家光編・前段
元和二年(承前)
三月 庄司甚右衛門願いに付き、傾城町の場所一箇所に下し給う。(定本 武江年表)
四月 柳生又右衛門、娘お万の婿に宇喜多秀家の庶子・豪兵衛猛秀を選ぶ。(伊賀の聴恋器)
五月半ば 坂崎家家臣、柳生一門が守る千姫輿入れ行列の替え玉に罠と知りつつ切り込む。坂崎家の客分曳馬玄馬、柳生の剣士を斬りまくるが、宇喜多豪兵衛の剛碗に粉砕される。(伊賀の聴恋器)
06/07 本多正信、没。79歳(誕生:天文7(1538))。家康の重臣。(新暦1616/07/20)正信、息子上野介正純の没落を予期する。(忍者本多正信)
八月 坂崎出羽守、千姫の再嫁を妨害しようとして、三人の剣士を送り込む。三剣士千姫を守る柳生の剣士を斬り、そのまま寝返って千姫の護衛に回る。(忍法聖千姫)
09/11 坂崎出羽守、死亡。柳生宗矩に使嗾された家臣牧野勘兵衛に討たれたと言われる。(忍法聖千姫)
九月 柳生宗矩の甥・童馬、柳生の名誉を守るため坂崎の三剣士を斬り、そのまま千姫に仕える。千姫、本多忠刻に再嫁。(忍法聖千姫)
秋 鳥取池田備中守、新規に家臣を求めて御前試合を行う。元南部家筧隼人勝ち残る。(忍者枯葉塔九郎)
成瀬隼人正正成、尾張家の付家老となり犬山城を与えられる。(忍法しだれ桜)
元和三年 丁巳
02/21 家康、東照大権現の神号を受く。(定本 武江年表)
この年 頼宣、加藤清正の娘を娶る。(魔界転生)
庄司甚右衛門、官許を得て遊女屋を一ツに集め、花街を萱屋町の末にいとなむ。(銀河忍法帖・柳生忍法帖)
元和四年 戊午 三月閏
春 豊後府中城主の息子主膳重次、父・丹後守に預けられた鞠を犯す。己の素性を知って失踪。丹後守息子の行為に激昂しそのまま昏睡状態となる。(踏絵の軍師)
十一月 庄司甚右衛門、普請成りて舗を開き、商売を初めて吉原町と号す。(定本 武江年表)
元和五年 己未
本多正純、利勝のすすめで宇都宮で十五万五千国を受ける。(忍者本多佐渡守)
陳元贇、来朝。正しくは二年後の元和七年ですが、話の筋には全く影響しません。(つばくろ試合)
元和六年 庚申
04/12 三浦按針(帰化英人ウイリアム・アダムス)、平戸にて病没す。(定本 武江年表)
松平長十郎(家光)、長四郎(後の伊豆守信綱)に連れられて楠木不伝の道場へ通う。由比民部之介、後の師たる森宗意軒と出会う。(叛心十六歳)
朝鮮より金魚渡る。(定本 武江年表)
元和七年 辛酉
二月 観世太夫一代能興行。其の場所未詳。(定本 武江年表)
09/22 小堀遠州侯上京。東福門院入内のため。(定本 武江年表)
東福門院(秀忠の娘和子)御入内。(定本 武江年表)(柳生十兵衛死す)
12/13 織田有楽斎卒。(定本 武江年表)
シモン太兵衛、島原の大地震を言い当てて、奇特を顕す。(奇蹟屋)
元和八年 壬戌
日光参詣あり。(定本 武江年表)
四月 本多上野介、将軍秀忠を迎えるために根来同心を使って新御殿を造営する。(忍者本多佐渡守)
04/19 将軍秀忠の一行が中禅寺に宿泊し今市まで来たとき、御台所御不例(病気)によって江戸へ急遽戻るようとの知らせが届き、将軍は宇都宮に寄らず急ぎ江戸へ帰る(実際には、宇都宮城主本多正純の態度不審。後に宇都宮釣天井事件と噂される)。(新暦1622/05/29)(忍者本多佐渡守)
06/19 里見忠義が伯耆の配所で没。29歳(誕生:文禄3(1594))。(新暦1622/07/27)
新暦08/19 ズニガ神父以下、天草で火炙り。(元和の大殉教)シモン太兵衛の死体のみ消失。奇蹟屋、最後にして本物の奇蹟を起こすか。(奇蹟屋)
八月 本多正純、出羽最上家の改易に際して城受け取りに向かい、そのまま配流を言い渡される。(忍者本多佐渡守)
