忍び組頭列伝 肆 甲賀系

服部玄斎(初代) 寛永

 服部分家で甲賀組の組頭。

 砧と言う娘がいる。

登場作品 「忍びの卍」

甲賀兵四郎

 甲賀組頭(=服部玄斎?)の倅。慶長十二年生まれ(寛永十二年に二十八才)。

 恐らく父の死後二代目の服部玄斎を次いだであろう。

 御前での武具勝負にちょっかいを出し、臨席していた正雪に見破られる。為に武具勝負が一転して伊賀甲賀の忍法勝負へと変貌する。

 一時正雪の道場にも出入りしていたと言うから事前に打ち合わせが有ったかも知れない。しかしあの結果については正雪の想定外であろう。→甲賀兵四郎とおまみ 

登場作品 「姦の忍法帖」

服部玄斎(三代目) 元禄十二年没。

 寛永の玄斎を初代とすると、三代目と思われる。(二代目服部玄斎=甲賀兵四郎の息子か)

 服部分家で甲賀組の頭。柳沢と結びついて根来を退ける。

 玄斎が孫娘志乃の婿にと見込んだ甲賀七忍(討ち一人は女性だが)が葵悠太郎にことごとく討ち果たされ、宗家に次ぐという名門服部玄斎家は断絶したと思われる。

登場作品 「濡れ仏試合」 「江戸忍法帖」

甲賀大八 天和元年没。

 甲賀の頭領の末裔。(三代目玄斎の息子であろう)

 根来組の副頭領の娘お頼と恋仲であったが、堀田筑前の登場により根来が重用されだしたのを見て焦り、沼田領への御用を志願する。彼の不在の間にお頼の婚礼が決まっているところを見ると厄介払いだったとも思える。

 おふうによって根来のお頼に宿った子が翌天和2年に生まれたとすれば、元禄12年には数えで18になる。これが「江戸忍法帖」に登場する志乃と考えられる。

登場作品 「捧げつつ試合」

甲賀錫斎 安永末

 病中にあり、田沼家の呼び出しには息子鉄四郎が代理で出頭する。

 他に次男銅七郎があるが、兄共々伊賀一雲軒の姉妹に敗れて断絶する。

登場作品 「麺棒試合」

甲賀空斎 天明

 甲賀組の実質的な頭領。

 80を越えると言う。二人の息子を失って断絶した錫斎がその当時(五年前)で40から50と思われるのでそれよりも年長になる。血縁関係が有るとすれば叔父か大叔父になるのであろう。

登場作品 「さまよえる忍者」

明楽飛騨守 天明

 お庭番甲賀組頭。恐らくは、老中田沼主殿頭意次の私兵。忍者を利用するアイディアは息子山城守が先に思いついた。(「忍法女郎屋戦争」参照)

 意次の命で松平越中守定信を探る。

登場作品 「天明の隠密」

賀豆翁 嘉永末

 阿部伊勢守の命で七名のくノ一を将軍家定の治療のために送り出す。

登場作品 「秘戯書争奪」

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