佐七改稿録

 作者には改稿癖があるが、佐七以外を主人公にした物のほとんどが佐七物に改作されている。その一方で佐七物から金田一物へ改稿された物もある。

 此処では改稿前後の作品を比較してその違いを検証する。

 分量が多く成りすぎたので、佐七モノから別作品への改編を分離。(08/10/22)

お役者文七→人形佐七

 「お役者文七捕物暦」は長編四作と短編三作が書かれた。長編は単行本化されたが、短編の方は内二編が佐七物へ改稿されたた事もあってか長く刊行されなかった。これが生誕百年を記念して徳間文庫から纏めて刊行されたのである。

 文七はキャラ的には佐七との類似点が多いが、作中での役割が微妙に違う。佐七は明らかな本格派の名探偵だが、文七はハードボイルド型のスリルシーカーであり金田一物の多聞修の役柄に相当する。その為、改稿は単純に名前を変えるだけでは済まない。

 佐七物では調査は辰と豆六の子分二人に任せて佐七は後方に控えているが、文七物では文七はだるまの金兵衛(役割的には佐七に相当する)の乾分である雁八と組んで前線に出張ってくる。

「江戸の淫獣」→「浮世絵師」

 謎の絵師・猫々斎が登場したとき、原型では文七(と雁八)が居合わせていたのに対し、佐七物では佐七一家は後から登場する。佐七が居れば一発でその正体を見破っていただろう。実際、登場人物の一人はこの時点で正体に気付いていた。文七も後にその正体に気付くのだが、その時には事件はほぼ終わっていた。

 文七の代わりに挿入された人物、そして猫々斎の仲間として新たに一人の人物が挿入され話は若干膨らまされている。その結末も原型よりは少しだけ和やかな物に変わっている。

「恐怖の雪だるま」→「梅若水揚帳」

 事件の発端となる水揚帳の書き主の名前が唐草源太から源氏の梅若に変更されている。雪だるまの中から死体を発見する役も原型の文七と雁八から辰と豆六に変わっている。他にも細かい変更点はあるが、佐七物の方が結末がやや救いのある物に成っているのは、作品のカラーの違いであろう。

金田一耕助→人形佐七

「お高祖頭巾」@朝顔金太S19→「黒蘭姫」@金田一耕助S23→「万引き娘」@人形佐七S27

 プロットが同じなのは一目瞭然なのだが、先に金田一モノで読んでいたので初めは順序を逆に考えていた。春陽版には未収録だが佐七モノで原題そのままの「お高祖頭巾の女」と言う作品も有るらしい。これは時系列上は「黒蘭姫」よりも後に成るが、原型からそのまま改作されたのだろう。朝顔金太モノはすべて佐七モノに改作されている関係で原型作品は読もうとすれば掲載雑誌に当たるしかない。

 最終稿はタイトルからネタバレという気がするが、”万引き”という用語は当時から有ったのだろうか?まあ、佐七モノを読むと登場人物が現代的な言い回しをして、まさかそんなことは言いやしないが、と続けている描写も多い。

 出版芸術社版で補完された春陽版未収作品集により佐七版の「お高祖頭巾の女」を読了。こちらは「黒蘭姫」と顛末までほぼ同じだが発表順では後になる。筋があまりに似通っているので展開を一新した改稿版が「万引き娘」ということになる。(09/03/14追補)

「雷の宿」@黒門町伝七→「泥の中の女」@金田一耕助→「雷の宿」@人形佐七

 上と同じ。伝七モノの原型は未読だが、原型をまず金田一が登場する現代モノに改稿し、それとは別に原型を佐七モノに置き換えたと言うのが正しいのだろう。目撃者となった佐七の子分辰五郎が雷嫌いである点が現行版の面白いところで、将来の改稿を見越しての布石だったのかも。(12/10/08追補)

その他→佐七

「妖説血屋敷」S11→「血屋敷」S49

 原型は戦前の短編。最終稿まで数度の改題・改稿が確認されていますが、当然途中は未読です。原型短編は角川文庫版で既読でしたが、金田一モノ以外はあまり再読していなかったので気付きませんでしたが、ちくま文庫の怪奇探偵小説傑作選を読み直していて発見しました。

 夢遊病が出てくるなど、後の本格ものに通じる要素が多いが、原型では探偵役が存在せず自己完結する。佐七版では当然佐七によって謎が解かれるのだが、結果はあまり変わらない。

 全くの蛇足だが、原型では菱川流の初代は文化年間の人となっている。全くの偶然だがこれは佐七の活躍時期に当たる。

「雷の宿」@伝七S26〜28 (「泥の中の女」@金田一S32) 「雷の宿」S43 (09/07/04追加)

 原型版は未読。そもそも単行本化されず、伝七モノは他の捕物帳と同様にすべて佐七モノとして改稿されて最終稿となっている。途中に挟まっている金田一モノはプロットが共通だが、科学捜査の有無によって二つの殺人の順序の判明過程が異なる。

由利→佐七(→金田一)

 「嵐の道化師」S14→ 「嵐の修験者」S16 (08/10/22追加)

 由利先生モノを再読していて類似を発見。

 事件に遭遇する三津木の役割を辰五郎と豆六が受け持つのだが、辰五郎の雷嫌いという弱点が話に彩りを添える。原型の方は由利先生が後から登場してくるのだが、佐七モノでは等々力警部モノの位置も佐七が埋める。事件そのものは由利=佐七が特に手腕を発揮することなく解決する。

 「盲目の犬」S14→ 「狼侍」S16 (11/03/07追加)

 由利先生モノを再読していて…。

 由利が佐七、三津木が辰と豆六に替わっている訳だが、台詞回しがそれらしく変更。辰と豆六がそれぞれ別の人物を犯人と主張するのだけど真相は更に複雑。

「黒衣の女」S14→「紅梅屋敷」S16→「夢の中の女」S31 (12/10/15追加)

 由利先生ものであった「黒衣の女」をそれぞれ佐七もの・金田一モノに書き改めたもの。三年前の事件の真相を解くためにヒロインが謎のその指示通りに動いて…。と言うプロットが共通。顛末についてはゆりモノと佐七モノがほぼ同じ(お粂の悋気が加わっているが)なのに対し、金田一モノは真相が大きく異なる。

改稿録2へ続く

参考リンク 横溝正史捕物帳リスト

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