土井利勝、正純の一件をテキストにして松平信綱(後の伊豆守)に徳川家守護の役目を相伝。(忍者本多佐渡守)
元和九年 癸亥
07/27 二代将軍秀忠職を辞し、子家光三大征夷大将軍となる。(定本 武江年表)
10/23 芝に於て原主水をはじめとする二十四人の天主教徒を火刑に処す。(定本 武江年表)(明治十手架)
十月 黒田長政死亡。栗山備後の主張により本家は長男忠之が継ぎ、弟甲斐守政冬には秋月五万石が分与される。備後、一子大膳を本家の国家老とし、自身は秋月の国家老となる。手元の資料では秋月を分与されたのは甲斐守孝政となっている。史実より早く死ぬ事になっているので意図的に名を変えている物と思われる。(妖剣林田左文)
紀州頼宣、根来寺を再建。(魔界転生)
元和十年/寛永元年 甲子
02/30 「寛永」に改元する。
04/11 林羅山、家光の侍講となる。(定本 武江年表)
八月 丸亀藩に仕える田宮源八郎、同藩剣法指南・堀源太左衛門に謀殺される。その妻、変を聞いて失神中に一子坊太郎を産み落とす。(魔界転生)
09/06 豊臣秀吉夫人高台院卒。(定本 武江年表)
東叡山寛永寺建立。(定本 武江年表)
一刀斎、小野家に現れる。(死なない剣豪)
寛永二年 乙丑
宮本武蔵、将軍家光に拝謁するも、仕官を辞退。(忍の卍)
寛永三年 丙寅 四月閏
四月 水野河内守長崎奉行として赴任。甥の百助(旗本三千石の跡取りで後の十郎左衛門)これに帯同する。(邪宗門頭巾)
夏 金鍔次兵衛またの名を宗門頭巾、切支丹牢を破る。水野百助、同心弓助と供に切支丹の暗号を辿って切支丹を一網打尽にする。塚本伊織とその娘千絵もその網に掛かる。(邪宗門頭巾)
伊織の息子・伊太郎、宗門頭巾の手を借りて父と姉を救い出す。(邪宗門頭巾)
寛永四年 丁卯
02/10 幕府が加藤嘉明を会津に、蒲生忠知を伊予に移封する。(新暦1627/03/27)
05/04 加藤嘉明が会津若松城に入城する。(新暦1627/06/17)
夏 断罪3日前、ジュリアン七之助とモニカお鏡、同心蛇平の計略に嵌って転ぶ。同朋が刑場に轢かれる様を見て逃走する。(伴天連地獄)
新羅より琉球へ渡りし西瓜の種薩州へはじめて渡る。(定本 武江年表)
寛永五年 戊辰
十一月 柳生十兵衛、小野家の謎の老人を一刀斎と見て面会を求める。(死なない剣豪)
11/07 小野次郎右衛門忠明、急死。(死なない剣豪)
寛永六年 己巳 二月閏
07/27 玉室・沢庵の両僧を流さる。(定本 武江年表)
夏 林田左文、上司の一人を斬って逃亡した秋月藩の足軽六人を奇計を以て討つ。(妖剣林田左文)
夏 竹中采女正重次、長崎奉行となり切支丹の掃討にあたる。(踏絵の軍師)
10/10 将軍家光の乳母お福が後水尾天皇に謁し、「春日」の称号を受ける。(柳生十兵衛死す)
11/08 後水尾天皇が春日局参内事件などで朝廷の権威が踏みにじられているとして、幕府への抗議の意を込めて譲位し、女一宮が践祚、明正天皇となる。(柳生十兵衛死す)
寛永七年 庚午
六月半ば 山田真竜軒、荒木又右衛門を親の仇と狙う子供達の助太刀を買って出るが、又右衛門の義弟の乱入により日延べ。(山田真竜軒)
秋 駿河大納言忠長に対し甲斐にとどまり参府無用との沙汰がくだる。事実上の幽閉。(忍の卍)
この年 武蔵、名古屋にて柳生兵庫と遭遇。尾張家へ仕官は叶わず。「宮本武蔵とは何者だったのか」より。(魔界転生)
寛永八年 辛未 十月閏
黒田甲斐守、小姓・倉八十太夫の許嫁お秀を召して側室とする。(妖剣林田左文)
