達忍列伝

 達忍とは第一に主人公属性を持ち、第二に複数の忍法を会得した希有な忍者を指す造語である。基本的に団体戦である忍法帖にあっても主人公と呼べるモノが居る作品はある。また複数の忍法を会得した忍者も決して少なくない。そこで第三の条件として「悲恋」を挙げる。

 以上の条件を満たすのは以下の三名である。

その壱 おげ丸*1

 大久保長安が山窩娘に生ませた息子。姉が嫁いでいた服部半蔵の弟子となり忍法を取得する。死期を悟った長安が己の血と知識を後世に残そうと三人の伊賀くノ一を孕ませて野に放ち、これをおげ丸に守る様に遺言する。この三人の内の一人が半蔵の妹で他ならぬおげ丸の許嫁であった。保身に駆られた義兄から命を狙われる羽目に陥ったおげ丸は敢えて忍法を封じて戦うが、三人の娘とその子をすべて討たれ遂に封印を解いて反撃に出る。

 敵である甲賀組五幹部の人が蘇生術を持っているためここに至るまで只の一人も減っていない。それどころか殺された娘すらこの術に掛かって敵の手駒にされてしまう。

 彼の「不壊金剛」は敵の武器を寄せ付けず、「天地返し」で平衡感覚を狂わされ為す術も無く斬られるまさに鎧袖一触である。此処までは類似忍法が存在するのだが、最後の足跡を「砂地獄」と化し敵を地中へと沈めてしまうと言うのは他に見られない。

 彼の真の悲劇は結局復讐が果たせなかった点であろう。義兄三代目半蔵正重は実弟である京八郎、後の四代目半蔵正広*2に既に討たれていたのだから。

その弐 無明綱太郎*3

 十七の年に伊賀鍔隠れ谷へ赴き”本場”の忍法を会得する。5、6年の修行の後、父の死により後を継ぐ。恋人を斬って逐電した後、身を寄せた上杉家にて仕事を持ちかけられる。それは仇討ちを志す赤穂浪士の意志を挫く為に送り出される能登くノ一の差配であった。

 紙を包丁の如く使って刺身を作り、生きたままさばいて目的地まで歩かせる事が出来る。また、黒髪を編んだモノを刃として操り、粘痰を蜘蛛の巣の如くはき出す「蜘蛛の糸巻き」までは類似忍法が見られる。他に独自のモノとして無数の水鳥を舞わせて羽毛を降らせ、相手を窒息させる「鵞毛落とし」、更に刀が効かない相手を燃える投網で焼き殺したり、木蓮の花びらを散らし火の花と化す忍法を使っている。

 持ち技の数ではダントツで、しかも状況に合わせた多彩な戦い方である。彼の強さは結局のところ傍観者故のモノと言える。

その参 乗鞍丞馬*4

 飛騨幻法の継承者。師匠より、女に惚れると力を失うと言われたが、その通りになった。古い稿にて丞馬の幻法の祖は綱太郎ではないかと論考したことがあるが、女と忠義を嫌い抜いた綱太郎と女のために滅んだ丞馬を比較すると感慨深い。

 さて飛騨幻法は五種類で、刀を素手で受け止めて握り割ってしまう「断鉄法」、水のベールで身を隠す「水紗幻法」、自在に音を飛ばす「山彦幻法」、切り離された体の一部を自在に操る「飛魂幻法」、断末魔の生命力を肉体の一部に残す「死恋幻法」である。

 実のところ「飛魂幻法」と「死恋幻法」の違いが分りにくい。術者がまだ生きて(遠隔操作して)いるのが前者で既に死んで(自律行動して)いるのが後者なのだが、斬られた部分が元に戻せないのが欠点と言える。恐らく、断鉄法が基底にあって、これが破れたときの奥の手という位置づけなのだろう。 

 肉体を破壊されない為の忍法と、壊されることを前提とする肉体再生法とは対極にあって両立しないのだと思われる。これは水無瀬竜斎*5の「蝋涙鬼」を見ると分りやすい。あれは刀や鉄砲玉がすり抜けてしまうのだが、城ヶ陣内の「銅拍子」に首を持ってゆかれた。武器が巨大すぎて首と胴が完全に切り離された事が敗因と思われる。つまり完全に切り離された部分は元に戻せないのであろう。

忍法と幻法

その肆 欠格者達

 条件を満たさなかった主人公達を列記する。

 まず、置かれた状況がおげ丸と酷似しているのが根来七天狗を相手にした笛吹城太郎*6である。おげ丸があくまでも守りに徹しているのに対して城太郎は常に攻勢を取れる分だけ有利である。城太郎は残念なことに忍法を一つも用いていない。篝火に「三日月剣」を仕込んでいるのだから全く使えないと言うことは無いと思うのだが。果心居士の弟子となった後の彼で有れば達忍と認定しても良い。

 甲賀弦之介*7と天草扇千代*8。会得した忍法が単独で強すぎるため落選。また葵悠太郎*9や柳生十兵衛*10も剣士であって忍者でないので外れる。忍者を倒せるのは剣聖格というのが忍法帖の定説だが、十兵衛はともかく悠太郎はその段階まで達していないだろう。

*1 忍法封印いま破る

*2 忍者服部半蔵

*3 忍法忠臣蔵

*4 軍艦忍法帖

*5 忍法月影抄

*6 伊賀忍法帖

*7 甲賀忍法帖

*8 外道忍法帖

*9 江戸忍法帖

*10 柳生忍法帖

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