時代小説人物評伝

捌の壱 近代政界・官界篇

 範囲を大正昭和まで拡大して名称変更。

岩倉具視 (いわくらともみ:1825〜83)

 公武合体派として皇女和宮の降嫁に尽力するが尊王攘夷派の台頭で失脚。慶応三年に復帰すると倒幕運動を押し進め王政復古の立て役者となる。

 維新後は遣欧使節を率いて欧米を視察する。

 山風版 「旅人国定龍次」「明治断頭台」「警視庁草紙」

 黒駒勝蔵を中間にして彼が稼いだ博打の上がりを受け取る。東上する赤報隊が年貢の減免を触れ回っているのを危惧してこれを切り捨てるよう西郷に指示する。

 藩閥政治の弊害をいち早く察知しした執事の谺国天の献策により、美女を集めて養女とし薩長土肥以外の英才に娶せて引き立てる方策を進める。(岩倉が養女を有為な人材に世話したのは事実らしい)

 出海まこと 「鬼神新選」

 黒幕。松前藩を通じて永倉に指令を出す。

西郷隆盛 (さいごうたかもり:1827〜77)

 薩摩藩士。維新三傑の一人。勝海舟と折衝して江戸無血開城に応じる。

 征韓論で敗れ下野。西南戦争で敗死。

 山風版 「大谷刑部は幕末に死ぬ」「旅人国定龍次」「軍艦忍法帖」「明治断頭台」「警視庁草紙」

 御用盗の黒幕。用済みの部下を切り捨てる非情さも垣間見せる。薩摩のお庭方で、川路もその頭を勤めたとがあると言う。

 初代司法卿が内定している江藤新平に将来の警察官僚のトップとして薩摩人から川路を推薦する。その一方で山城屋事件で嫌疑を受けた長州人の山県の擁護に暗躍する。この点では大久保も同調している。

大久保利通 (おおくぼとしみち:1830〜78)

 薩摩藩士。維新三傑の一人。

 維新後は西郷と対立し、蜂起した彼を討つ。その為、鹿児島での西郷人気に比して不人気である。

 山風版 「明治断頭台」「警視庁草紙」

 数十万の人間を動かす大久保の組織力は、直に接する人間しか動かせない西郷より恐ろしい。とは作中の川路利良の(おそらくは作者本人の)評価である。

 西郷と同様に藩閥意識を持たない。その辺が長州閥との決定的な差であろう。

 彼の暗殺は「本能寺の信長と同様の大油断」と評される。

 吉田直 「FIGHTER」

 ハンター卿殺害事件について、生き残ったであろう娘の処分と事件のもみ消しを川路に指示する。

海江田信義 (かいえだのぶよし:1832〜1906)

 薩摩藩士。旧名有村俊斎。桜田門外における井伊大老の襲撃に唯一薩摩より参加した有村治左衛門の実兄で、自身も生麦事件で英人を殺傷した。

 山風版 「明治断頭台」

 大村益次郎の死を告げられて、行き過ぎた西洋化を主張した故の自業自得と吐き捨てる。島津久光に最も信頼された頑迷党の最右翼。 

木戸孝允 (きどたかよし:1833〜77)

 長州藩士。維新三傑の一人で幕末期の名前桂小五郎として有名。

 荒山徹 「処刑御使」

 処刑御使に襲われた伊藤を守ろうとして死亡。妖術師が殺されたことですべて無かったことになった。

 処刑御使たちから”木戸侯爵”と呼ばれているのだけど、爵位制度そのものが彼の死後に出来たものである。

江藤新平 (えとうしんぺい:1834〜74)

 佐賀藩士。初代司法卿。西郷と共に征韓論で下野。佐賀の乱に破れて斬首される。

 山風版 「首の座」「明治断頭台」「警視庁草紙」

 沢卿がキリシタンを棄教させた手口を「生野での体験」から得たモノと看破する。だが、佐賀の乱に破れた後、同様の往生際の悪さを露呈する。

 司法卿となって川路利良の直属の上司となるが、下野して叛乱を起こした際には呼び捨てにされていた。

井上馨 (いのうえかおる:1835〜1915)

