忍法系譜 その捌 切支丹忍法

 実は使い手が切支丹(もしくはその関係者)であると言う以外には共通点がないのだが…。

その壱 森宗意軒と中浦ジュリアン

 小西浪人森宗意軒が日本古来の忍法と西洋伝来の魔術を融合して編み出したのが「魔界転生」と呼ばれる秘術である。

 宗意軒はいつ何処で西洋魔術の知識を得たのか。彼本人の説明によると、「十年ばかり前−天草にひそみあるころ」とある。これを持ち込んだ人物は恐らく中浦ジュリアン*2であろう。彼が魔術書を読みふけっていたことは同僚であった沢野忠庵の証言にある。

 中浦ジュリアンの殉教が寛政九年、宗意軒が魔術書を手に入れたとする「十年ばかり前」とは寛政十三年前後になる。この両名、生前は「かけちごうて」出会わなかったのであろう。

 彼はこの術で七人の剣豪を再誕させて手駒とした*1が、八人目として狙っていた柳生十兵衛に悉く斬られた。魔界衆の中で唯一武人でない天草四郎のみが「髪切丸」と言う忍法を用いている。その為に基本的に講談調な魔界衆と十兵衛の戦いの中で彼の敗れ方だけが忍法帖っぽい。

 彼は三人の切支丹くノ一を従えていた(他にも忍体となった女性が居たが、忍法を会得していたかどうかは不明)。一人目のフランチェスカは甲賀の霞刑部と同じ壁に溶け込んでしまう穏形術を用いた。彼女は法螺貝を介して天草四郎と連絡を行っていた。二人目のクララお品は十兵衛の情に絆されてその天草の術を邪魔してその敗北をもたらす。最後の一人ベアトリスお銭は宗意軒用の忍体となる筈であったが、十兵衛に斬られた。

 島原の乱の直前、旗本たちを焚き付けていた大久保彦左衛門へ仕掛けた「精卵逆のぼり」を用いたのはベアトリスお品と成っている*3が、これはお銭の誤りであろう。後に十兵衛用の忍体候補となった三人のくノ一の中にクララお品とベアトリスお銭いう名前があるが、十年ほど間があるので恐らく別人だろう。宗意軒は最も信頼するくノ一にベアトリスを名乗らせていたのかも知れない。

 宗意軒は転生衆の一人である宮本武蔵に裏切られて絶命した筈だが、おそらくは自身の転生に成功したのであろう、その後も生存が確認されている。再び張孔堂へと舞い戻った彼は、正雪に見切りを付けて、忍者仁木弾正*6を使って反逆の血脈を探していた。なお、この弾正は恐らく正雪が使っていた卍谷の忍者、自在に顔を変えるその能力から見て如月左右衛門の係累であろう。一つの可能性として、十兵衛に討たれた宗意軒は彼が作り出した影武者だったのでは?

その弐 大友忍法

 中浦ジュリアンが持ち帰ったと言う”法王の聖貨”(百万エクーの金貨というのがどれくらいの価値なのかが分らないが)の秘密を胎内に隠す十五人の童貞女たちだが、そのすべてが忍法を会得していた訳ではない。

 彼らの後見人と言うべきミカエル助蔵は女人の髪を飛ばして目標を縫い止める「髪縫い」を使った。髪を操る術は天草の他にベアトリスも用いているので両者の繋がりが伺われる。これは宗意軒が元々会得していた忍法なのであろう。道貞女の一人カタリナお冬の「羅刹」は自身の髪を刃の如く用いた。 

 大友忍法は大きく二種類に分けられる。一つは体液を用いたモノで、モニカお京の「不知火」(血を媒介とした幻術)、ベアトリスお鞍の「木ノ葉蝶」(五色の汗を迷彩として用いる)、ガラシャお丈の「蜜霞」(股間から流れる液体で昆虫を呼び集める)、そしてフランチェスカお夕は血が気化して毒となり、テクラお波の血は灼熱の溶液となる。

 もう一つは体の一部を操作するモノである。ルフィナお貝の「とかげ舌」(切り離した舌で相手の喉を塞いでしまう)。これは元に戻せないので最後の手段である。エテルカお蝶は眼球に己を殺害した者の映像を残すモノで、甲賀の牛ノ目百助が使った「録眼」や十鬼一族に伝わる「瞳録」と繋がる。

 ジュスタお笛の「空蝉」は皮を用いる変装術で、甲賀組の釜伏塔之介が用いた「変化袋」に通じる。またマルタお霧の「小判鮫」は肌が吸盤と化す技で、これは甲賀のお胡夷の体質と同じである。

 マリア天姫の「黄泉がえり」は接触により血液を流し込んでその肉体を乗っ取ると言う第一系統なのだが、これを基礎に置くと「魔界転生」の原理が説明できる。死を目前にしたモノが己のすべてを込めて放った精にはその人間の意志と執念が乗り移り、それが忍体を自身の新たな肉体へと変質させる。そしてその変化と定着には一ヶ月が必要とされる。

その参 魔界転生と知行散乱 (忍法帖謎解録より移動・大幅に改稿)

 宗意軒の忍法「魔界転生」は死んだ剣士を再生したのに対して、南無扇子丸*5の幻法「知行散乱」は自身の体を媒介とした魂の移動である。これは果心の「女陰往生」*6「おだまき」*7に始まる肉体再生術とやはり果心流の「壊れ甕」から始まった人格移動術の集大成と言える。

 忍法と幻法がどう違うのかと言う議論はさておき、いずれも、剣士達の力量をより研ぎ澄まされたものにし、更に性格を一変させてしまった。「魔界転生」が死んでいるが故に、世俗の柵から解き放つのに対し、「知行散乱」は別の人間に変わる事で抑制を解くという違いがある。「知行散乱」は他人の体へ入るため向こうの人間の性格が多少混ざるのではないか。

 制御という点では最後に武蔵の裏切りが起こった「魔界転生」より「知行散乱」の方が優れていると言えるが、一方で術者が死ねば全て解けてしまうと言う弱点もあった。術者の死により解けて溶けてしまうのが幻法たる所以かも知れない。

 「魔界転生」の方は掛けた術者が死んでも効果が持続すると思われる。実際に武蔵が宗意軒を斬っても何ら問題が起きなかったし、術者の死で溶けてしまうなら宗意軒自身の転生も不可能な筈だ。とここまで書いてきてふと思ったのだが、朧の「破幻の瞳」*8は「魔界転生」を無効に出来るのか?

関連稿 時代小説人物評伝 果心居士森宗意軒

その参の余 忍法と幻法 (06/05/29追補)

 数ある忍法帖作品の中で己の秘術を「忍法」ではなく「幻法」と呼称するモノが二人居る。一人は南無扇子丸、もう一人は達忍乗鞍丞馬*9である。

 忍法と幻法は別物とする理由は無い。実際に扇子丸は大塩に売り込む際には忍法と言っている。これは術者の言い間違いと言うよりも、作者の書き間違いであろう。「武蔵野」は忍法帖末期、幕末モノから明治モノへの移行期に当たり、一方の「軍艦」は忍法帖初期「甲賀」「江戸」に次ぐ第三作で、まだ忍法帖ブームが起こる前の模索状態でのモノである。この二作品の自己評価が低いのはこの辺りにも理由があるのだろう。

*1 魔界転生

*2 外道忍法帖

*3 彦左衛門忍法盥

*4 忍者仁木弾正

*5 武蔵野水滸伝

*6 忍法死のうは一定

*7 忍法おだまき

*8 甲賀忍法帖

*9 軍艦忍法帖

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