忍法帖謎解録 悲恋の構造 甲賀男と伊賀女
忍法帖の第一作である「甲賀忍法帖」には山風忍法帖のすべての要素が揃っていますが、その中でも重要な要素の一つが表題に示した悲恋の構造です。
その壱 基本形 甲賀弦之介と朧
弦之介は山風忍法帖における完璧な主人公属性を有しています。強いことはもちろんですが、危機に陥ったとき必ず敵方の女性に救われるのです。但し単発で最強の忍法を会得しているため、達忍の条件は満たしていません。
朧姫は忍法帖最強の存在である聖女属性の持ち主です。山風作品では聖女と魔女は対置されますが、聖女が主人公と反対陣営に置かれ、魔女(言うまでもありませんが陽炎です)が主人公側に置かれるところが如何にも山風らしいです。
アニメのキャストさんがやっているネットラジオ番組にて、陽炎役の声優さんが、「番組作成中は役に入れ込んで朧が憎くてしょうがなかったが、出番が終わって最終回には素直に朧に感情移入して泣けた」*1と言う発言をしていました。陽炎本人も、あの世で忌まわしい体質から解放された後にはそんな感慨を抱いたかも知れません。
音泉 ラジリスク〜甲賀忍放送
その弐 転生? 甲賀兵四郎とおまみ
普通ならこの後は「笑い陰陽師」の果心堂とお狛を出してお終いになるところなのですが、年表づくりに填ったせいかどうしても時系列に拘ってしまいます。
と言う訳で「姦の忍法帖」なのですが、主人公兵四郎は弦之介とは万事が正反対です。初めは小遣い稼ぎの積もりで出したちょっかいですが正雪の提案で伊賀甲賀の忍法勝負に成るや、やる気満々で味方の損害にも全く頓着を見せません。
問題はこの忍法勝負がすべて交合による精力の削り合いだと言うことですが、これも兵四郎の真の目的を考えれば当然のこと。彼の目的とはかつて一目惚れし縁組みを申し込んでにべもなくはねつけられた伊賀組頭領の妹おまみとやることなのです。頓知話ですが、魚料理を出され「この魚の名前をあてたら食べさせる」と言われて、「喰わせてくれたら分るかも知れない」と返す様なモノですね。
で肝心のおまみ殿ときたら「あたしは知らないの。何にもー」ですから。この話、「甲賀」の後に読むと結構ほのぼのしますが、これをもってハッピーエンドとするにはやや不満が残ります。甲賀と伊賀の確執はこの後もまだまだ続きますし。
その参 団体戦
服部半蔵(五代目)は甲賀三天狗をより完成させた忍者にすべく伊賀くノ一の集団見合い、じゃなくて他流試合を企画しました(「くノ一地獄変」)。後日これら三組は敵味方に分かれて対峙する事になるのですが、このケースでは珍しく男性の側が生き残っています。
一方、天明期には平賀源内の思いつきで交配実験が行われました(「麺棒試合」)。甲賀の兄弟は「肉だわら」と呼ばれる肉を生み出す能力を、伊賀の姉妹は「肉蝋燭」と呼ばれる肉を溶かし再生する能力を持っていました。
両家の技が混じっていたらどうなったか興味有るところでしたが、この婚姻は当然の如く悲劇に終わります。男女対決の場合には女性が勝ち残るケース*2*3が多いのですが、甲賀が二人、伊賀が三人という不均衡な戦いとあって当然の如く女性側が残りました。
その肆 逆パターン
服部半蔵正重は男の斑鳩を伊賀鍔隠れ谷へ、女の鶯を甲賀卍谷へと送っている(「忍法天草灘」)二人が帰ってきたとき、半蔵は弟の四代目正広に代わっていた。このケースでは男女が逆転しているが、実は同様のケースがもう一件ある。服部百蔵は江袋平九郎を鍔隠れ谷へ、孫娘おあんを卍谷へ送っているのである(「忍法穴ひとつ」)。服部家には何か忍法留学に関する不文律でも有るのだろうか。
無明綱太郎(「忍法忠臣蔵」)の例に見られる様に伊賀の男が鍔隠れ谷へ行くのはさほど変ではない。問題は里見の八犬士の様に余所者を受容れる場合である(「忍法八犬伝」)。卍谷にあの陽炎の血統が残っていたら外部から来た男は種馬にされる可能性が高いのではないか。取りあえず女性ならその心配はない。
その伍 裏の裏は 丹波陽馬と雪羽
この話(「秘戯書争奪」)は忍者だけを見ると伊賀の忍者と甲賀くノ一で逆パターンなのだが、甲賀側の差配役が男と伊賀側の差配役が女が恋人同士という「甲賀〜」の再現なのである。オリジナルでは互いに忍法を封じられた状態で話が進むのに対してこちらは全くの素人、とはいえ陽馬は伊庭道場心形刀流免許皆伝である。
構成上の難点は一つ一つの対決がパターン化(伊賀の男が甲賀の女を破り残った方を陽馬が斬っていく)され、変化に乏しいことであろうか。十五忍の三つ巴であった「外道忍法帖」ですらもう少しバリエーションはあった。
主人公カップルが、忍者でなかったが故に、無事に生き残ってハッピーエンドに成るところがわずかに救いだが。
関連稿 忍者の落日 その弐 阿部伊勢守
*1 うろ覚えなので、正確ではありません。
*2 読淫術 = 甲賀くノ一が勝利
*3 柳生忍法帖 = 堀家の女性が勝利