 長州閥。政府要職を歴任。その政治手法には批判も多いが明治を作り上げた功労者の一人には違いない。

 外相時代に条約改正の手段として鹿鳴館を作る。

 山風版 「警視庁草紙」「エドの舞踏会」他

 維新の激動を越えて下落した勝者の代表とされる。血風の中に奔走した勤王の志士から、金のためには手段を選ばぬ貪官の典型へ。

 大西郷に三井の番頭とか三菱の手代とか揶揄される。

 自分に逆らって没落した江藤を思えと川路を威嚇するが、彼に謀反を唆したのかと返されて窮する。

 元徳川のお庭方を密かに飼っており、彼らに広沢を暗殺させた。

榎本武揚 (えのもとたけあき:1836〜1908)

 幕臣。幕府艦隊を率いて蝦夷地に転戦し独立を志向するも敗れ、その後は明治政府に仕える。その点を福沢諭吉に非難される。

 山風版 「それからの咸臨丸」

 函館で敗れ入れられた牢で旧友と再会し、降伏の弁を述べる。作者はその主張を是としながらも、やはり死んでいれば英雄に成れたのにと惜しむ。しかしそうであったら土方(と新選組)は復権しなかったかも知れない。

 朝松健 「旋風伝」

 士気高揚の為、有りもしない18万両の軍資金の噂を流す。それは良いとして、その謎を託された少年兵達の末路を思うと酔狂が過ぎる。

山県有朋 (やまがたありとも:1838〜1922)

 長州閥。西郷が去った後の陸軍閥の頭目。宮中某大事件にて失脚する。

 山風版 「明治断頭台」「警視庁草紙」「エドの舞踏会」

 山城屋事件で江藤の追求を受ける。その同郷で追求の最先鋒と見られる香月経四郎を罠にはめる。

 軍人勅諭の創案者として家庭的には潔癖と見られていたが、密かに囲っていた妾が妻にばれる。友子夫人の暴露戦術により吉田貞子は婦人の死後も正妻に直ることが出来なくなる。

大隈重信 (おおくましげのぶ:1838〜1922)

 肥前閥。大久保の死後、政府を主導するが明治14年の政変で失脚し下野する。その後自由民権運動の一翼を担うと同時に東京専門学校(今の早稲田大学)を創設する。

 山風版 「首の座」「明治十手架」「エドの舞踏会」

 切支丹弾圧を強行する沢卿の方針に疑義を覚え、フランス寺へ情報を漏らして牽制する。

 原胤昭の出獄人保護所に出資。その資金作りのため観菊会を開催する。

 「エドの舞踏会」は在野時代な所為もあるが夫人の活躍が顕著で当人の影が薄い。まあ、それは登場するどの元勲も似たようなモノであるが。

 井沢元彦 「葉隠三百年の陰謀」

 主君鍋島閑叟を襲った化猫の探索を命じられる。その過程で「葉隠れ」に隠された鍋島家の秘密に至る。

 横田順弥 「惜別の宴」

 明治天皇に絡む怪事件の解決の為、押川春浪に協力する。

黒田清隆 (くろだきよたか:1840〜1900)

 薩摩閥。函館で幕府残党をうち破る。その頭目であった榎本の助命に尽力する。

 北海道干拓地を不当に安値で払い下げようとしたとして世論の攻撃を受け、明治14年の政変を引き起こす。後に第二代の総理大臣となり、かつての政敵大隈重信を外相に迎えて条約改正に挑むが世論の反対を受けて辞職する。

 山風版 「警視庁草紙」「エドの舞踏会」

 酒によって愛妾を手にかけたらしい。同郷の川路大警視に事件の事件のもみ消しを頼む。

 この酒乱が原因で初代の総理になり損ねたとされる。

 酒を断った後は持ち前の閃きを失って凡庸な政治家になる。

 朝松健 「旋風伝」

 参謀として箱舘戦争に参戦。上陸時に何かにとりつかれた気があるが、最後までそれが落ちた様子もないのだけど。

 荒俣宏 「新帝都物語」

 乾(板垣)退助が手に入れた瑠璃尺に興味を抱くが、伝令が運ぶ途中で加藤に奪われる。

 五稜郭攻撃の直前に加藤に襲われて官軍の指揮権を奪われる。

伊藤博文 (いとうひろぶみ:1841〜1909)

