忍法系譜 その玖 逆襲の甲賀

その壱 張孔堂組

 三代将軍の座を巡る忍法勝負*1に敗れた甲賀卍谷衆は由比正雪の手駒となって法王の聖貨を巡る三つ巴の戦い*2に投入される。

 正雪はたまたま手元に居た十五忍をすべて注ぎ込んだので、天草党や十五童貞女(最初の一人は既に死んでいたが)と違って指揮官が居ない。その多くが卍谷衆らしく異形か特殊体質である。

 四つんばいで水上を滑る様に動く「水馬」の漣陣内や両手の指から糸を吐き出す「指蚕」の猿羽根冬心は風街将監の、また「砂仮面」を使う真昼狂念は如月左右衛門の縁者であろう。

 弟子丸銅斎の「肉豆腐」は刀や銃弾が突き抜ける肉体で、これも後代の水無瀬竜斎*3が用いた「蝋涙鬼」という名の類似した忍法に通じる。日ノ輪内膳と不知火左京が用いた「玻璃燈籠」は蝋の汗で体を透明化するもので、霞刑部の術を一部受け継いでいる。

 大文字弥門は人体の持つ放電体質を強化した「稲妻」を、篝兵部は消化液で自らを溶かしてしまう「我喰い」を使う。秦卍丸は交接によって異性の姿を写し取る得意体質(「おんな化粧」「おとこ化粧」)に加えて、錐の様に突き刺さる「くさび独楽」と独楽の回転感覚を与えて平衡感覚を狂わせる幻術まで使う。

 他にも甲賀には珍しい特殊武器使いとして、十六夜鞭馬の「雲雨傘」や鶯道忍の「琴蜘蛛」(十日毎に女の愛液で塗らした琴糸)がある。また武器ではないが、朽ノ葉帯刀の「犬さかり」は犬を敵に嗾ける。

その弐 葵悠太郎七番勝負

 綱吉の寵臣柳沢出羽守と結びついた甲賀組頭服部玄斎は 伊賀、根来との勝ち抜き戦*4に勝利を収め、公儀隠密の主流派となった。その間には剣の師である小野家と甲賀者としての宿命の板挟みにあった十五夜孫六*5悲劇もあった。

 そんな彼らに前将軍家綱の御落胤葵悠太郎*6の謀殺指令が下る。

 八剣民部は生身で鋼鉄の堅さを誇る「肉鎧」を身につけていた。その呼称は公儀隠密の先輩に当たる伊豆守配下の鍔隠れ谷忍者結城矢五郎*2のモノをそのまま踏襲したのであろう。また、葉月の「陽炎乱し」は着衣を乱舞させて敵の目を眩ますモノで、やはり鍔隠れ谷の百済水阿弥の用いた「墨陽炎」と名称も類似している。この様な流派の枠を越えた忍法の伝播は既に先の伊賀と根来の暗闘の中でも見られる。

 寝覚幻五郎の「幻五郎憑き」は甲賀弦之介*1の瞳術の流れを汲むモノで、威力は大分落ちるが汎用性はむしろこちらが上であろう。名称は葛城道四郎の「道四郎憑き」から取られているが、術の性質はむしろ般若寺風伯*7の「日影月影」に近い。空蝉刑部の「空蝉」は名称こそ大友くノ一ジュスタお笛*2のそれと同じだが、前者が変装術なのに対して後者は脱皮による遁甲術である。

 粂寺外記の「霧閉し」は口にくわえた松葉に火を付けて相手を煙に巻きそれに紛れて針を吹いて相手の視力を奪う技である。問題はその着火方法で、彼は両掌の間に青い炎を発生させる事が出来る。これを極めると不破梵天丸*3の「赤不動」になる。  

 天羽七兵衛の「むささび落とし」と鵜殿一風軒の「ながれ星」は共に上空からの攻撃を行うが、前者は足裏の吸盤作用で屋根裏に張り付いて移動する(卍谷のお胡夷*1の流れ)のに対して後者は重力を無視して浮き上がる事が出来る。

その参 尾張御土居下組

 尾張宗春は将軍吉宗のお手つき女を晒すことで彼の偽善を暴こうとした。御土居下組に取り立てられた甲賀卍谷衆は公儀お庭番を勤める伊賀鍔隠れ谷衆との宿命の戦いを演じる*3

 何人かは既に紹介されたが、捕捉して説明をくわえる。

 水無瀬竜斎の「蝋涙鬼」は弟子丸銅斎の「肉豆腐」とマリア天姫の「黄泉がえり」の能力を併せ持つが、残念ながら首を飛ばされると再生できない。木曽ノ碧翁は鈎付きの琴糸を操る。彼はこれを扇状に張って籠を受け止めてしまう。髪や糸を使う忍法は他にもあったが、量的には最大である。 

 不破梵天丸は「赤不動」は触れたモノを炎と変える。彼は己の能力に自信を持ちすぎて敗れた。どんな能力も予め知っていれば対策を立てられてしまうのが忍者の戦いと言うモノだ。その点は次の御堂雪千代にも言える。彼は「万華蝶」により花びらを蝶に変えて飛ばし敵の視覚を奪う上に爪先を錐の如く回転させて地中に潜ることが出来た。だが敵の忍法で相討ちに持ち込まれてしまう。

 山城十太夫は、恐らく目を合わせることで、彼我の顔を取り替える忍法を使う。敵との腹のさぐり合いではやはり目標を殺してはいけないと言う条件の厳しさが勝敗を分けた。鞍掛式部が皮膚の下に飼う「日蔭虫」は男根をくびり落とし、女性を淫獣に変える。目標を捕らえるには有効だが、敵と戦う事には向かない。結果的に敵を倒せたのは一種の僥倖であった。

 壇宗綱の「夢若衆」は夢を媒介として敵を虜に出来る。彼は敵の江戸柳生を中継所として利用するために味方の尾張柳生を犠牲にした。目標への接触を果たし、敵忍者も術中にはめたのだが…。

*1 甲賀忍法帖

*2 外道忍法帖

*3 忍法月影抄

*4 忍法双頭の鷲

*5 濡れ仏試合

*6 江戸忍法帖

*7 くノ一忍法帖

 

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