義政編
応永十八年
09/09 幕府が、明使の上洛を許可せず、帰国させる。以後日明貿易が停止。(室町の大予言)
応永二十一年
09/01 国司北畠満雅が、称光天皇の即位に反対して挙兵する。(明徳の和約によれば南朝から天皇が即位するはずであった)
応永二十二年
八月 将軍義持、北畠満雅を攻め滅ぼせず南朝後亀山法皇の仲介を入れて和睦。
応永二十三年
十月 上杉禅秀の乱。足利義嗣、出奔を試みて捕縛幽閉。
応永二十五年
01/24 義嗣、兄義持の命で殺害される。
応永三十年
03/18 足利義量が室町第5代将軍になる。(室町の大予言)
応永三十二年
02/27 足利五代将軍義量(よしかず)没。19歳(誕生:応永14(1407)/07/24)。(室町の大予言)
永三十五年/正長元年
01/17 義持、次の将軍をくじで決めるように遺言。(室町の大予言)
01/18 足利義持、没。43歳(誕生:元中3(南);至徳3(北)(1386)/02/12)。(室町の大予言)
01/19 石清水八幡にて将軍を決める為のくすのき籤が引かれる。結果青蓮寺義円が足利家の後継者に決まる。これを見分した一休宗純「一番おっかないのが引いた」と長嘆する。(室町の大予言)
03/15 義円、還俗し名を義宣を改める。
正長二年/永享元年
03/15 足利義宣が室町第6代将軍になり、名を義教と改める。
05/13 将軍義教が、世阿弥父子の御所への出入りを禁じる。義満時代の行動が咎められたか?(室町の大予言)
八月 称光天皇崩御。北朝伏見宮家より後花園天皇が践祚。これに反対して北畠満雅が小倉宮を奉じて挙兵。
09/05 「永享」に改元する。
12/21 将軍義教、北畠満雅を敗死させる。
永享三年
真夏 箪笥牢に押し込まれた法華の日親、「本能寺未来記」を入手。赤松満祐、将軍の興を引こうとして「太平記・円心覚え書き」を持ち出して解説するが、逆に不興を買う。(室町の大予言)
永享五年
11/27 延暦寺衆徒が蜂起し、将軍義教が諸将に攻撃を命じる。満祐、「本能寺未来記」の一節、「北嶺ヲ焼ク」を想起する。(室町の大予言)
永享六年
02/09 将軍義教の側室の日野重子に男児が誕生する。日野家に祝賀にかけつけた公家、武家、僧侶など60余人が、咎人のもとに出入りしたという理由で領地を没収される。
永享十一年
02/10 足利持氏が寺に火を放って自殺する。42歳(誕生:応永5(1398))。上杉憲実(のりざね)が、上杉持朝・千葉胤直に対して、鎌倉の永安寺に幽閉中の鎌倉公方の持氏を殺害するよう命じていた。
永享十三年/嘉吉元年
02/17 「嘉吉」に改元する。
04/13 薩摩の島津忠国が、戦功によって将軍足利義教より琉球国が与えられる(名目だけ)。
04/16 結城氏朝らが討ち死にする。40歳(誕生:応永9(1402))。鎌倉の足利持氏の遺児春王、安王をおし立てて将軍義教をてこずらせていた結城城が陥落する。「南総里見八犬伝」の発端となる結城合戦である。(室町の大予言)
05/16 将軍足利義教が、足利持氏の遺児春王、安王を近江で斬殺する。
五月 義教、赤松満祐の愛妾篠笛を寵臣・赤松嵐丸貞村に盗ませて、その暴発を誘う。(室町の大予言)
06/24 足利義教が、東洞院の赤松邸で赤松満祐に暗殺される(嘉吉の乱)。48歳(誕生:元中11(1394)/06/14)。(室町の大予言)
解放された日親、本能寺を燃え落ちた赤松邸へ移すよう唱える。
09/10 赤松満祐が山名持豊に攻められて自刃する。69歳(誕生:文中2(南);応安6(北)(1373))。(室町の大予言)
嘉吉二年
11/17 足利義教の長男義勝が室町第7代将軍に任命される。
07/21 足利義勝が落馬がもとで死亡する(赤痢のためとも)。10歳(誕生:永享6(1434)/02/09)。
嘉吉三年
07/23 21日に死亡した足利義勝の弟義成(のちの義政)が家督を継ぐ。
9月 禁闕の変。南朝の残党が神璽と宝剣を奪って比叡山に逃げ込むが、延暦寺の僧徒によって攻め殺される。宝剣は取り戻すが神璽は吉野の山深く持ち去られる。(柳生十兵衛死す・忍法創世記)
神璽を持ち去った南朝の残党は北山宮尊秀王(=自天王)を奉じて奥吉野川上村に秘朝を作る。(忍法創世記)
