へ迎え入れようとしていることを察知して清正を毒殺する。キリシタンの仇敵であった清正を殺したことで彼らから守護神扱いされる。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 家康の側妾であった妻から秀忠が家康の実子でなかったと言う秘密を聞かさされて、それが元で改易に追い込まれた。

 (「立川文庫」では家康が幼少時に今川家で羅切の刑を受けていたとされる)

酒井雅楽頭 (さかいうたのかみ:1624〜81)

 実名は忠清。酒井雅楽頭家の四代目。家綱時代、下馬将軍と歌われた大老。

 綱吉の擁立に反対したためその登場と共に職を追われ間もなく病死する。

 山風版 「忍法鞘飛脚」「忍法肉太鼓」「読淫術」

 雅楽頭忠清と堀田筑前守(+綱吉)の暗闘がいくつかの短編で登場する。松平伊豆守対由比正雪(+頼宣)や田沼意次対松平定信に次ぐくらいの比重であろうか。

 隆慶版 「かくれさと苦界行」

 神君御免状の存在を義仙に教えられその後ろ盾となる。御免状を見て狂乱。親王将軍を実現しようとして失脚する。

堀田筑前守 (ほったちくぜんのかみ:1634〜84)

 実名は正俊。綱吉時代の初期の大老。従兄弟にあたる稲葉正休に刺殺される。

 登場作品 「忍法鞘飛脚」「忍法肉太鼓」「読淫術」「忍法双頭の鷲」

 綱吉と組んで下馬将軍・酒井大老を蹴落とす。忍法帖としては根来組を取り立てた人物として重要である。その堀田が刃傷によって倒れると根来組の短い春は終る。

 柴錬版 「眠狂四郎」

 自分を相手に一歩も引かなかった若い青山因幡守を即座に書院番から書院頭に取り立てる広い度量の持ち主。

新井白石 (あらいはくせき:1657〜1725)

 木下順庵門下。師の推挙で甲府綱豊に仕える。綱豊が第六代将軍家宣となるとその側近として正徳の治と呼ばれる政治改革を行う。家宣の息子家継が夭逝し、紀州から入った吉宗が将軍家を継ぐと政治の表舞台から追われる。

 荒山徹 「魔岩伝説」

 朝鮮通信使に疑問を抱き改革を断行。七代家継の将軍継嗣に際し通信使の招請を行わず、太陰石の霊力途絶による将軍夭逝に繋がった。

 彼の死後、朝鮮通信使の廃絶を目指す白石党が維持を司る林家・柳生家との暗闘を繰り広げる。

 菊池道人 「夜叉元禄戯画」

 実母が赤穂浅野家に仕えていた(と言う設定)。吉良家が紀州派なのに対し、浅野家に肩入れし討ち入りを裏からサポートする。

 吉良家の引越し行列(実は赤穂浪士を始末するための囮)に切り込んだ赤穂浪士急進派(堀部安兵衛・高田郡兵衛ら)を救った際に綱教の弟松平頼方と対峙する。

田沼意次 (たぬまおきつぐ:1719〜88)

 家重から家治時代に掛けて権力を振るった政治家とされる。

 山風版 「忍法女郎屋戦争」「江戸にいる私」「天明の隠密」他

 賄賂政治家として評判が悪いが、作中での描かれ方はそれほど悪くない。

 白河楽翁こと松平定信との一連の対決は、知恵伊豆対張孔堂正雪に匹敵する名勝負であった。

 どちらかというと息子の山城守意知の方が出番が多い。

半村版 「妖星伝」

 権力の中枢から腐らせると言う目的で鬼道衆に肩入れされ出世街道を登る。鬼道衆は途中で消えてしまうが、出世は止まらない。

 井沢版 「銀魔伝」

 通貨統合を画策し銀魔の逆鱗に触れて追い落とされる。味方だと思っていた一橋治済(後の将軍家斉の実父)が銀魔に取り込まれていたことに気付かなかったのは致命的であった。

 菊地秀行 「逢魔が源内」「幕末屍軍団」

 政敵が放った魔物に狙われて源内に救われる。

 源内の才能を危険視し、飼い殺しにする。

 荒俣宏 「帝都幻談」

 蝦夷を探検させた目的はそこにあると思われる金山を手中にし、仙台や水戸と組んで新たな将軍家を作り上げることだった。そのために源内を死んだことにして蝦夷に送り込んだ。しかしその意図を察知した松平定信によって失脚させられる。加藤重兵衛は開国により北方の鬼たちを復活させて江戸を攻めるつもりだった。

水野忠邦 (みずのただくに:1794〜1851)

 天保の改革の推進者。老中に成るために豊かな唐津から貧しい浜松への転封を画策する等、江戸期には珍しいやる気のある政治家。

 山風版 「国貞源氏」「忍者黒白草紙」「武蔵野水滸伝」

 田沼が断念した印旛沼工事を行うが、平手造酒と妖侠客たちの決闘に発展する。 

 片腕である鳥居甲斐守に裏切られて失脚。その鳥居を始末するためだけに老中へ復帰する。

 半村版 「産霊山秘録」

 芯の山の秘密を知り、寺社奉行となっての所在を探り出す。

 既存勢力を攻撃する材料として大塩を利用する。

 柴錬版 「眠狂四郎」シリーズ

 眠狂四郎のパトロンである武部老人の主君。

 荒俣宏 「帝都幻談」

 鳥居を用いて世直しを目指す。改革の障害となる大御所家斉を毒殺し、その責を中野石翁に負わせて追放する。

井伊直弼 (いいなおすけ:1815〜60)

 幕末の大老。父直中の十四男で長く部屋住みの身だったが、兄の養子として彦根藩主となる。

 勅許を得ずに通商条約を結び、攘夷派からの怒りを買う。将軍継嗣問題にけりを付け、反対派を弾圧するが、最後は水戸浪士に討たれる。

 山風版 「陰萎将軍伝」「首」

 水戸斉昭を嫌った家定の指名で阿部伊勢守の後の政局を任される。

 主に桜田門外で討たれる話で登場。「首」では文字通り首だけの登場となる。

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