忍法系譜 その漆 伊賀鍔隠れ谷

 別の稿でも少し触れましたが、甲賀卍谷が防御的で有るのに対して、伊賀鍔隠れ谷はどちらかというと攻撃的な傾向があります。あくまでも私が受けた印象としてですが。

その壱 伊賀と真田

 四代目服部半蔵となった京八郎正広は父の仇敵真田くノ一との因縁の戦い*1に於いて、先の戦い*2で勝者となった伊賀鍔隠れ谷の五忍を送り込む。彼らは甲賀卍谷との因縁の戦いに選ばれなかったのはその能力が直接戦闘に向かないからであろう。

 薄墨友康の「くノ一化粧」は女の愛液を吸ってその姿を盗むもので、これはまず相手の女性を捕らえる必要がある。同じ淫術でも雨巻一天斎は「恋しぐれ」で女を誘い込み、「穴ひらき」で女を殺す。(二度交わると死ぬと言うのは蜂などによるアナフィラキシー・ショックをもじった巧いネーミングである)これは相手のくノ一に対して唯一効果をもたらした術であった。

 七斗捨兵衛の「肉鞘」「人鳥もち」は粘り着く精液を武器とするモノだが、急所を晒す必要があるため実戦向きでない。また般若寺風伯の「日影月影」は自分の人格を他人に写し支配するモノだが、これも交接を前提条件とするので忍者相手には使いにくい。最後の鼓隼人の「百夜ぐるま」は影で影を犯し、本体を操ると言うモノだが、これも直接敵のくノ一まで届かなかった。

その弐 三つ巴

 土井大炊頭の企図した伊賀・甲賀・根来の代表戦*3に置いて伊賀組代表となったのが筏織右衛門であった。彼の用いた「任意車」は先に見た般若寺風伯の「日影月影」の改良版と言える。右衛門は人格を複写するのではなく、憑依することで身につけた体術も移植できるという利点がある。右衛門の本領は武蔵直伝(参照→山風版武蔵伝 完全版)の二刀流にあるのでこれは重要である。憑依であるため本体が抜け殻になってしまうと言う難点もあるが。

 松平伊豆守の時代*4には鍔隠れ谷で修行した天草衆が正雪配下の甲賀卍谷衆、大友くノ一と三つ巴の死闘を演じた。この戦いは各組十五忍ずつと言う大人数のため、忍法を見せる間もなく散っていった忍者も多い。

 勿来銀之丞「鎌いたち」は吸息により真空を作り出す術で、筑摩小四郎*2以来の伝承技である。那智孫九郎の自在間接と中嶽塔之介の手刀・足斧は同じく小豆蝋斎より伝わったモノであろう。曾我杢兵衛の「水絵」は水の上に自身の立体像を描くと言う伊賀には珍しい穏形術であった。これは強いて言えば朱絹の流れであろうか。

 結城矢五郎は夜叉丸のような髪の縄を武器として用いた。彼は刀をはじき返す「肉鎧」を備えており、これは後に甲賀の八剣民部が同名の技を見せた。これは恐らく卍谷衆の鵜殿丈助*2のそれが原型と思われる。この手の柔軟体質は伊賀甲賀の双方に伝わっていたのだろう。であって向こうが本家であろう。

 また百済水阿弥の「墨陽炎」は後の柳沢出羽守配下の甲賀くノ一が類似の術を使っている。葛城道四郎の「道四郎憑き」はその能力的には同じ伊賀の先達筏織右衛門の「任意車」を受け継いでいるが、その名称はやはり甲賀組の寝覚幻五郎へと繋がる。この様な交雑は鍔隠れ谷忍者が長く公儀隠密組を勤めていた事から発生したのであろう。(関連→葵悠太郎七番勝負)なお憑依術としては滝川家相伝の「幻眠の術」*5がある。滝川右近はこれを極め、憑依者が死ねば本体に戻り、逆に本体を失ってもなお存在し続ける完全なる不死の法として完成させた。

 秩父八十八の「双面」(後頭部に毒の息を吐く美女の顔を隠す)、騎西半太夫の「死眼彫」(開かぬ片目に毒虫が飼う)、厨川半心軒の「死人鴉」(己の血を浴びせて操る)はいずれも己の死と引き替えにした相討ち技であった。

 首領天草扇千代の瞳術「山彦」は、最強と言われる甲賀弦之介のそれに比してやや見劣りする。その効果と言えば己の肉体を傷つけて相手に同じ痛みを与えるものだった。瞳術遣いの宿命か、扇千代は序盤で眼を塞がれることになる。弦之介と違って戦意旺盛であったが同じく視線を合わせなくても念じるだけで同じ効果を発揮できる様に深化させた。最後の敵が情を交わした女性であったことも酷似しているがその心理状況の違いはなかなかに興味深い。

その参 江戸と尾張

 享保年間に至って、再び伊賀鍔隠れ谷対甲賀卍谷の戦い*6が繰り広げられる。この戦いは実は伊賀方の方が圧倒的に有利である。彼らは公儀の組織網利用できる上に、目標となる女たちをただ殺せばいいのである。対して甲賀方は女たちを江戸まで連れて行って衆目に晒さないと目的を達したことにならない。

 一ノ目弧雁の「埋葬虫」は閉じた目の中に住み、敵を生きながらに腐らせる。真壁右京の「女人花」は女性の愛液を媒介として増殖する一種の性病であろう。両者は敵に不覚を取りながらも相討ちに持ち込む事に成功した。また七溝呂兵衛は腸を外に出して自在に操る「足八本」で敵の目論見を出し抜いたが、これもただ目標を殺せば良いからである。

 城ヶ陣内は根来起源(と思われる)「銅拍子」の他に声色を使う。彼は唯一敵忍者との遭遇戦で生き残ったのだが、伊賀方はその前に百沢志摩を敵陣潜入で失っているのでこれで帳消しである。

 百沢志摩は小柄な上に流動軟体質をもち千両箱に隠れての敵陣潜入を行った。これはナメクジの如く這い回った雨夜陣五郎の末裔であろう。情報を伝えるために用いた「髪飛脚」は材料こそ特殊(女性の陰毛をつなぎ合わせたモノ)だがよく考えると単なる糸電話である。

 砂子蔦十郎の「薄氷」は触れたモノを凍らせてしまう。これ自体恐るべき術だが根来*7や風摩*8に存在した触れた相手を鏡に変えてしまう妖術に比べるとまだ理解できる。鏡と言えば樺伯典の「鏡地獄」がある。これは鏡の妖術の集大成とも言える。彼は雨を水鏡として敵の忍者の方向感覚すら狂わせた。そして最後は敵を鏡の中へと消え去った。この鏡を用いた精神支配術は根来*9にも存在する。

*1 くノ一忍法帖

*2 甲賀忍法帖

*3 忍びの卍

*4 外道忍法帖

*5 さまよえる忍者

*6 忍法月影抄

*7 海鳴り忍法帖

*8 風来忍法帖

*9 忍法しだれ桜

 

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