時代小説人物評伝
弐の弐 足利将軍編
足利尊氏 (あしかがたかうじ:1305〜1358)
室町幕府初代将軍。南朝正統史観から逆賊扱いされてきた。
元の名は”高氏”であり、後醍醐天皇(実名尊治)から偏諱を受けたもの。これは征夷大将軍を望んだ尊氏に対する代償ではあったが、前例の無い破格な恩賞でもあった。
山風版 「婆娑羅」
後醍醐天皇護送について疑惑を持たれた佐々木道誉が訪れて足利家を脅して自身の弁護役に仕立てようとするが、相手をしていたのはもっぱら弟の直義で、彼は全く聞いていなかった。
この章題が「…野望児と」と有るように、内に野望を秘めていたと考えているのだろう。直義と師直の対立では師直に味方するが、師直が討たれると直義に「お前と修羅の仲にならなくてよかった」と涙さえ浮かべた。それでいて直義を再び政務に戻すことは無く、結局兄弟の戦いは一方が倒れるまで続く。
死因は背中の腫物であった。当時の医者は「廱と」診断した(医者でもある作者は糖尿病では無いかと推察している)が、道誉はその三つの腫物を尊氏に殺された高兄弟と弟の直義に似ているとからかった。
朝松健 「尊氏膏」
背中に生じた廱(人面疽)によって死去。人面疽とは人の恨みや憎しみから生じる。として、間接的に尊氏を悪人であると断じている。
足利義満 (あしかがよしみつ:1358〜1408)
祖父以来の懸案事項であった南朝を策謀により滅ぼす。明国より日本国王に封じられ、国内的にも実質的な治天の君として振る舞う。
死後「鹿苑院太上法皇」の尊号を賜るが父を憎む将軍義持によってその尊号は辞退される。
山風版 「婆娑羅」「忍法創世記」「柳生十兵衛死す」
佐々木道誉が手塩に掛けた美童鬼夜叉をその眼前で犯し、日本一の大婆娑羅と言わしめる。皇位簒奪を目指し、実子(である事は秘密である)後小松天皇より実子義嗣への譲位を企図するが寸前で死亡する。なお、かの一休禅師はこの後小松天皇の落胤なので、彼は義満の孫になる。
柴錬版 「忍者からす」
簒奪の直前に初代鴉に殺される。それは後小松天皇の落胤にして鴉の孫でもある一休への手向けであった。
鯨統一郎 「とんち探偵一休さん 金閣寺に密室」
金閣寺にて縊死。誰も近寄った者が居らず自死と見えたのだが。
朝松健 「一休暗夜行」
何者か(おそらく義持)に毒殺される。足利の世を滅ぼす「ほしみる」を遺す。
足利義持 (あしかがよしもち:1386〜1428)
義満の長男、足利4代将軍。死に至って次の六代将軍(彼の息子五代義量は父に先立って早世)を籤で決めろと遺言。その結果、弟義円が選ばれた。
山風版 「室町の大予言」
巨大すぎる父義満の否定に一生を費やしてしまった。後継者も否定し、籤で選べと遺言した。
義満の息子の中では一番マトモに見えた、とは作中における一休の評。
鯨統一郎 「とんち探偵一休さん 金閣寺に密室」
父義満を殺した犯人に寛大な処置を約束する。(その後の扱いを見れば「死罪は免じる」という程度ですが)
朝松健 「一休暗夜行」
一休の生母伊予を室町に捕らえて父義満が遺したほしみるの探索を強いる。
その三年後、息子義量を救うために再び一休を頼る。
足利義量 (あしかがよしかず:1407〜25)
足利義持の嫡子、室町幕府第五代征夷大将軍となる。
朝松健 「一休虚月行」
後亀山上皇と同じ呪詛を受ける。一休によって消滅は避けられたが、短命の運命からは逃れられなかった。
足利義教 (あしかがよしのり:1394〜1441)
足利三代将軍義満の三男で(足利家の家法により)出家して青蓮院義円。同母兄義持の死後、籤によって足利家の後継者となる。還俗して初め義宣とも名乗るがその音が縁起が悪いとして六代将軍就任字に改名する。七代将軍義勝・八代将軍義政の父。
その独裁振りから天魔と呼ばれた。播磨守護赤松満祐に殺害される。
山風版 「柳生十兵衛死す」「室町の大予言」
義円と名乗っていた時代、同年齢の神童一休と対峙して魔童子ぶりを発揮する。
赤松満祐が紹介した「本能寺未来記」の光景は義教ではなく信長の最後を予見していた。暗殺で幕を閉じるその生涯が信長のそれと対比される。
参考文献 「二人の天魔王」 明石散人
柴錬版 「忍者からす」
岩清水八幡が抱える諜者を用いる。一休の実子、二代目鴉の仕掛けた罠によって殺される。
朝松建 「一休破軍行」「一休魔仏行」
元天台座主であった経歴から立川流にも通じる。
彼を将軍義持の後釜に据えた黒幕三宝院満済の妖力を吸収してしまう。
内裏にあった秘呪具・天の瓊矛を奪い新たな世界を創造しようとするが、瓊矛を赤松満祐に奪われる。
足利義政 (あしかがよしまさ:1436〜1490)
足利義教の次男、足利八代将軍。彼の優柔不断が戦国時代の招来を招いた。
山風版 「室町少年倶楽部」
幼き頃、少年管領細川勝元と共に「いい将軍になる」と誓うが、大人になるにつれ政治に無関心になっていく。
戦をやっている連中の方が子供じみて狂っていると言い放ち、自分だけが変わらず正気であると豪語する。どちらが正しいのかは置くとしても、時代から浮き上がっているのは確かである。
朝松建 「東山殿御庭」
しうせん(ブランコ)を巡って兄義勝を殺してしまう。そのトラウマから庭園造りに取り付かれ、そこにしうせんを作って思う存分遊んでみたいと望む。
足利義輝 (あしかがよしてる:1536−65)
足利十三代将軍。三好長慶に擁立されるが、松永久秀に討たれる。
山風版 「室町お伽草紙」「海鳴り忍法帖」
上泉伊勢守の弟子と久秀が連れてきた果心居士の弟子とを戦わせる。その時の不用意な約束が久秀の反逆による非業の死を招く。
宮本昌孝 「剣豪将軍義輝」
塚原卜伝を見たことで剣の道に目覚める。回国修行の際に信長と知り合う。また高野山で何物かに襲撃された謙信を救う。松永久秀との暗闘の末に果てる。
足利義昭 (あしかがよしあき:1537−97)
足利十二代義晴の次男。信長に推され十五代将軍となるが、後に対立して京を追われた。
山風版 「忍法死のうは一定」
信長の難敵として果心居士の女陰往生に掛かり廃人となる。