三月 黒田甲斐守と栗山備後、意地の張り合いから供に絶命。本家の国家老黒田大膳、原因となったお秀の処刑を命じるが、左文これを不当と見なし彼女を連れて逃走。左右良八天狗の残り六人がこれを追う。倉八十太夫、同僚を討ち果たし隙を見せた左文を討ち、お秀を連れて本家福岡へ向かう。黒田騒動の始まり。(妖剣林田左文)
九月十二日 加藤嘉明が江戸で没。69歳(誕生:永禄6(1563))。会津藩主。(新暦1631/10/07)
寛永九年 壬申
01/24 二代将軍秀忠没す。享年五十四歳。(定本 武江年表)
一月 美濃大垣十万石菅沼飛弾守、駿河大納言を擁立するための同士を募る回覧状を捨て置いた怠慢を責められて改易となる。(忍の卍)
春 土井家近習椎ノ葉刀馬、主君大炊頭より伊賀、甲賀、根来よりの代表三名の忍者の検分を命令される。(忍の卍)
刀馬、品川妙通寺の茶屋で武蔵を目撃する。(忍の卍)
五月 家光、隅田川氾濫の視察中、被災地で女を拾って引き上げる。土井大炊頭、加藤肥後守の改易について家光に言上する。(忍の卍)
05/24 幕府、熊本の加藤忠広を改易。出羽庄内酒井忠勝に預けられ、丸岡に一万国の捨て扶持を与えられる。(忠広の死後、丸岡領は庄内藩領に組み込まれる。)(忍の卍)
07/27 謫所より召還された玉室・沢庵二師、江戸にいたり神田の広徳寺に寓す。(定本 武江年表)
12月 徳川忠長、附家老鳥居土佐を手打ちにする。(史実では土佐守成次は忠長の蟄居よりまもなく死亡。長男淡路守忠房が跡を継ぐ)幕府、忠長の封を没収し上野国高崎の安藤右京進重長に預けられる。(史実では蟄居は前年5月。改易はこの年10/20)(忍の卍)
12/17 幕府が水野守信・柳生宗矩ら4名を総目付に任命する(大目付の初め)。(新暦1633/01/26)
この年 クリストファ・フェレイラ神父、ジュリアン中浦神父らともに長崎奉行に捕らわれる。(外道忍法帖)
寛永十年 癸酉
01/20 金地院崇伝没す。(定本 武江年表)
三月 土井大炊頭、将軍暗殺の動きを察知し、刀馬と甲賀の百々銭十郎に阻止を命じる。(忍の卍)
幕府、黒田騒動を裁断。家老栗山大膳を南部に配流せしむ。(定本 武江年表)
五月 天海僧正、忠長の処遇について土井大炊頭に苦言を呈す。(忍の卍)
阿倍対馬守、密かに高崎に下向し安藤右京進に忠長の抹殺を勧める。(忍の卍)
10/17 ジュリアン中浦、フェレイラ神父の棄教を予言し、法王の聖貨に関する情報を託す。(外道忍法帖)
10/18 長崎奉行・竹中采女正、フェレイラ神父を棄教させる。フェレイラは沢野忠庵と名乗り宗門狩りに奔走。(踏絵の軍師)
10/18 松平伊豆守信綱、老中になる。(〜寛文二年二月六日)
土井利勝、忠長の叛意を示す決定的な証拠となる書状を入手。(忍の卍)
12/05 忠長、土井利勝よりの書状(恐らく「忍びの卍」において入手した例のお墨付きであろう)を受け取り、(くノ一地獄変)翌日に愛妾と共に自殺する。(忍の卍)
寛永十一年 甲戌 七月閏
01/08 沢野忠庵の発案により丸山で遊女たちが初めて踏絵を行う。采女正、地獄太夫が鞠であることを知る。(踏絵の軍師)
三月末 地獄太夫、とらわれの切支丹を逃がす。竹中采女正、これを放任したため二ヶ月後に解任。(踏絵の軍師)
05/28 幕府が長崎に出島を築き、ポルトガル人を移す。(寛永十三年完成す)(定本 武江年表)
08/04 幕府、譜代大名の妻子を江戸に置かしむ。(定本 武江年表)
秋 「寛永御前試合」に備え柳生飛弾守、師の羽賀井一心斎を張孔堂へ送り込む。正雪、伊吹平馬の妹雪路を献じてこれを籠絡する。(起きろ一心斎)
正体を見抜かれていた平馬、雪路との密会を押さえられ纏めて始末され掛かるが、一心斎は二人を助けて逃がす。(起きろ一心斎)
