魔法世界の資本論
§4 奴隷制に関する歴史的検証
4−1 奴隷制の起源
古代社会における奴隷は被征服民、捕虜そして債務奴隷に分けられる。前の二つは戦争によって外的に発生する物であり、最後の一つは社会内部の貧富の懸隔の増大と社会的統合によって内的に発生した物である。
被征服民は当然ながら、征服によって発生する。そして戦争による征服では敗れた社会全体を奴隷階層に組み込む事になる。それに対して、捕虜は基本的には戦場でのみ発生するもので、その対象は戦闘員に限られる。それに対し、共同体から没落離散した者が債務奴隷として社会経済的には捕虜・被征服民と同様の奴隷身分にされる。この段階は一括して社会的奴隷と名付ける。
こうして登場した最初期の奴隷は社会の共有財産であり、後に見られるような売買の対象とは成らない。そのような奴隷を売り買いするような交易相手が存在しないからである。社会が成熟してくると、隣接する集団との共存が考慮されるようになる。そうすると捕虜の返還や売却と言った新たな選択肢も生まれてくる。
奴隷の売買が経済活動の一角を支えるようになった社会(古代のギリシアやローマ)では、奴隷との調和関係を求める動きも生まれた。この状態の奴隷制を家内奴隷という。彼らは法的には奴隷であるが、主人と忠誠や愛着によって結びついている。
商人的経済が発展してくると、奴隷の転売が盛んに行われ、主従関係を安定化させてきた古い美徳は失われる。この状態が商業的奴隷である。
4−2 奴隷制の商業的展開
「商人的経済」の発生と共に商業的奴隷が誕生した。古代の社会奴隷制や家内奴隷制はその暗黒面を抱えつつも、奴隷が主人と個人的な接触を保っている限りある種の救いを残している。彼らは主人との関係に置いて個人としての地位を保持しており、昇進に当たる物を得る事もある。また主人の仕事を代行する責任を負ったり、その死後に事業を継承したりという事も珍しくない。
だが、経済性のみが追求され奴隷制度が大規模化すると事態は(奴隷にとって)悪化する。社会が徐々に良くなると言う社会進化論的な考え方が正しくない一つの証拠であろう。こうなると、奴隷は他の生産具と同じく利潤計算の対象でしかなくなる。奴隷が安価な場合にはその維持費(嫌な表現だが)は最低限に留め置かれるが、高価になってくるとその維持にも投資が行われる。それは結果として賃金に類似した形態を見せる。労働市場が奴隷市場からの転換であることは否定出来ない。
領主−農民体制下の農民すなわち農奴も他の商業的奴隷と同じように売買の対象となった。だが彼らは土地とセットで売られるので、売買の対象は農民自身ではなくむしろその領主権であった。商業的奴隷制の最大の問題点は、奴隷の家族的結びつきが無視されて個別に売買されるという点にある。
新大陸アメリカにおける奴隷制の復活は、アフリカという奴隷の供給源との接近から始まった。ヨーロッパには既に奴隷の需要が無くなっていたのに、新大陸にはあった。ヨーロッパ移民が持ち込んだ疫病に対して免疫を持たなかった原住民が大量に死んだため労働力が大幅に不足したのである。この特殊事情により自由労働へ均衡が振れたはずの労働市場が再び奴隷制度へと傾いた。この新たな奴隷問題を解決する方法は新大陸内部の禁令で止められる物ではなく、輸出先を押さえて新たな奴隷の流入を富める事が必要であった。
新大陸の黒人奴隷は読み書きを禁じられ、余計な知識を与えないようにし向けられた。ローマ時代には家庭教師はすべてギリシア人奴隷であったことを考えると皮肉である。古代では奴隷の方が主人より教養が高かったのである。
4−3 奴隷身分からの解放
古代の奴隷が解放される条件には幾つかある。債務奴隷なら、借金分の労働をこなせば自由になれる。これは現代社会の労働者とそれほど変わりない。ローンのために月給の一部を払い続けるサラリーマンはこの債務奴隷の延長線上に位置するとは言えないか。
捕虜は、本国が身代金を支払うか、あるいは戦争に勝てば解放される事がある。それに対して征服民は一番条件が厳しい。彼らは古代帝国における社会改革、つまり国民皆兵を目指した自由民の拡大政策によって解放される可能性があった。つまり、兵役の義務を負う代わりに自由民としての権利を得る事が出来た。この様な解放形式はアメリカの南北戦争でも見られる。奴隷解放を謳った北軍には解放黒人が兵として参加した。それに対し、南部では黒人は戦争とはいっさい無縁であった。どちらがより人道的なのか、近視眼的な見方では判断が付かないであろう。
商業的奴隷は、安価で供給されている時には容易に使い捨てにされるのに対し、高価になれば再生産(これも嫌な言い回しである)、すなわち奴隷の婚姻・出産が行われることになる。奴隷の福祉の観点から見れば、「奴隷制の廃止」それ自体より、「奴隷貿易」の廃止の方が重要かつ有効な第一歩となる。奴隷の売買が不能になれば、奴隷労働よりも自由労働の方が生産効率が高い事がすぐに実証される。そうなれば商業的な圧力から労働力の転換が起こる事になる。
4−4 魔法社会の労働力
魔法社会では人間以外に労働力が求められる可能性がある。第一に考えられるのが、家畜であるが、これは別稿で扱う事になるので除く。次が人型をしていて人でない物である。RPGではゴブリンとかオークなどの敵性亜人間が登場するが、これを奴隷として使役していると言う例は不思議と見られない。やはり過去の奴隷制度に対する反省が有るのであろうか。同じ人類である黒人が奴隷として使われるなら、明らかに人間ではない連中は使いやすいと思うのだが。ちなみに男女間で能力差を設けないと言うのも西洋発のRPGの特徴であろう。日本製のRPGでは男女の違いを打ち出したシステムも一部に見られる。
RPGでも見られるケースが死体を利用した奴隷システムである。敵として登場する悪の魔法使いがよく使うのがゾンビやスケルトンと言ったアンデッドモンスターである。この手の魔法はプレイヤーにも使用可能であるが余り推奨されない。但し、史実に見られるゾンビは本物の死体ではなく、罪人の意志を薬で奪っておいて強制労働を行わせたモノである。
最後が生きていない労働力、D&Dなどでコンストラクトと呼ばれた人造生命群である。異教の魔神を象ったガーゴイル、ピグマリオンの動く彫像やユダヤの伝説にあるゴーレムなど。これらなら、こういった物ならばあまり罪悪感を感じることなく使役可能であろう。これらが安価で手に入る社会なら、奴隷制はほとんど考慮されないかも知れない。
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関連稿 魔獣進化論 番外2 アンデッド