時代小説人物評伝
参の参 幕臣篇
中条長秀 (ちゅうじょうながひで:?〜1384)
伝説的な刀術・中条流の流祖。但し具体的な武勇伝は不詳。
山風版 「忍法創世記」
大塔衆を介して柳生家の三兄弟に中条流刀術を伝える。
蜷川新右衛門 (にながわしんえもん:?〜1448)
実名は親当。蜷川氏は室町幕府の政所代を世襲する家柄で、足利義教の政所公役を務めていたが、義教の死後に出家し智蘊と号した。宗祇が選んだ連歌七賢の一人で一休宗純とも親交があった。
アニメに登場する同名キャラのモデルであるが、実際に交流があったのは出家後のこと。
柴錬版 「忍者からす」
新左衛門の名で登場。一休から赤松満祐が将軍義教を殺した謎を聞かされる。
朝松健 「一休暗夜行」「一休虚月行」「一休破軍行」「一休髑髏」
公儀目付人として一休の助っ人・監視役を務める。初登場時(「暗夜行」)には”右衛門太夫親実”を名乗っており、(おそらくはシリーズ化によって)立ち位置が変化している。
一休が将軍家の以来で動いているときには協力的だが、完全に対決状態であった「魔仏行」には登場しなかった。
赤松貞村 (あかまつさだむら:1393〜1447?)
赤松氏の一族。将軍義教の寵臣。義教が赤松家の家督に介入(赤松満祐の守護職を貞村に与えようとした)ことが嘉吉の乱を招いたと言われる。
山風版 「室町の大予言」
嘉吉の乱と本能寺の変を照応させる為に、嵐丸貞村(つまり信長の寵臣森蘭丸に相当)の名で登場する。
朝松健 「一休魔仏行」
殺人狂の妖剣士。新将軍義教より公儀目付人支配と同等の権限を与えられている。
山岡景友 (やまおかかげとも:1540〜1604)
六角家家臣。足利義昭により幕臣に取り立てられる。剃髪して道阿弥と名乗る。
朝松健 「真田幸村 家康狩り」
服部半蔵亡き後、甲賀組を指揮して前田利家を謀殺する。道阿弥が実際に甲賀組を与えられたのは関ヶ原の後であり、彼自身が忍者であったと言う記録は無い。
大久保彦左衛門 (おおくぼひこざえもん:1560〜1639)
旗本。実名忠教(ただたか)。名門大久保家の一族で「三河物語」の著者。甥忠隣の改易に連座するも家康直臣として千石を賜る。
天下のご意見番というのは講談だが、これを踏まえないと彼のキャラクターは理解出来ない。
山風版 「忍法八犬伝」「彦左衛門忍法盥」
兄の孫に当る村雨の方をエスコートする。
「孔孟が兵を仕立てて攻めてきたら」と言う命題に「討ち果たすのが孔孟の道に適う」と喝破。これを若き日の山崎闇斎が聞いていると言う筋立て。
だが宗意軒の忍法に掛かり戦中派の実体を暴かれる。
池宮彰一郎 「天下騒乱」
兄忠佐が養子にと望んでいたが、土井大炊頭によって握りつぶされた。その恨みから旗本を焚きつけて河合又五郎に肩入れする。
柴錬版 「運命峠」
柳生十兵衛と共に宮本武蔵を目撃。彼と武蔵を戦わせようと煽る。
五味康祐 「柳生武芸帳」
関ヶ原前夜、家康を狙ってきた山田浮月斎を(本人はそれと知らずに)鑓を持って退けた。
*作者は「もとは沼津で…大名」と書いているが、正確には兄忠佐が彼を養嗣子にと考えたのに彼が固辞したのであって、彦左衛門が”大名”であったことは無い。
邸内で腕利きの浪人を何人も養う。
土井利勝が柳生但馬守を詰問する場に乱入、結果として但馬守を救う。
服部半蔵正就 (はっとりはんぞうまさなり:1565〜1615?)
