忍法帖謎解録 聖女と魔女 忍法帖ヒロイン考

 忍法帖における最強属性が「聖女」です。そしてそれと対置されるのが「魔女」となる訳ですが、この両者の系譜について分析し、忍法帖におけるヒロインについて考察します。

その壱 聖女の系譜

 切支丹モノも手がける山風作品にはしばしば聖女キャラが登場します。その特徴は無垢・無邪気。そしてそれ故にしばしば無慈悲な一面も持ち合わせます。

 忍法帖における聖女キャラの原型は言うまでもなく伊賀の朧姫*1。彼女の行動原理は恋人甲賀弦之介への愛に集約されるため、味方であるはずの伊賀の忍者達をしばしば危機に陥れます。しかも本人の「破幻の瞳」は意識せずに発動してしまうので厄介です。

 守り手に実力以上の力を発揮させると言うのが忍法帖における聖女の真価ですが、その代表格が麻也姫*2と村雨姫*3。実はどちらも人妻なのでで本来ならお方様と書くべきなのですが、麻也姫は床入り前の処女妻。村雨姫も初夜が済んで知るか不明。やはり聖女の条件は処女性なのでしょうか。

 やや変格的ではありますが、根来忍者の忍法に耐えきったお京*4もここに加えて良いのかも知れません。結果として三人の忍者と許嫁である主人公を死に至らしめ、それでも冥府で守護すると言わしめたのですから。

その弐 魔女の系譜

 別稿で魔女の原型は朧姫との対比から陽炎*1と書きましたが、甲賀は弦之介と朧の悲恋が機軸なのでその周囲はすべてそれを浮き立たせるための添え物に過ぎないと言えます。

 魔女の特徴は敵方の主人公に惚れてしまって、それ故に滅んでしまうことです。守護者達の犠牲の下に生き残る聖女とは逆に、多くの魔女は自己犠牲によって主人公を救います。この特性が最も顕著なのが芦名銅伯の娘おゆら*1でしょう。彼女は後半からの登場にもかかわらず、ヒロインである堀家の女達を完全に喰ってしまいました。

 聖女と魔女として作品中で明確に対置された例が御台様・夕子と昼顔の方*7ですが、御台様の方に聖女性が薄く、昼顔の方が聖女性を内包して居るように見えます。御台様の聖性はその影であった鶯の死と共に消滅し、生き残った夕子はごく普通の美女に過ぎない感じです。要するに主人公の恋慕は、山風作品でしばしば見られる男の勘違いであり、むしろ昼顔の主人公への恋慕の方に純粋性を感じます。

その参 聖女と魔女の揺らぎ

 聖女と魔女は女性の両極面であり、実際には容易に反転しうるモノです。これを最も顕著に示したのが忍法帖最大のヒロイン千姫様でしょう。時系列的には復讐に燃える魔女*6からなさぬ仲の娘を守る聖女*5(と言うか烈女)へと変貌しています。処女性という意味では養女・天秀尼の方が聖女性を有しそうなのですが、あの作品では主人公サイドが(柳生十兵衛を除いて)すべて女性ですから、天秀尼を守ると言う構造に成り得ませんでした。

 聖女にして魔女と言えるのが遊女伽羅*8です。遊女にして聖女というのは一見して矛盾するようですが、キリスト教にはマグダラのマリアという実例があります。彼女の正体はヒロインであり、ラスボスでもある(つまり朧の変形)マリア天姫でした。天姫はその忍法「黄泉がえり」により永遠の処女足り得る存在ですが、その行動理念は、主人公に肩入れして味方であるはずの童貞女達を死なせてしまうと言う点から見ても魔女そのものでした。

 そして魔女に成りきれなかった聖女と言えるのがお美也様*9。彼女を守ろうとする主人公・乗鞍丞馬を破滅へ追いやると言う点で彼女は聖女たる資格を有しますが、一方で夫の死の原因を作ったことから魔女へと転落していきます。しかし、完全なる魔女に至らなかった事がこの作品の後味の悪さを生み出しているとも言えるでしょう。

その肆 結論めいたもの

 忍法帖では無いのですが、氏は「世には男を成功させつつ不幸にする女と、男を凡俗化させつつ幸福にさせる女がある」*10と書いています。前者が聖女で後者が魔女と考えれば良いでしょう。普通の女性はそこまで極端でなく、この両者の間のどこかに位置する訳ですが。

*1 甲賀忍法帖

*2 風来忍法帖

*3 忍法八犬伝

*4 忍びの卍

*5 柳生忍法帖

*6 くノ一忍法帖

*7 海鳴り忍法帖

*8 外道忍法帖

*9 軍艦忍法帖あるいは飛騨忍法帖

*10 美女貸し屋@男性周期律