忍者の落日

その壱 桜吹雪と妖怪

 北町奉行遠山左衛門尉の息子銀五郎は恋人お耀の父鳥居甲斐守の推挙で関八州取締出役、通称八州廻りに抜擢される。だがお耀が銀五郎の補佐にと集めた剣豪達の背後には妖人・南無扇子丸*1の魔手が延びていた。扇子丸の「知行散乱」については既に別稿で触れたので繰り返さない。

 伊賀組の頭領服部万蔵の試験を乗り越えた箒天四郎と塵ノ辻空也*2の二人は水野越前守の側近として南町奉行となった鳥居甲斐守に引き合わされる。鳥居に従って悪の剔抉者となることを受容れた天四郎に対し、空也は申し入れを拒み悪の擁護者となる宣言をして姿を消す。

 二人はその意志力を買われたのであってさほどの忍法は見せていない。二人が共通して会得しているのは「帚木」ぐらいで、天四郎が使った「邯鄲」は服部組に伝わる精漿と卵漿の力である。精漿は女性に卵漿は男性に用い、その姿を老いさせる。そしてこれを逆に使うと回春の効果が現れる。

その弐 阿部伊勢守

 子供の出来ない将軍に苦悩した老中阿部伊勢守*3は医心方と呼ばれる秘書の奪取を甲賀くノ一達に命じる。この差配を任されたのが奥医師多紀法印の甥で剣の達人丹波陽馬であった。これを守るのは伊賀鍔隠れ谷の忍者達。だがそれを束ねる秘書の所有者である半井出雲守の娘雪羽は陽馬の恋人であった。

 実家と恋人との板挟みになった雪羽は書物それ自体は守りつつ、その内容を敵方に教える様に指示を出す。こうして伊賀対甲賀の最後の戦いが始まった。

 飴売りに化けたお琴は耳から侵入して敵の三半規管を破壊する「耳きり虫」を操り、また相手の皮に吸着し挟み込んだ部分を硬直させてしまう「皮つるみ」を使う。お胡夷と蛍火*3を兼ね合わせた様なくノ一である。これと対した麻打助十郎は触れたところが濡れてくる「指姦」の使い手であり、「陰ノ網」を使ってこれを捕らえてしまう。

 女巡礼に化けたお藍の「くノ一血膠」は血が固着して相手の動きを封じてしまう。対する山寺杏兵衛は 「浦波」によって背中の筋肉を自在に操ることが出来る。

 巫女姿のお茅の「ながれ鞠」は上に乗って高速移動出来る他、蹴って武器とすることも出来る。これは根来*5に起源が求められる。男性恐怖症の彼女の相手は女性恐怖症の美童・俎墨之介であった。彼のもつ「扇鋏」は敵の剣を掴みへし折ってしまう。

 武家娘風のお遊のもつ竹杖は伸びると鋼の鞭となる「仕込み鞭」であった。だが対する釜戸朱膳は「手刀槍」を以てこれを弾き飛ばしてしまう。これは鳥追い姿のお扇の「髪縄」によって封じられてしまった。

 烏頭坂天八は「吸盤皮膚」をもち、また指一本で逆立ちが出居る。彼は足で敵の剣を白刃取りに出来るのだが、鋭利な縁を持つ鍔を飛ばす「飛び鍔」を得意とする人形遣いのお筆に斬られた。

 風車売りに扮したお篠は涙を相手の目に入れると視覚が左右逆転してしまう「紅涙鏡」を使う。これは根来の香雲*6が柳生連也に用いたモノに類似する。

 木ノ目軍記は吹き針の他、女性に春夢を見せて操る「通鬼交」を会得した。これは壇宗綱*7の「夢若衆」にも似て無敵かと思われたのだが…。  

その参 明治の忍者

 明治の世になっても忍者は生きていた。彼らはあこがれていた元上司の娘が異人の手に落ちたのを見て忍法で邪魔を試みる。だが彼らの忍法は幕末の動乱で使えなかった事でも分る様にどこか中途半端であった。*8

 今戸綱之助は「忍法ぬすっとかげ」によって身体の一部を切り離されてなおしばらく動かし続ける事が出来た。しかし、これは後で繋ぎ治すことが出来ない。彼は後でばれない部分として男根を選択する。

 鞆津明蔵の「玉共鳴り」は性感の波長を同調させ、好きなときに射精をさせられる。但し、相手が射精に合わせて自分も消耗する為に相手の精力が自分より強かった場合は悲惨なことになる。

 魚見弁次郎の「陰陽変」は交合により体を入れ替えることが出来る。能登のくノ一*9が同様の技を使ったが、こちらは生涯で一度しか使えない。

*1 武蔵野水滸伝

*2 忍者黒白草紙

*3 秘戯書争奪

*4 甲賀忍法帖

*5 海鳴り忍法帖

*6 つばくろ試合

*7 忍者月影抄

*8 開化の忍者

*9 忍法忠臣蔵

 

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