もっとも有名な服部半蔵正成の長子。父より引き継いだ配下の伊賀同心を家臣の如く扱ったため反発を招き、役を解かれる。半蔵の名と役職は弟政重に引き継がれた。名誉挽回のため大坂の陣に参加し行方不明。
山風版
関連稿・服部宗家を参照。
柴錬版 「運命峠」「赤い影法師」
父は家康の伊賀越えを助けた美濃平蔵。父は半年後に甲賀衆に討たれ、父に替わって伊賀組を指揮する。
家康直属の伊賀党に捕らえられた三成配下の忍び「影」を、密かに助力して逃がす。その報恩として、十五年後に影の率いる木曾谷の忍者によって真田幸村の使う「風盗」を殲滅する。老いた影に替わってこを指揮するのは子供の「子影」。実は女子で、半蔵に犯されて子を宿す。
隠密の任務が柳生家と競合する為に但馬守との間に確執を生じる。
柳生但馬守の依頼で寛永御前試合の背後に動く影の探索を初め、それがかつて子影に産ませた我が子であると気付く。その目的を看破し、生きていた真田幸村に接触するがそれを但馬守に疑念を抱かれてかつての部下達に縛られる。
但馬守に通報したのが生きていた幸村であることを思えば、大坂の陣の復讐を果たされたともいえる。
荒山徹 「三くノ一大奥潜入」 「魔風海峡」
娘瑠衣が家光の側室お振の方となる。
欽明党の黄金を探す真田幸村と十勇士の阻止に失敗し部下を全滅させる。幸村を妨害する為に朝鮮に情報を渡す使命を負うが、帰国せずそのまま臨海君に仕えて戦う。(「魔風海峡」)
霧島那智 「真田幸村の鬼謀」
家康の勘で秀頼の脱走の可能性を探る。半信半疑のまま大坂城を遁れた秀頼の船をそれと知らず襲うが、十勇士に撃退され逆にその生存を確信する。
落ち延び先として安芸(福島家)、肥後(加藤家)を探り最後に島津家に辿り着くが、薩摩に入る途中で討たれる。彼の残した情報をもとに服部忍軍が島津家の周囲に謎の忍者を嗅ぎ付ける。
半村版 「黄金の血脈」
真田十勇士の暗躍に対抗。作中年代には家康の勘気を受けて解任されているはずだけど、真田と長安が結びついているのだから(長安の娘婿である)弟正重ではありえない。
朝松健 「五右衛門妖戦記」
天海の命令で石川五右衛門を支援する。
服部半蔵正重 (はっとりはんぞうまさしげ:1580〜1652)
服部半蔵正成の次男。行方不明になった兄正就に代わり、服部家の家督を継ぐ。伊賀同心の支配は兄の代で解かれており、岳父大久保長安に従って佐渡金山の管理を行った。その長安の死後、連座して改易となる。
山風版
関連稿・服部宗家を参照。
荒山徹 「三くノ一大奥潜入」 「魔風海峡」「砕かれざるもの」「阿蘭陀くノ一渡海」
娘於風に摩羅転生を教える際に狂死する。(「三くノ一大奥潜入」)
名前だけの登場。兄よりも父半蔵の才能をより強く受け継いでいるらしい。(「魔風海峡」)
家康が切支丹となった証拠を前田利長に届ける。この事実を秀忠に暴露して殉教する。(「砕かれざるもの」)
(皮肉にも)嫡子と嫡孫は長崎奉行配下の切支丹狩りとなる。(「阿蘭陀くノ一渡海」)
森田信吾 「影風魔ハヤセ」
ハヤセと死闘を演じる。
南原幹雄 「寛永風雲録」
半蔵正成の不祥の息子。服部宗家は兄正就の代で断絶。彼は大久保長安の配下としてその没落に連座。服部宗家は弟忠正によって密かに再興される。
水野十郎左衛門 (みずのじゅうろうさえもん:1630〜1664)
実名成之。家康の従弟水野勝成の孫。母は蜂須賀蓬庵の娘。旗本奴の代表格で町奴幡随院長兵衛との喧嘩で有名。行跡怠慢で母の里にお預けになったが、評定所での不作法により即日切腹となる。
山風版 「邪宗門頭巾」
長崎奉行である叔父の元で切支丹の取り締まりに加わり、未来の宿敵塚本伊太郎と対決。
長崎奉行であった水野河内守守信と十郎左衛門の血縁関係についてですが、守重の母が水野信元の娘という説があって、それをとっても父成重と又従兄弟という薄い関係になります。要するに長崎奉行に水野姓が居る事を利用した創作(こじつけ)ですね。
踏絵を考案したのも竹中半兵衛の子孫ではなくこの水野河内守とする説があります。
隆慶版 「吉原御免状」「かくれさと苦界行」
吉原で知り合った松永誠一郎とともに柳生屋敷を訪ねる。神君御免状の名を知ったことで裏柳生から刺客を送られた。その後も吉原と裏柳生の暗闘に首を突っ込んで死期を早める。と言うかそれが彼の望みだったわけだが。
