時代小説人物評伝

伍の参 盗賊・侠客篇

石川五右衛門 (いしかわごえもん:不明〜1594)

 盗賊。実在したことは確かだが、その素性は謎。

 山風版 「妖説太閤記」 「忍者石川五右衛門」 「魔天忍法帖」

 「妖説〜」では秀吉の元へ奔った石川数正が連絡役として服部半蔵から紹介された伊賀者。同名の父は元織田家の足軽であったが秀吉の策で殺されている。

 「忍者〜」では本名甲賀丹波。淀の方の手にある楊貴妃の鈴を取り返そうと狙う。 

 「魔天〜」では伊賀鍔隠れ谷からの出奔者で明智光秀に仕える。

 荒山徹 「高麗秘帖」 「魔風海峡」

 韓人の大義賊林巨正の忘れ形見。日本で稼いで朝鮮へ帰り父の敵を討とうと考えていた。

 大谷吉継とに因縁を生じ、彼の残党との暗闘が続く。

 柴錬版 「柴錬立川文庫」

 秀吉に恩を売るために小谷城からお市の方と三姉妹を救い出す。北の庄落城に際して再び三姉妹を救い出すが、秀吉に裏切られ彼を生涯の仇敵とする。

 息子清太郎が秀吉に捕らえられると、これを救うために出頭して処刑される。清太郎は高野山に入れられて清海入道となる。

 朝松健 「五右衛門妖戦記」

 明智光秀の遺臣・石川惟長。妖術師の資質をしめす重瞳の持ち主で、果心居士より妖術を学ぶ。影武者が三成に処刑された後、李舜臣の甥李三桐が二代目を継承する。

幡随院長兵衛 (ばんずいいんちょうべえ:1622〜57)

 本名塚本伊太郎。父塚本伊織は肥前唐津の寺沢兵庫守の元家臣とされていたが、現在では松浦党波多氏の家臣とする説が有力。(「やくざと日本人」猪野健治)

 町奴の頭領として旗本奴と対立し、水野十郎左衛門に斬られる。

 山風版 「邪宗門頭巾」

 父伊織が切支丹頭巾として長崎奉行水野河内守の取り締まりに抵抗する。

 伊織が切支丹であったというのは恐らく創作で、寺沢旧臣という説から来ていると思われます。

 柴錬版 「徳川三国志」「忍者からす」

 丸橋忠弥を気に入って、彼が旗本奴から奪った刀を買い取り、彼らの頭領である水野との確執を招く。

 大坂落城の日に生まれた秀頼の遺児。太地の湊の首比達館(神鴉党の発祥地)で育てられる。父秀頼は庶人として育てろと遺言したが、本人は生まれを知ると館を飛び出して江戸に出る。水野屋敷で死んだと見せかけて実は生きていて、後に神鴉党忍法を使って振袖火事を起こした。その後些細な罪で捕まって遠島。

 と、以上は長兵衛を名乗る男の語りなのでどこまで信用できるものやら。

 南原幹雄 「寛永風雲録」

 将軍就任前、市井を徘徊する家光と遭遇。酒を酌み交わす。将軍になった後、江戸城修築工事で人夫集めに尽力し、工事の検分中に襲われた家光を救う。 

浜島庄兵衛 (はましましょうべえ:1718〜47)

 江戸の大泥棒。通称・日本左衛門。歌舞伎「白波五人男」の題材となった為、その実体について諸説入り乱れている。

 山風版 「白波五人帖」

 旧友と昔の許嫁、そしてその女の生んだ自分の娘の死を見て、突然改心し自ら奉行所に出頭する。 これを救おうとして部下達が奔走するが…。

半村版 「妖星伝」

 大名屋敷を襲って一揆を煽ろうという鬼道衆の目的に乗って部下の日本左衛門を動かす。奉行所の手が延びてくると、日本左衛門=浜島庄兵衛であると偽って身代わりにする。

 その後、天道尼に使えて盗賊を働くが、鬼道衆の反撃で部下を失い、最後はのたれ死ぬ。

 高木彬光 「隠密月影帖」「隠密愛染帖」

 徳川万五郎の元近習。尾張藩領だけは仕事を行わず、両者の結びつきが疑われる。

 万五郎の逆隠密として将軍吉宗を狙う。

(*実際の年齢を考えると設定に無理があります)

藤木道満 (ふじきどうまん:1757〜1827)