正雪、柳生但馬守あるいはその嫡子十兵衛との立ち会いが計画されるが、お止め流の口実で流れる。と正雪自身が言っているが実情は不明。(柳生十兵衛死す)
09/22 「寛永御前試合」紀州より田宮平兵衛、関口柔心などが参加。(柳生十兵衛死す)山田真竜軒、伊達家の伊井直人を破る。この時、荒木又右衛門は宮本武蔵の養子伊織と相打ち。柳生家にて祝杯を挙げる又右衛門、河合又五郎の行方を知り出立、その前に真竜軒が立ち塞がるが。(山田真竜軒)
11/07 荒木又右衛門、義弟渡辺数馬に助太刀、伊賀上野にて河合又五郎を討つ。(定本 武江年表)
忠長自刃後、主を失った駿河城の建物が鎌倉東慶寺へ移築される。(柳生忍法帖)
寛永十二年 乙亥
四月 朝鮮人来聘。十四日 幕府、朝鮮国書の式を改定。将軍の称号を日本国大君と記す。(定本 武江年表)
05/28 幕府、外国船の入港貿易を長崎に限り、本邦よりの異国への渡海、また在外日本人の帰国を禁ず。(定本 武江年表)
梅雨の時期 由比正雪、将軍の御前で「韓非子」を講義する。老中・松平伊豆守他十名の大名がこれを拝聴する。席上、矛盾の語源から、各大名の所持する武具の勝負が持ち出される。(姦の忍法帖)
寛永十三年 丙子
05/24 伊達政宗死去。
06/01 寛永通宝の通用始まる。(定本 武江年表)
小堀瀬兵衛、自ら考案した「お玄関拝借」の知恵(玄関先で切腹を行うと騒いで、金をせしめる芸)を脇坂弦左衛門に授ける。弦左衛門一度はこれを退けるが、孫の病気を思い、松平伊豆守邸で実行。小姓が対応を誤ったため、弦左衛門はそのまま切腹を実行する。(お玄関拝借)
寛永十四年 丁丑 三月閏
春 大久保彦左衛門、旗本奴について松平伊豆守と討議。(彦左衛門忍法盥)
春 山崎闇斎、張孔堂に出入り。「孔孟攻め来たれば?」について問題提起。路上にてこの議論を聞きつけた彦左衛門、「迎え撃つべし」と喝破。(彦左衛門忍法盥)
夏の始め 彦左衛門、明国よりの援軍要請について反対する下馬坊組に対し演説を打つ。(彦左衛門忍法盥)
08/24 荒木又右衛門、因州鳥取にて死亡。(死なない剣豪)又右衛門忍体に入る。(魔界転生)一刀斎その死を見届ける。(死なない剣豪)
08/29 荒木又右衛門、因州鳥取にて死亡との通知が幕府に出される。鳥取到着は08/11。文中では十五年になっているが、それだと翌年の「魔界転生」に間に合わない。(人間臨終図鑑)
10/25 島原の乱勃発。(彦左衛門忍法盥)
十二月中旬 小西摂津守の孫・ルチア不知火姫、西班牙の海賊船で帰国する。事故により荷揚げする筈だった大砲と船その物を失い、家臣二名だけを伴っての上陸となる。(不知火軍記)
この年より譲位するまでの五年の間柳生十兵衛、明正女帝の御附武家を勤める。(柳生十兵衛死す)
寛永十五年 戊寅
01/01 板倉内膳、原城への総攻撃に失敗し戦死。松平伊豆守信綱、代わって幕府軍の指揮を執る。天草伊豆守の孫扇千代、松平伊豆守に随臣しお家再興を目指す。(不知火軍記)江戸の旗本奴達、島原に置ける初戦の敗北を聞きつけ先を争って島原へ出征。彦左衛門、これを感激の涙で見送る。(彦左衛門忍法盥)
02/21 伊豆守の軍師、天草衆の志岐刑部、籠城軍の夜襲を撃退。敵の糧食が尽きていることを知る。(不知火軍記)
02/28 原城陥落。(不知火軍記)
03/01 由井正雪、小倉小笠原家の客分となっている宮本武蔵に弟子入りを志願する。(魔界転生)
三月半ば 原城落城の後もなお抵抗を続ける不知火姫を討つため幕府軍が天草へ上陸。不知火姫が幕府軍に捕らえられるが、天草扇千代が身代わりとなって磔にされる。志岐刑部、扇千代に殉死。不知火姫は西班牙船で海外に逃れる。(不知火軍記)