えとう乱星 「かぶき奉行」
主人公の友人。由井正雪の企みを察知し、主人公に告げる。
五味康祐 「柳生天狗党」
将軍家綱の後継を巡る陰謀に加担。これが彼を切腹へと追い込む。
柴錬版 「赤い影法師」「徳川三国志」
屋敷で賭場を開く。
由井正雪に金を強請り取られる。
吉良上野介 (きらこうずけのすけ:1641〜1703)
実名・義央(よしひさ)。高家肝煎。
上杉綱勝の妹富子と結婚。(美男であった上野介を見初めたと言われる)生まれた実子綱憲は上杉家を継ぎ、その子(つまり彼から見て孫)を養子とする。
忠臣蔵の悪役として名を残す。
山風版 「妖説忠臣蔵」「忍法忠臣蔵」
討手の大石が怪人物として描かれる関係で、気の毒な老人と言う扱い。
朝松健 「元禄霊異伝」「元禄百足盗」「妖臣蔵」
価値の基準を金に置く合理主義者だが、単なる金の亡者ではない。
隆光の呪術にはまって浅野内匠頭の刃傷を受ける。赤穂浪士の討入りに際して、祐天の弟子祐安居士=あば安に助けられて上杉屋敷に逃れる。
菊池道人 「夜叉元禄戯画」
姻戚(息子上杉綱憲の正室が紀州光貞の娘)である紀州綱教の将軍継嗣を願って工作を行う。甲府派に属する浅野内匠頭に圧迫をかけた結果刃傷を受ける。討ち入りに際して甲府家に乗じられないために支援が受けられなかった。
柴錬版 「裏返し忠臣蔵」
浅野長直の嫡子長友に果し合いを挑まれる。乳母の計らいで双子の弟がこれを退けるが、これが浅野家との確執をもたらす。討ち入りを阻止しようとる千坂兵部によって毒殺されるが、弟右近が身代りとなって討ち入りは行われた。
五味康祐 「薄桜記」
刃傷に付いて彼になんら責任は無い。
多少傲慢であっても決して臆病ではなく、赤穂浪士の討ち入りなど全く懼れていなかった。
曲淵甲斐守 (まがりふちかいのかみ:1725〜1800)
恐らく大岡越前守と並ぶ江戸の名奉行だが、現代における知名度では大きく水を空けられた。大岡政談に挙げられた業績には彼のモノが含まれている。
登場作品 「白波五人帖」「天明の判官」
甲府勤番より帰ってきた父下野守の苦難を救おうと奔走。未来の仇敵田舎小僧と一戦交える。(「白波五人男」)
田安宗武より一子賢丸を託され、七人の忍者を与えられる。彼らを使って名奉行としての名声を得たため、さしもの田沼意次も彼を罷免できなかった。無事に成人した賢丸の出世を見届けて奉行職を退く。
大田南畝 (おおたなんぽ:1749〜1823)
幕臣で天明期を代表する文人。別号として蜀山人他。
山風版 「傾城将棋」
秩父屋の若旦那に肩入れして薫太夫と虚虚実実の駆け引きを演じる。
柴錬版 「忍者からす」
大田家の娘が鴉に犯されて誕生し、実父より神鴉党の忍術を仕込まれる。田沼意次に難癖をつけられたことから江戸を騒がす怪盗・自来也となる。
佐野善左衛門 (さのぜんさえもん:1757−84)
田沼山城守を切って田沼時代を事実上終わらせた男。
山風版 「忍者梟無左衛門」「江戸にいる私」
妻に仕えていた忍者梟無左衛門の”袋返し”で錯乱し、若年寄田沼山城守に刃傷に及ぶ(「忍者梟無左衛門」)。前々から松平定信と通じていたと言う話も有るが、この方が忍法帖らしくて良い。
中野硯翁 (なかのせきおう:1765〜1842)
九千石の旗本。実名清茂。家斉の愛妾お美代の方の養父として陰の実力者となる。家斉没後は政治の実権を握った水野忠邦によってその権力を奪われて失意の内に没する。
山風版 「自来也忍法帖」
お美代の方の生んだ息子石五郎(これにちなんで石翁と名乗ったとする)を藤堂家の婿養子に押し込もうと画策する。
柴錬版 「眠狂四郎異端状」
柳生武芸党を動かして狂四郎と武部老人の企てを妨害する。
荒俣宏 「帝都幻談」
稲生武太夫より入手した媚薬によって権を得る。しかし献上した斑猫の薬によって大御所が亡くなったとして水野によって処分を受ける。
間宮林蔵 (まみやりんぞう:1775〜1844)
幕命により蝦夷地を探索し樺太が島であることを証明した。これにより樺太と大陸を隔てる海峡に名前を残す。
隠密としてシーボルト事件における密告者となる。
山風版 「春夢兵」
職務への忠実さと国防への悲願の延長として伊賀組の服部三蔵に南部分家八戸藩の探索を依頼する。