 医師、戸田流剣術の達人。元義賊。

 五味康祐 「風流使者」「柳生稚児帖」

 「風流」では水戸黄門を名乗って諸国を漫遊。尊王思想を抱き。伊達家存続の為に水戸家との連携を図ると見せかけて朝廷との接近を狙う。本多左近に敗れて切腹した。

 伊達家の御落胤、と言う設定は共通だが「稚児帖」では「寛政の生まれ」説を採用して自己矛盾を生じさせている。これだと「風流」の時代には三十代になってしまい”黄門様”を演じるには若すぎる。さらに一番弟子が、盗賊と言う設定が共通するのに、両作品で名前が違っている。決定的なのは柳生兵庫が前回の(つまり「風流」での)騒動を知らないこと。

鼠小僧 (ねずみこぞう:?〜1832)

 江戸の盗賊。創作の中で盗んだ金をばらまいた義賊として脚色される。

 山風版 「お江戸英雄坂」「蕭蕭くるわ噺」

 林耀蔵(後の鳥居甲斐守)に引き取られ、その手下として働く。

 自分の仕事によって苦界に落ちた山弥を最後は小塚原へ送ってしまう。

 半村版 「産霊山秘録」

 ヒの一族。鼠小僧として処刑された次郎吉は偽物。実は家斉の愛妾お美代の方の情夫で、これを始末するために罠に掛けられた。その後捕まった本物は遠島となり、真相に気付いて。

 柴錬版 「眠狂四郎無頼控」「うろつき夜太」

 狂四郎の股肱の一人として登場。

 更に刑を受けたのが身代わりであったとして老いた姿で再登場し、夜太に協力する。

 清水義範 「天保ロック歌撰」

 伊勢参りの途中で大雨に遭い雨宿り。高野長英大塩平八郎などと語らう。

 五味康祐 「風流使者」

 実は二人いて、もう一人は藤木道満に諭されて義賊活動を行う。

大前田英五郎 (おおまえだえいごろう:1793〜1874)

 幕末の侠客。本姓は田島。

 侠客どうしの争いを収めるのが上手く、謝礼に貰った縄張りが全国に200ヶ所以上あったといい、「和合人」と呼ばれたという。

 山風版 「武蔵野水滸伝」「旅人国定龍次」

 「知行散乱」で侠客に成った剣士達の傍若無人に困惑する国定忠治に同情し、自らも樋口十郎左衛門を入れる。

 忠次の遺児龍次を引き取る。足利藩の依頼で天狗党と交渉し、龍次と異母兄千乗坊(虎次)の対面を演出する。

飯岡助五郎 (いいおかすけごろう:1792〜1859)

 幕末の侠客。本名は石渡助五郎。

 十手を預かる岡引。大利根河原の決闘を題材とした天保水滸伝の悪役。 

 山風版 「武蔵野水滸伝」

 赤城山の梁山泊とは無縁。

 水野忠邦の計画した印旛沼工事においてその指揮官鳥居甲斐守の命令で人集めを行う。

日光円蔵 (にっこうのえんぞう:1801〜42)

 幕末の侠客。下野の僧で晃円とよばれる。国定忠治の軍師といわれた。天保十三年捕らえられて牢死。

 山風版 「武蔵野水滸伝」

 史実では既に死んでいる。遠山銀四郎の提案を入れて関東の親分達を赤城山に招聘。「知行散乱」により剣豪たちが乗り移った侠客たちを連れ帰る。

 柴錬版 「忍者からす」

 熊野の(十六代)神鴉で忠治の後ろ盾となる。がその晃円が脳梅毒に罹って妄想を描き始め暴走。本山からの刺客に討たれる。

三井卯吉 (みついのうきち:1802〜57)

 甲州博徒の一人で、竹居安五郎黒駒勝蔵らと敵対した。

 山風版  「旅人国定龍次」

 遊郭の主猿屋の勘助と一人二役。勝蔵に送り込まれた龍次に斬られる。

 作中の慶応元年には既に死去。

笹川繁蔵 (ささがわしげぞう:1810〜47)

 本名:岩瀬繁蔵。

 天保十三年の花会には関東一円の大親分が集まったと言うが真偽は不明。(寛永御前試合の侠客版か)

 同じ下総の飯岡助五郎との大利根河原の決闘が「天保水滸伝」として広まるとその非業の死とあわせて人気を博す。

 山風版 「武蔵野水滸伝」

 日光円蔵の招聘に応じた侠客の一人。「知行散乱」で斎藤弥九郎を入れる。用心棒の平手造酒が連れてきた妾を切り捨てる。

国定忠治 (くにさだちゅうじ:1810〜50)

 幕末の侠客。本名は長岡忠次郎。天保の大飢饉で農民を救済したといわれる。

 山風版  「笑い陰陽師」「武蔵野水滸伝」 関連作品「大谷刑部は幕末に死す」「旅人国定龍次」

 剣豪大名鐘巻武蔵守の弟一筒斎に弟子入りし、剣術と愛刀小松五郎義兼を授かる。師と共に江戸に登り、果心堂の舎弟となる。彼と共に上州へ向かった連中がその後どうなったかは不明。

