義満編

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正平二十四年(応安二年)

01/02 南朝方の楠木正儀(まさのり)が幕府に降伏する。(新暦1369/02/09)(婆娑羅)

この頃 伊賀と柳生再び敵対。柳生孫次郎家宗、伊賀衆との戦いで庶子十兵衛と共に消息不明。愛洲移香斎に師事し陰流を学ぶ。(謎解録柳生創生期を参照)

文中二年(応安六年)

秋 観阿弥、十一才になる息子鬼夜叉(後の世阿弥)を道誉に引き合わせる。(婆娑羅)

文中三年(応安七年)

八月 観世一座の勧進猿楽能が演じられ、将軍義満もこれを見物。道誉謹慎中の身を押して出掛ける。(婆娑羅)

08/25 道誉、将軍邸で義満の能を拝見。その大婆娑羅振りを見ながら苦悶の内に死亡。(婆娑羅)

弘和三年(永徳三年)

二月始め 後円融上皇、愛妾・三条の局を打擲。局と将軍義満の不貞に気付いた物と思われる。(柳生十兵衛死す)

明徳元年(元中七年) 

三月頃 月ヶ瀬の桃香野にて伊賀の三姉妹と柳生の三兄弟が祝言勝負が行われるが、二戦が終わった段階で中断。又十郎に負けたお鏡は菊水の鏡を抱いて柳生へ、環に敗れた七兵衛は金剛丸を携えて伊賀へ。

 伊賀の姉妹+七兵衛、世阿弥の連れてきた菊水党に弟子入りして忍法を学ぶ。同じく柳生の兄弟+お鏡、中条兵庫頭が引率する大塔衆と共に京の中条屋敷で剣法修行に入る。(忍法創世記)

秋 将軍義満が中条屋敷を訪れ、お鏡と菊水の鏡を召し上げる。(忍法創世記)

初冬 伊賀と柳生の三組のカップル、お鏡と菊水の鏡とを奪還した後、京を脱出。桃香野の地で改めて夫婦となるが、祖父祖母に連れられて別々に帰郷。(忍法創世記)

明徳三年(元中九年)

秋 伊賀の三姉妹、神器を守り各々の夫を討ち果たした後、男子を出産。後の伊賀と柳生(多分甲賀も)の遠祖となる。(忍法創世記)

10/02 後亀山天皇が、足利義満の申入れにより南北朝の合一を行うべく入京して嵯峨大覚寺に入る。(新暦1392/11/16)

10/05 後亀山天皇が、三種の神器を後小松天皇に譲り、上皇となる。

閏十月  伊賀の三姉妹、北朝の違約を知り牢の姫宮と共に花の御所へ切り込む。三姉妹は管領細川武蔵守頼之を討ち取って死亡。牢の姫宮は中条兵庫頭を斬って何処かへ消える。(忍法創世記)

明徳四年

 南朝方の公家衆の血筋であった伊予の方、後小松天皇の寵愛を受けて懐妊。後難を恐れ嵯峨の竹林へ隠れる。(柳生十兵衛死す)

応永元年

01/01 伊予の方、後小松帝の落胤を出産。後の一休禅師。(柳生十兵衛死す)

12/17 足利義満が征夷大将軍を辞任し、代りに子の義持が元服して室町第4代将軍になる。(新暦1395/01/08)

12/25 将軍を引退した足利義満、太政大臣となる。(新暦1395/01/16)

応永六年

 幕府の実力者大内氏、堺を攻める。(海鳴り忍法帖)

応永九年

 愛洲移香斎、将軍の剣法指南役として召し出される。御供衆の頭人に柳生十兵衛満厳を推挙。(柳生十兵衛死す)

応永十四年

十一月始め 青蓮院義円(後の六代将軍義教)一休に犬をけしかけるが、応永の柳生十兵衛これを制止する。その数日後、後南朝党、北山第にて将軍義満を襲う。十兵衛御供衆を引責辞職して柳生の庄へ戻る。(柳生十兵衛死す)

十一月末 十兵衛、一休母子を探す義円と遭遇。その直後、一休母子を伊賀へ送る途上の世阿弥と会い、これを柳生へ匿う。(柳生十兵衛死す)

応永十五年

一月初頭 一休柳生の庄を出て京へ舞い戻る。翌日、それを追って母伊予も京へ。十兵衛、世阿弥を伴って二人を追う。(柳生十兵衛死す)

下旬 後南朝の残党、一休を利用して神器を奪うも十兵衛と遭遇し阻止される。(柳生十兵衛死す)

二月初め 伊予の方、義円に捕らわれる。これを人質に十兵衛達をおびき出そうとする。を人質に十兵衛達をおびき出そうとする。(柳生十兵衛死す)

 六日 相国寺薪能。十兵衛、伊予を救い世阿弥達に託す。七重の塔落雷に撃たれ炎上。相国寺七重塔の落雷炎上は史実では応永十年。その間に世阿弥達は逃れるが、十兵衛は行方知れず。竹阿弥の能で慶安の世へ飛ぶ。(柳生十兵衛死す)

 七日 慶安の十兵衛、応永の世に覚醒。慶安の十兵衛の息子(ご先祖様)の又十郎に発見される。(柳生十兵衛死す)

 翌八日 一休母子、柳生の庄へ現れる。十兵衛の生存に驚く。(柳生十兵衛死す)

 柳生又十郎、父十兵衛の変貌への疑念を一休に漏らす。(柳生十兵衛死す)

二月末頃 一休、母と十兵衛の接近に不安を感じ母を伴って京へ向かう。途中宇治の平等院にて、義円と青蓮衆に発見されるが、追いかけてきた十兵衛に救われる。(柳生十兵衛死す)

03/04 義円、後南朝に捕らわれるも、これと取り引きする。十兵衛義円の奸計により火に巻かれるが、慶安にいる世阿弥の能で元に時代へ舞い戻る。(柳生十兵衛死す)史実ではこの日に義円が青蓮院に入室。

 舞い戻った世阿弥、後小松帝に関する秘事(彼が義満の胤である事)を語る。後小松帝の落胤である一休、己と義満の血縁関係を知り、愕然とする。(柳生十兵衛死す)

03/08 後小松帝、北山第に行幸。

 二十七日 十兵衛、一休母子を伴って北山第に現れる。十兵衛、無心の境地に入り、師である剣聖・愛洲移香斎を斬る。更に義満を斬ろうとするが、それは一休に制止される。十兵衛、窮地にあって三度目の時空移動。(柳生十兵衛死す)

 慶安へ向かう応永の十兵衛、応永へ向かう慶安の十兵衛と時間の狭間遭遇、相打ちとなる。(柳生十兵衛死す)

 二十八日 後小松帝還幸。右目の潰れた(慶安の)十兵衛の死体、山城の国木津川のほとりで発見される。(柳生十兵衛死す)

05/05 足利義満、没。51歳(誕生:正平13(南);延文3(北)(1358)/08/22)。(柳生十兵衛死す)

05/09 天皇が故足利義満に太上天皇の尊号を贈るが子の義持がこれを辞退する。(室町の大予言)

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