魔法世界史

§0 呪術の時代

 最初期の魔法=原始呪術は何故発生したか。それは他の様々な技術と同様に人類の根元的な欲望=生存欲に起因する。原始呪術の最初の目標は日々の糧を得る事であった。それはまず狩りの獲物を得るために、継いで採取物の加工へとその適応範囲を広げていく。

 初期の魔術=呪術は不確実性が大きく、その知識・技術を容易に他人へと引き継げない。この才能はある程度までは遺伝する傾向にあり、そのため呪術師は多くの技術と同様に世襲身分となった。

0−1 共感呪術

 呪術にも一応の原理はある。共感呪術と呼ばれるそれは大きく二つの法則によって形作られていた。

 似たもの同士に発生する呪術的共感と接触により発生する呪術的共感は化学革命期にそれぞれ、類似の法則と感染の法則と命名された。

0−2 儀式呪術

 総有制に支えられたより高度な呪術。集団の共同利益のために用いられ、より大きな力を生み出す事になる。

 この時代に農耕魔法文明の基礎となる多くの呪術が発生し、魔法が発達し洗練していく過程で失われていった。 

0−3 個人呪術

 生存欲が有る程度満たされると、今度は死なない事への欲求が生まれる。呪術の対象は人間自身へと及ぶ。呪術医がうまれ、やがて医療魔法へと発展する。魔法世界では医術・医学は魔法と密着しており、決して分離出来ない。

 この段階で様々な禁忌が生まれ、様々な儀式が理論武装を始める。

§1 原始呪術から魔法文明へ

 魔法文化は農耕の発達と共に誕生した。こうして魔法文化が誕生する。

 農耕は氷河期を乗り越え環境に適応して狩猟採取生活を営んでいた人類を襲った寒の戻りをきっかけとして発生したらしい。自然に得られる食料のみでは人口を支えられないため、植物の改良を始めたのである。

 農耕の発生条件はいくつか考えられているが、まず栽培可能な野生種が身近に存在する事が大前提であろう。それから適度な水と肥沃な耕地、そして植物の生長に欠かせない日光である。これらが自然神の原型となった事は言うまでもない。この時代にはまだ魔法と宗教は非分離状態である。あやふやであった呪術師という存在が神官という形でより整った身分階層として形成される過程であったとも言える。

 農耕民魔術について二系統が考えられると言う設定は別稿(魔法世界の農業)でも触れたが、此処では各々の特徴について詳細に検証する。

 なお、用語として、魔法と言う場合には理論体系を意図し、魔術という場合技術的側面を強く意図する。魔法と魔術の関係は理学部と工学部の関係に対応すると思って欲しい。

1−1 環境操作型農耕魔法文明

 環境操作型魔術神殿を中心にして円形の魔法圏を形成する。神殿に属する農耕民の祈りの強さに応じてその影響範囲が決定される。この場合、神殿に近いほど環境が良く、外縁へ行くほど祈念の影響力が小さくなる。

 文明の発達と共にこれを改良して影響範囲を限定するための結界が設けられる。境界を示す塔柱が設けられ、これを結んだ多角形の内部にのみ豊穣の効果が現れる。しかも、結界の外縁からの魔力反射により干渉が起こり結界内部の効果が均一化される。加えて反射波の一部が神殿へ還元されるため、祈念効果もより高まる。だが結界の設置は神殿を中心とした共同体の排他性を強める事にも繋がる。

 神殿(と結界柱)を維持する神官の役割は、集まった魔力を利用して最適の食料生産環境を維持する事である。降水量や日照時間の調整など(完全に管理する事も可能であるが、それには膨大な魔力が必要であるし、また外部への差が大きくなると結界が破れたときの反動が大きくなる)が主な職務である。

 また環境操作型魔法文明圏では大地からの収奪性が高く、金属の採掘・製錬技術が発達する。これは体系化されて錬金術を生む。

1−2 環境適応型農耕魔法文明

 対して環境適応型魔術は作物や家畜の改良にその主眼が置かれる。まず環境変化に強い作物の育成、つぎに同一環境でより生産性の高い作物の生成、そしてその段階を越えるとより美味しい作物の探求へとその関心が移る。

 環境に対しての干渉が小さい分、その変化に対して敏感でその経験則から精密な暦法が組み立てられる。また未来予測への関心も高く、これらが結びついて占星術が発達する。但しこれらの占術は多分に地域性が強く外部への汎用性に乏しい事が多い。

 また作物や家畜への管理と結びついて医学の発達も注目される。

1−3 非農耕社会魔術

 文化という言葉が農耕と結びついているからと言って、非農耕社会に文化が生まれなかったと言う訳ではない。少なくとも農耕発生以前から原始呪術という形で魔法は発生しているのである。やがて非定住の牧畜民による遊牧民魔術が農耕民のそれと無関係に発生する。

 遊牧民の魔術は家畜を扱う比較的穏やかな物から、農耕民達を襲うために発達した攻撃的な物まである。遊牧民と農耕民との抗争を経て攻撃魔法と呼ばれる魔法群が生み出されていった。両者の融合は、守る農耕民側が術者を捕虜にした場合よりも、遊牧民による征服の産物である場合の方が多い。

 遊牧民は何度と無く農耕地域に侵入しこれを支配するが、土着してそのまま支配階級として居座る場合も多い。遊牧民の呪術者達は農耕民の神官層との交流を経て互いの魔法技術を融合させていく。遊牧民による征服王朝は農耕民にとって迷惑ではあるが、遊牧民達も支配効率を考えると農耕民の共同体までを破壊する事は出来ず、ある程度の妥協が余儀なくされる。侵入した遊牧民戦士が貴族・王族となり、侵入者側の呪術者や土着の神官が結びついて僧侶や魔術師といった家産官僚が生まれ、社会階層が構築されていく。

 次稿・§2 定住農耕民と移動牧畜民

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