 南無扇子丸の仕掛けた「知行散乱」で侠客に成った剣士達の傍若無人に耐えかねて、自身も男谷下総守を入れる。その後に発生した罪状の幾つかは彼のあずかり知らない所と言うことになる。

 その落とし種がそれぞれに幕末の動乱に巻込まれる。大谷国次=千乗坊(虎次)は実在の可能性があるが、その弟龍次は完全に架空。その名前も千乗坊の幼名虎次からの連想であろう。

 柴錬版 「忍者からす」

 熊野の(十六代)神鴉であった日光の円蔵(晃円坊)の後盾を得て名を上げる。がその晃円が本山からの刺客に討たれ、自身も毒を飲まされて半身不随となって捕縛される。

竹居安五郎 (たけい やすごろう:1811〜1862)

 幕末の侠客。本名は中村安五郎で、名は安蔵とも記される。通称竹居の吃安。

 生家の中村家は名主を務めた家柄で、安五郎は四男。父の甚兵衛は無宿人を取り締まる郡中総代にも任じられている。

 山風版 「武蔵野水滸伝」

 日光円蔵の招聘に応じた侠客の一人。作中では”武居”と表記される。「知行散乱」で高柳又四郎を入れる。

祐天仙之助 (ゆうてん せんのすけ:1820頃〜63)

 甲州博徒の一人で、別名山本仙之助。三井卯吉の代貸(貸元の下)となるが岡っ引も兼ねる。浪士組に応募して上洛、帰還後はそのまま新徴組に入隊。同じ組にかつて殺した男の息子がいて仇討ちにあった。

 山風版  「旅人国定龍次」

 龍次が黒駒勝蔵の回し者では無いかと疑う。卯吉を斬った龍次を伊勢まで追って、荒神山の決闘に関わる。そこから逃れて京で目明しとなり、お龍を見張る。宿敵龍次を始末しようと新撰組を連れてくるが、それを意に介さない龍次にあっさりと斬られる。

 作中の慶応元年には既に死去。元浪士組なので近藤土方とも面識くらいはあるはず。

清水次郎長 (しみずのじろちょう:1820〜93)

 幕末の侠客。本名山本長五郎。浪曲で「海道一の親分」と喧伝される。

 明治の世になって、江戸を脱走しで清水港に流れ着いた咸臨丸の乗員の死体を丁重に埋葬した事で榎本武揚山岡鉄舟との知遇を得る。

 山風版 「武蔵野水滸伝」「旅人国定龍次」「明治波濤歌 それからの咸臨丸」「警視庁草紙」

 彼の本拠は駿河なので、本来なら八州廻りの受け持ち範囲外である。小金井の小次郎に草鞋を履かせ、秋山要助を引かせる。日光円蔵の招聘に応じて赤城山に参集。知行散乱の術で大石進を入れる。討伐に現れた剣士達の内、彼が対決したのがその秋山要助であった。

 宿敵黒駒勝蔵との抗争で相手方の鉄砲玉にされた国定忠次の遺児龍次を気に入って客に迎える。荒神山を巡る争奪戦の駆け引きを見た草堂万千代に「八方破れの熱血と、先の先まで読む遠謀」が「わが輩らの大将に」似ていると評される。

 山岡の依頼でヤクザモノを集めて将軍木像の輸送に力を貸す。

 五味康祐 「柳生稚児帖」

 官軍に味方して赦免。やはり官軍に従って東海道を進む仇敵黒駒の勝蔵を見逃したことで侠客をやめ、同時に維新の正体(朝幕いずれに付くかだけで人物評価が決まってしまう不条理)を見抜く。

黒駒勝蔵 (くろこまの かつぞう:1832〜1871)

 幕末の侠客。本名は小池勝蔵。

 竹居安五郎の子分で、その死後に縄張りを受け継ぐ。富士川舟運の権益を巡り清水次郎長と対立。

 山風版  「旅人国定龍次」

 甲斐で三井卯吉と対立してジリ貧状態。金策の為、国定龍次を送り込んで清水次郎長の賭場荒らしをやらせる。次郎長からの喧嘩状をうけて遁走する。その後、京で岩倉具視の中間となって龍次と再会。京の博打界の旗頭となって上がりを岩倉に献上している。

 自分は後ろに控えて他人を前に出すことを得意にする。

会津小鉄 (あいづのこてつ:1833〜1885)

 京都の侠客。本名は上坂仙吉。

 山風版  「旅人国定龍次」

 京の博打界を巡って黒駒勝蔵と対立。上洛中の新門辰五郎も彼に味方して、佐幕・勤皇の代理戦争となる。

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