文安二年
六月 将軍待命者・足利三春丸、弟・義尋や日野家の富子姫と遊ぶ。三春丸の侍女お今、十六歳の管領細川勝元これを見守る。伊勢伊勢守貞親、三春丸にインコを献上するが、お今これを逃がす。(室町少年倶楽部)
五〜六日後 勝元、母堂重子夫人の留守を狙って三春丸を連れ出し、洛中を散策。実地教育を行う。これを心配して後を付けてきたお今、伊勢の遠縁の新九郎少年の仕返しにあう。通りかかった山名宗全、これを救う。宗全将軍一行を館へ伴い、勝元に娘との縁組みを申し出る。(室町少年倶楽部)
宝徳二年
春二月 勝元、三春丸の出家を防ぐためお今を三春丸の側室とする計画を推進。自身も三春丸の薦めに応じて山名の娘を娶ることを約束する。(室町少年倶楽部)
04/16 三春丸義成、元服。(室町少年倶楽部)
二十九日 将軍宣下を受け、義政と名を改める。(室町少年倶楽部)
七月 細川勝元、山名宗全の娘阿古を娶る。(室町少年倶楽部)
康正元年
08/27 日野富子(16)が将軍義政(20)の正室に迎えられる。(室町少年倶楽部)
寛正三年/長禄元年
04/08 太田道潅、江戸城を築城。
09/28「長祿」に改元する。
12/02 長禄の変。赤松の遺臣、後南朝の行宮を襲い自天王とその弟忠義王(後南朝の征夷大将軍)を討ち取る。神璽は吉野の民に奪い返される。(柳生十兵衛死す・忍法創世記)
長禄二年
08/30 後南朝に奪われていた三種の神器の神爾が興福寺衆徒などの活躍で奪い返され、赤松氏の遺臣小寺藤兵衛により朝廷に返される。(柳生十兵衛死す・忍法創世記)
秋 里見義実の長女伏姫、父の約束通り八房の妻となって富山へ入る。(八犬伝・虚の世界)
正室富子、側室今参り同時期に懐妊。
長禄三年
01/09 日野富子が男児を産む(まもなく死亡)。富子の兄・日野勝光、今参りの呪詛であるとして今参りの処分を要求。義政、殺すなと厳命し流刑とされる。(室町少年倶楽部)
伊勢新九郎、今参りの護送中にこれを殺害、六人の部下と共にそのまま駿河の今川家へ落ち延びる。(室町少年倶楽部)
秋 伏姫、八房の子を孕む。純潔を証明するため腹を割いて自害。そこから八ヶのたまが飛び出す。(八犬伝・虚の世界)
寛正四年
08/08 日野重子、没。53歳(誕生:応永18(1411))。
寛正五年
夏 義政、弟義尋に将軍職を譲ると約束。(室町少年倶楽部)
11/25 将軍義政が弟義尋を養子にし、義尋は細川勝元の屋敷に移る。(室町少年倶楽部)
12/02 義尋が還俗して将軍継嗣となり、足利義視と名のる(室町少年倶楽部)
寛正六年
二月 富子懐妊。(室町少年倶楽部)
11/23 足利義政の正室日野富子が義尚を産む。(室町少年倶楽部)
寛正七年/文正元年
春 伊勢貞親、管領の毒殺未遂で流罪。荷担した日野大納言(富子の兄)も蟄居となる。(室町少年倶楽部)
夏 勝元の妻阿古、男子を出産。後の妖管領細川政元。これまで跡継ぎとされていた宗全の子豊久を廃嫡する。(室町少年倶楽部)
文正二年/応仁元年
01/18 家督争いを続けていた畠山義就が(山名持豊の支持を得て)上御霊社に畠山政長を攻めて破り、応仁の乱が始る。(室町少年倶楽部)
03/05 「應仁」に改元する。
晩春 堺の傾城・地獄太夫自害。(地獄太夫)
05/26 応仁の乱の本格的な合戦が始まる。東軍は1月18日に敗れた畠山政長を支援した細川勝元ら16万1500余、西軍は畠山義就を支援した山名持豊はじめ斯波義廉ら11万6000余。将軍家も、将軍義政と弟義視が東軍に、日野富子と子の義尚が西軍に与する。この合戦で京は焼野原になる。(室町少年倶楽部)
文明十年
06/20 修験者寂寞道人肩柳(犬山道節)本郷丸山塚にて火定。(八犬伝・虚の世界)
06/21 犬士犬塚信乃と犬飼現八、古河城芳流閣で決闘。(八犬伝・虚の世界)
文明十一年
初夏 女田楽あさけの(相原胤度の一子・犬坂毛野)父の仇である馬加大記を討ち、犬士犬田小文吾を救う。(対牛楼の復讐)(八犬伝・虚の世界)
文明十七年
06/15 足利義政が出家する。
延徳二年
01/07 足利義政、没。55歳(誕生:永享8(1436)/01/02)。
長享二年
春 大浦元信、陸中鬼柳にて殺害。恩名呪楽斎、一人難を逃れお家を再興。(怪異二挺根銃)