魔法の変遷 T
§0 注釈
初題の魔法の発達という名称は進化論的な概念を想起させるので破棄した。では魔法は何故変化するのか。答えは単純で人口が増加するからである。人口の増加が社会構造を複雑にするため、魔法の理屈付けも必然的に複雑に成らざるを得ない。それは魔法の本質が人の欲望を具現化する機能を持つ故である。
§1 魔法の構造理論
魔術の根元は人の思念である。その思念を実現化する方法として初期魔術=呪術が発生する。最初期の呪術はきわめて信頼性に乏しい共感呪術であった。これは多分に使用者の資質に起因した物で、使用者のもっとも強い願いを現実化する事が出来るが、この段階では汎用性も応用性もない特技=一発芸である。
総有制の概念が発達し氏族社会が形成されると儀礼呪術(ML2)が発生する。儀礼呪術は氏族の繁栄に関する共通の願い、具体的には食糧の確保を目指す物である。この時代は氏族の意識集合体が支配的で、個人の欲望は抑えられる。人間に害を及ぼす様な事には使えない。
貧富の差が生まれ私的所有の概念が生じると個人呪術(ML3)が可能になる。これは一面には呪術医の出現に繋がるが、その一方で黒魔術と呼称される他人に害を与える魔法も構築され、そこから負の強制力すなわち禁忌の概念が発生する。禁忌の存在は宗教の発生条件であり、また呪術医の出現は医学成立の前提条件である。
農耕の発生と天文学の発達から最初の魔術文明、農耕民魔術(ML4)を誕生させる。またこの段階にいたって呪術を支えていた精霊達は神に格上げされ、呪術師達は僧侶・神官へとその役割を変える。僧侶・神官の職務は神殿の管理と祭祀の統括であって、原始の呪術師のような魔法の素質を余り必要としない。そのため、社会的分業の流れも受けて神官層の世襲化が進む。農耕魔法文明に少し遅れて、牧畜を主産業として移動生活を行う遊牧民社会でも遊牧民魔術(ML5)が成立する。この異なる二種類の魔術文明は互いに影響しあって、やがて生産に直結しない様々な魔術が編み出していくことになる。その結果生まれるのが汎魔術(ML6)である。
農耕民と遊牧民の抗争の過程から魔術文明は新たな段階を迎える。古代帝国の誕生が誕生し魔術は整理統合されて魔法として学問体系化される。彼ら魔法使い達は魔法の研究に没頭する余り社会性に欠ける者も多く古代帝国の崩壊後は社会的な排斥を受ける時期がある。古代帝国の崩壊による社会的な混乱は救済を求める人々の願いを呼び、魔術に長けた僧侶(あるいは世事に長けた魔術師)によって教会組織が営まれるようになる。世俗化する教会組織への反動からか世捨て人のような僧侶=修道士も発生する。
司祭や司教といった教会僧侶、教会を離れた修道士、そして教会と無縁の魔術師などが互いに競い合いながら魔法体系は成熟し、やがて魔法による生産システムは新たな段階を迎える。それが魔法産業革命である。
1−1 魔術と技術の相関
魔法は人間の思念という極めて不安定な土台に立っているに単独では発達せず、技術や学問の裏付けを必要とする。例えば占星術が合理性を得るには精密な観測技術と正確な計算力が必要であるし、錬金術は高度な金属精錬技術の上に構築される。治療魔術も人体に構造に関する深い洞察があって初めて効果を示す。
と言う訳で、魔術の発展段階に置いて随所に技術の後押しが見られる。魔術が一般化した物が誰でも扱える安定した技術として昇華する。この段階を因果万象学(略して果学)と呼ぶ。
1−2 魔法世界の社会構造
魔術の存在が社会的に極めて大きな価値を有する世界に置いて魔法使いの地位は非常に強固である。それ故に魔法使いの恣意的な行動に対する抑制力が必要となる。それに対する回答は「魔法使いは自分自身の欲望のために魔術を用いる事は出来ない」と言う物である。
原始呪術から発展してきた魔術の使い手は常に帰属集団の利益のためにその力を行使してきた。魔法使いはあくまでも魔法知識と技術を司る者であって魔術の利用主体ではないのである。戦争において攻撃呪文を行使するのは魔法使いであるが、それを命じるのは指揮官である。つまり戦闘における魔法使いは只の砲撃手に過ぎないのである。
魔法使いが自己の欲望を優先するとどうなるか。おのれの思念から発生したマナの暴走により人体発火を起こして焼死するのである。魔法使いはまずこのおのれの我欲を制御する術を学ばなければならない。
§2 原始呪術(ML1〜3)
2−1 火の発見と原始呪術
人類が火を手に入れる過程は様々な神話の中に描かれている。入手経路はきわめて大雑把に分類すると、(落雷などにより)燃えている木か、火山からもたらされる溶岩石のいずれかでは無いかと思われる。その結果人類は木か石のいずれかに火が潜んでいると考え、試行錯誤の末にそれを呼び出す方法を発見した。燃える木から火を手に入れた一族は木を擦りあわせる事で火をおこす事を覚え、また溶岩石から火を知った一族は石を打ち合わせる事で火が発生する事を知ったであろう。
初期の人類は火を使う事を知っていても発生させる方法までは知らなかったので、手に入れた火を保存するために住居を設けて定住したらしい。外に出て食料を調達するのが力の強い男の役目となり、女は家に残って火の管理をするようになった。
火の発生方法は魔術の発生の第一歩でもある。発火の魔法は人が無意識のうちに放出するマナによって見いだされる。つまり人工的に火をおこせる者は魔法の素質があると見て良い。魔法の素質を見いだされた者は様々な修練を施され魔法使いになる。なお、マナを直接にエネルギーへと返還する事はきわめて危険であるため、修練を積む内にそのような”火遊び”は行わなくなる。
2−2 類似の法則と感染の法則
呪術の基本構造はもっとも原始的な模倣呪術とやや進んだ感染呪術とに分けられる。「似たものは似たものを生む」というのが類似の法則の基本概念で、これに根ざした呪術が模倣呪術と呼ばれる。模倣呪術の行使は非常に滑稽ではあるがすべての魔術の根元である。
2−3 集約儀式と精霊石・精霊樹
個々にバラバラであった祈念を帰属集団単位で統合し、より大きな力を引き出そうとする為に集約儀式と呼ばれる物が生まれる。これを差配するのがシャーマンと呼ばれる儀式呪術師である。シャーマニズムの発生は神々の擬人化に繋がる。原始共同体が発展解体していくと、集団の単位が変化していく。
シャーマニズムの確立により血縁集団の念を集める為の原始的な集約呪具が生まれる。それが精霊石もしくは精霊樹と呼ばれる物である。石になるか木になるかは火の入手経路とも関連する。氏族・部族のシャーマンはこの呪具に集められたマナを利用して術を行使する。これが発展して魔法使いの用いる焦点具が生まれる。
2−4 黒魔術の定義
原始呪術は集団の利益のために行使されてきた。そして貧富の格差、身分階層の分化から呪術を個人的に利用しようとする動きが生じてきた。だがこうして発生した個人呪術が即黒魔術というわけではない。黒魔術とは自己(帰属集団を含む)の利益を得るためではなく、他者(敵対集団)に害を与える術を指す。
黒魔術に分類される術は同胞に対して掛ける事は出来ない。同時に白魔術と見られる術を外敵に掛ける事も厳に戒められる。それは利敵行為になるからである。白魔術と黒魔術の境界は善悪ではなく対象が身内か余所者か、味方か敵かと言う点で判断される。
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