魔法世界の戦争論2

魔法世界の地政学

§0 前置き

 話の前提として地政学と言う用語を定義しておく必要があります。これは社会科学という実質的に検証不可能な仮想的な学問なので、あまり厳密に考える必要は有りません。この稿で取り上げる用語としては「国家の地勢的な条件に規定される国際戦略」としておきます。実例としては米国で発生した海洋国家型の地政学とドイツで発達した大陸国家型の地政学とに分けられるかと思います。どちらも当時世界の覇者であった大英帝国に対抗する為に構築されたといって良いでしょう。

 地政学の根本となるテーゼが「いかなる国も、大海軍国と大陸国軍を同時にかねる事が出来ない」と言う物である。これが両立するので有れば、そもそも地政学などといらない。地政学とはその矛盾を解消するために編み出されたのである。

§1 海洋型国家

 海洋型国家とは海洋交易を主体とし、それを支えるために海軍に重点を置く海軍国家となる。陸続きに大敵を持たないと言う事が生存の一つの要件にになるだろう。海軍国家は陸路からの攻撃にはほとんど抵抗力が無く、陸軍国家に上陸を許したら負けである。

1−1 船

 船を動かす手法としては、1)人力で漕ぐ、2)帆を張って風で進む、3)動力によりプロペラを回して進む。と言う三通りの方法が考えられる。

 1)式の船がガレー船である。基本的にガレー船は操作に関しては高い技術は要しない。漕ぎ手の数を揃えて、これを使役すればよい。

 ガレー船の漕ぎ手は重労働であり、担い手は主に奴隷であったと思われる。中世の地中海において、キリスト教徒のガレー船はサラセン人が、イスラームのガレー船はフランク人が漕いでいたが、この奴隷貿易を仲介したのがユダヤ教徒であったらしい。

 蒸気船の時代では動力原理は進んでいるが、推進システムはオールで漕ぐのとほとんど同じである。つまり両弦に外輪という水車の巨大な物を付けてこれを蒸気機関で回転させるのである。魔法世界に置いては動力源を人力以外に求める事が出来るので魔法力の外輪船が実現するかも知れない。

 次いで2)式の帆船が生まれる。こちらは多少の技術が必要となるし、また、風が無くては話にならない。そこで魔法世界では魔法によって風を起こして進むと言う手法が検討される。環境操作型の魔法文化圏(この用語については魔法圏と文明を参照)ではこの手の技術は進んで居るであろう。

 エルリックサーガでは、主人公エルリックが風の精霊を使役して帆船を加速させている。退却時に敵の竜に追われて、自分の船にすべての風を集めて一隻だけ助かるという無茶をやっているが。

 科学的に論考を加えるなら、扇風機を船に置いて帆に風を送ったら逆に進む。扇風機によって逆向きの推進力が働くためで、扇風機が帆に与える推進力よりも効率の面から言ってこちらの方が大きくなる。実はここから先ほどわざと書き漏らした第四番目の推進システムが考案される。

 魔法から動力が得られるなら、3)式の船も有望である。まずプロペラ推進のシステムを発明しなければならないが。こちらの方が推進装置が丸見えで狙われやすい外輪船よりも軍艦向きである。流体力学がどの程度発達するかに依るだろう。

 さて四つ目の推進システムとして考えられるのが逆向きの扇風機、つまりジェット推進システムである。これは後方へ向かって流体を吹き出す物でだと考えられる。火箭=ロケットの技術が現実世界より進んでいれば、この4)式艦が登場する余地も充分にあるだろう。

1−2竜骨

 外洋に船を出すには沿岸を沿って進むのとは別の技術を要する。一つは船の対波性、つまりこの項で述べる竜骨である。

 竜骨は歴史的には造船に適した幅の広い板材が取れない針葉樹の多い地域で細い木を使って丈夫な骨組みを作るために発達したのだという。広葉樹林帯ではそのような技術は必要がない。とはいえ、製材技術さえ有れば(広葉樹林帯でが木材が豊富であるから、当然木材の加工技術そのものは高いはずである)竜骨使用の船を造る事も可能であろう。

1−3 観測技術

 陸の見えない外洋を進むために必要なのが進行方向と現在位置の測定である。前者は磁石・羅針盤であり後者は経緯儀(と海図)である。

 さて此処で魔法世界ならではの問題点が生じる。1)魔法世界に地磁気は存在するか、2)魔法世界で経緯が計れるかである。この二点には世界が丸いか否かという問題が絡む。なぜなら、よくあるファンタジー世界では世界が平面であるという設定で描かれている物もあるからである。

 平面世界の様相というのは非常に興味深いが、話が横道に逸れすぎるので、今回はパスする。また新しい宿題を自分で作り出してしまった。

§2 大陸型国家

 さて、対する大陸型国家は当然陸軍を主体としてその国家戦略が組まれる。広い大陸があって、大陸型国家と海洋型国家が地続きである場合、両者が戦えば最終的には物量に勝る大陸型国家の勝利に終わるであろう。

 しかし、事は単純ではない。陸上輸送のコストは海上輸送より格段に高く、その差は距離の増大と共に開いていく。そのため、大陸型国家にはいずれどこかで攻勢限界が訪れる。そしてこれを越えて国家が拡張すれば、全体への制御が不能となり内部分裂を起こす他はない。そして大陸型国家にとってもっとも危険視すべきなのは同じ大陸型国家であるから、中心が分裂すればその外縁の危機は取り敢えず去る。大陸型国家が攻勢限界に達したとき、その外縁に残った海洋型国家の発展が開始される。

 但しその大陸が攻勢限界より狭かった場合、大陸全土が大陸帝国の手に落ち、海洋型国家はその沿岸に細々と残るしかなくなる。世界に大陸が一つしかなく、その大陸がすべて大陸型国家の影響下に置かれたなら、その世界は閉じる。外縁に海洋型国家の生存する余地があり、海の彼方に別の大陸が存在するならば、両大陸を結ぶ交易を通じて海洋型国家の発展が可能となる。よって、開いた、発展性のある世界を設定しようとすれば大陸は二つ以上用意すべきであろう。

 歴史が一つの大陸内部で収まっている状況では、歴史は定住農耕民とその周辺に暮らす移動牧畜民との鬩ぎ合いで進む。効率的な社会組織を作り出す技術は家畜の群れを操る経験から、遊牧民の方が長けている。よって遊牧民出身の支配層とその下に大多数の農耕民という構造がどこにでも見られる。農耕民の方が数的に勝るのは、農耕の方が生産性が高いからである。

 魔法世界に置いても、この大陸型国家の攻勢限界は存在する。魔法は果たしてその限界点を引き延ばす要因に成りうるであろうか。

 関連稿 コラム世界史の誕生 魔法世界史§4 大陸国家と海洋国家

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