魔獣進化論
§3 魔獣社会学
この章では魔獣と人間との関わりについて社会学的な観点から検証する。判りやすく言えば、家畜化の試みなのであるが、魔獣の中には人間並みやそれ以上の知能を有するとされる物もいるので、概念を広く取って魔獣との共生と呼称する。
3−1 家畜化 狩猟と牧畜の境界
中世期、キリスト教が広く行き渡ったヨーロッパ世界では家畜は神の創造であるという誤った常識が広まっていたが、家畜というのは野生の動物を人間の目的に合わせて馴致改良した物である。家畜を非人道的だと忌避する向きも有るようだが、家畜を使うという行為が人間の文明の重要な一翼である事は疑いない。
家畜が誕生する以前の人間と動物の関係は捕食者と被捕食者という一種の対立構造であった。人間は武器を手にする事で自然界でもトップレベルの優れた狩人となった。もし人間が狩猟生活を抜け出せなかったなら餌を採り尽くして自滅していたであろう。実際、自然界に現存する捕食者の多くは実は狩りが下手である。優れた狩人はすぐに過剰適応を起こし過剰殺戮(オーバーキル)に陥ってしまう。家畜化というのは相互の破滅を避ける優れた人間の知恵と言うべきであろう。
3−2 家畜化の過程
コンラット・ケルレルの古典「家畜系統史」に依れば、最初の家畜はイヌであったらしい。イヌは非常に賢くて従順であるから、家畜としての汎用性は大きい。但し一般的に人間よりも小さいので、労働力としての役割は果たせなかった。しかしイヌを飼い馴らした経験が他の動物の家畜化に際して貢献した事は間違い有るまい。
家畜化の過程は大きく分けて馴致つまり人になれさせる事、と馴化環境に慣れさせる事である。人になれなければそもそも家畜とは呼べないし、異なる環境に適応出来なければ連れて歩く事が出来ない。
家畜化されやすい動物そうでない動物とが存在するが、これは動物が家畜化される事を嫌っている訳ではない。家畜化される事は動物の側から見れば生存適応の一種に過ぎない。彼らは人間という保護者を得る事で安全に種を維持する事が可能になるのである。
参考文献の一つ「銃・病原菌・鉄」では家畜化を阻害する要因が幾つか挙げられている。これは大きく分けて二種類になる。一つは家畜として扱いにくい事、もう一つは目的にそぐわない事である。扱いにくいとは、1)繁殖が難しい、2)気性が荒くてなつかない、3)逆に神経質すぎて飼いにくい、などである。また目的にそぐわない事として1)餌や2)成長速度が挙げられている。この本では家畜の用途を食用に限定しているため、肉食動物や人間より大きな動物を不適としているが、軍事的用途を考慮すれば、全く無意味とは言えない。
3−3 家畜の用途と魔法文明
家畜の用途を広く分類する。まず生産物としての家畜である。これは食用とする第一次利用、皮や毛を取って工業原料にする第二次利用、愛玩を目的とする第三次利用とがある。ついで生産補助手段としてその動力を活用する家畜。また移動・通信手段や軍事的な用途にも用いられる。
巨大化改良についての是非は前稿で述べた。他に魔法を用いるとすれば加速呪文を用いた成長促進が考えられる。この有効性は変温動物より恒温動物に対して顕著に現れる。恒温動物は体温を維持するためにエネルギーの損失が大きいのだが、早く大きくなればその間の体温維持コストが軽減される筈である。
また特に知的生命体に有効であるが、魔法による意志疎通が家畜化を促進する重要な要素となる。古代社会の支配者層は家畜の利用により社会性を高めた牧畜民であった。移動を繰り返して異民族との接触機会の多い遊牧民は交渉系の魔法を多く編み出す事であろう。
関連稿・§2 定住農耕民と移動牧畜民・魔法の変遷U §3 魔術文明