 長州の足軽出身。帝国憲法作成の中心人物で内閣制の創設により初代総理大臣となる。日本史上において秀吉に匹敵する出世人。その好色ぶりも。

 ハルピンで朝鮮の民族主義者安重根に暗殺される。

 山風版 「幻燈辻馬車」「エドの舞踏会」「明治かげろう俥」

 公務での功績に対して私事における評価(はっきり言うと女癖)がひどく悪い人物であるが、ちょい役の「幻燈辻馬車」でもそれを匂わせる。後に水揚することになる貞奴とその夫となる川上音次郎とニアミス。

 女遊びが過ぎて常に借金を抱えていたが、総理在職中に東京の邸宅を取られる。これがきっかけで総理公邸が造られたという。

 荒俣宏 「帝都物語」

 暗殺されたとき、加藤中尉が彼の護衛任務に当たっていた筈だが、故意に手を抜いたかあるいは裏で糸を引いたか。

 荒山徹 「処刑御使」

 朝鮮妖術によって送り込まれた未来からの刺客に命を狙われる。彼を守って死んだ朝鮮妖術師の女性の為に朝鮮の独立を維持しようとするのだが…。

 横田順弥 「惜別の宴」

 別世界からの侵略者の駒にされため、対立勢力に操られた安重根の手に掛かる。

西郷従道 (さいごうつぐみち:1843〜1902)

 薩摩閥。大西郷の次弟で小西郷と呼ばれる。兄の下野の後も(おそらく示し合わせた上で)政府に残り、西南戦争にも与しなかった。陸軍中将で有りながら伊藤博文内閣では海軍大臣に就任する。陸の長州に対して海の薩摩とされる。

 山風版 「明治かげろう俥」「エドの舞踏会」

 彼が山本少佐に下した命令が話の発端となる。

陸奥宗光 (むつむねみつ:1844〜97)

 元紀州藩士。脱藩後海援隊に参加する。維新後は一時反政府的な行動を見せるが、後に外相として条約改正に尽力する。

 山風版 「明治忠臣蔵」「エドの舞踏会」

 山形での収監中、県令として彼の生殺与奪の権を握る宿敵三島通庸から身を守るために秘策を用いる。

森有礼 (もりありのり:1847〜89)

 薩摩閥。初代文部大臣として教育制度の整備に尽力する。

 山風版 「エドの舞踏会」

 極端な欧化主義者。遂に常子夫人が紅毛碧眼の赤子を産み落とすことになる。wikiによれば夫人の離縁は親族が静岡事件に関与したから。

 「ディファレンス・エンジン」

 オリファント氏が日本より伴った五人の客人の一人。

星亨 (ほしとおる:1850〜1901)

 左官屋に生まれるが父が行方不明となり、母の再婚相手の星姓を名乗る。

 横浜税関長となるも、英公使パークスとのトラブルから罷免。英国で法律を研究し日本初の弁護士となる。のち自由党に入党して衆議院議員となり議長も務める。

 収賄事件によって議長解任はおろか議員さえも除名されたが、数ヶ月後の選挙で当選して議員に返り咲く。その様子から星亨ではなく「押し通る」だと評された。

 山風版 「明治暗黒星」「明治十手架」「明治忠臣蔵」

 芸者に身を落としていた兄伊庭八郎の思い人を自分に返せ、と言う想太郎の無理押しに対して、彼女を落籍させた上で引き渡す。その後しばらくして彼が娶った女は想太郎のかつての許嫁であった。

 ドクトル・ヘボンと共に獄中の原胤昭の安全のために奔走する。

 初めは錦織剛清に味方するも、後に相馬家の代理人として錦織を訴える。黒岩周六の万朝報はその変わり身を賄賂による寝返りと書いて告訴された。

近衛文麿 (このえふみまろ:1891〜1945)

 近衛家第三十代当主。三度にわたり内閣総理大臣を務める。

 山風版 「近衛忍法暦」

 祖先である近衛前久の書いた「ぬらりひょん坊覚書」を読む。

 生理的な好き嫌いからとりかえしのきかない機会を逃す。

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