山田正紀 「天動説」
おそらく蝦夷探検の際に吸血鬼の”さたん”との接触があったのだろう。その為にさたんをあがめる西の丸甲賀組に利用された。
甲子夜話に備前で急死したという記述があると言う。
大塩平八郎 (おおしおへいはちろう:1793−1837)
大坂町東町奉行所与力。隠居して中斎と号す。世を憂い挙兵決起する。
山風版 「ゆびきり地獄」「武蔵野水滸伝」
水野軍記の妖教を探索し勝小吉と知り合う(「ゆびきり地獄」)。その軍記の後裔となのる謎の若衆南無扇子丸に知行散乱を勧められる(「武蔵野水滸伝」)がすでに反逆児としての自分を実現させ閉まった彼はこれを拒絶する。
柴錬版 「眠狂四郎無頼控」
水野軍記の一件で眠狂四郎と知り合う。江戸に赴いた際、狂四郎が備前屋から奪った五千両を貰う。
荒俣宏 「帝都幻談」
名前だけ登場。彼が乱を起こしたときの上司跡部良弼が水野忠邦の実弟であることから、鳥居に憎まれた。
爆死して死体が確認できなかったため生存説が囁かれる。
半村版 「産霊山秘録」
水野忠邦らの計略に嵌って挙兵に追い込まれる。
清水義範 「天保ロック歌撰」
伊勢参りの途中で大雨に遭い雨宿り。鼠小僧や高野長英などと語らう。
遠山左衛門尉 (1793〜1855)
実名景元。かの有名な刺青奉行。
実父景晋は第2回昌平坂学問所の学問吟味に甲科筆頭で及第し出世の糸口を得た。この学制を作ったのが時の大学頭林術斎であるが、景元がその息子である鳥居耀蔵と政敵になったのは実に皮肉である。
山風版 「ゆびきり地獄」「よざくら大名」「武蔵野水滸伝」「忍者黒白草紙」「伝馬町より今晩は」
松葉屋の居候時代、勝小吉と遭遇する。また反対派に刺青を入れられそうになった水戸の敬三郎様の身代わりとして桜の刺青を入れられる。
鳥居との対決が描かれる「武蔵野〜」「黒白〜」では実際には余り表立った動きがない。
奉行復帰後、逃亡中の高野長英を発見し、阿部伊勢守に申し出て彼を許そうとして保護の為に捕り手を送ったのだが…。
荒山徹 「魔岩伝説」
高柳又四郎の音無しの剣を修める。
朝鮮通信使にまつわる謎を巡る戦いで朝鮮半島に渡る。朝鮮妖術を付与されて桜の刺青を施される。
朝鮮の娘春香(日本名けい)を妻にする。彼女を間違えて”はるか”と呼んだというが、これは本名の日本語読みになる。
荒俣宏 「帝都幻談」
江戸に現れた河童(実は密漁され持ち込まれたオットセイ)を巡って平田篤胤と知り合う。鳥居に目をつけられた平田と藤田東湖を矢部駿河守に託す。
父の残した文書から平賀源内の偽装死と蝦夷逃亡を知る。源内を倒すため異国の呪文字を背中に彫りこむ。
鳥居甲斐守 (とりいかいのかみ:1815〜74)
林術斎の三男で鳥居家の養子。一般に知られる耀蔵は通称で実名は忠耀。官途名と掛けて”妖怪”と呼ばれる。水野忠邦の片腕として天保の改革を推進する。蛮社の獄において高野長英を初めとする進歩的学者を一掃する。
山風版 「お江戸英雄坂」「国貞源氏」「忍者黒白草紙」「武蔵野水滸伝」「東京南町奉行」
かの遠山の金さんの宿敵とされるが、すれ違いで直接対決は無い。「武蔵野水滸伝」では遠山の息子銀五郎と鳥居の娘お耀が恋仲で登場する。水野が再開した印旛沼工事の推進のため妖侠客たちを利用。
彼の本領はなんと言っても明治になってからの「東京南町奉行」だろう。配流先の丸亀から東京へ向かう途中、静岡に立ち寄って元将軍に面会を求めるが拒絶されている。
木村摂津守邸にて出会した勝を幕府瓦解の責任者として斬ろう考えるが、その勝を面罵する福沢に感嘆を憶え殺気を霧散させる。後日福沢を訪ねその言動に怒りを憶え斬りかかるが、居合わせた榎本の母親に制止される。
山田正紀 「天動説」
死から蘇った女を大奥へ挙げて大御所家斉を死に至らしめる。
西の丸に巣くう甲賀組のいんへるの寿庵と手を組もうとするが、拒絶される。
荒山徹 「魔岩伝説」
儒者の習いとして狂信的な朝鮮崇拝者。
朝鮮通信使にまつわる謎を巡って通訳として柳生卍兵衛に同行し朝鮮に渡る。
荒俣宏 「帝都幻談」
極度の洋学嫌い。水野忠邦を松平定信の再来と見て、父術斎が定信の下で果たした役割を忠邦の下で担う。
日本の破壊を狙う加藤重兵衛にその狂信を利用される。