魔法世界の資本論

§8 富の再配分と納税制度

 国家が商人の富を的確に把握した徴税を行えるとしたら、国家財政は忽ちに潤うであろう。総生産が掴みやすい農業社会と異なり、商業が発達するとそれは容易ではなくなる。税制問題というのは多くの税を勝ち取ろうとする政府と取られまいとする商人との知恵比べと言えよう。

8−1 富の再配分の原則

 農耕発生以前の狩猟採取経済下では、すべての財は氏族社会の共有とされた。この原始共産主義を総有制と呼ぶ。やがて人口の増加圧によって食料供給システムに変革が必要とされた為に食料生産が試みられた。初期農耕はそれまでの狩猟採取より劇的に食糧供給が増えた訳ではないが、安定した供給が見込めるという大きな利点がある。やがて技術(そして魔法文明)の発達により農業生産力が高まると富の蓄積が興り、私的所有の概念が発生する。

 貧富の差はやがて債務奴隷という社会の歪みを生み出す。奴隷制の展開についてはいずれ別稿を設けるので言及は避ける。ともあれ貧富の差は引き起こす社会不安は古代帝国の存亡に関わる問題であった。と言うのも、古代帝国の軍事力を支える国民皆兵の制度は自由民のみをその対象としていたからである。いかなる時代に置いても奴隷を戦争に引き出す制度は存在しなかった。希に起こるのは自由民への格上げを条件とした徴用である。戦争というのは奴隷を生み出す元であると同時に奴隷を解放するきっかけとも成った。

 富の再配分の原則は簡単である。富める者から集めて貧しい者へ与える事である。ローマ帝国においては富める者は公共投資という形で富の再分配を試みた。一方貧民への救済は小麦粉の配給という形で行われている。これが俗に”パンとサーカス”と呼ばれるローマの社会福祉制度であった。これが不十分であった最大の論証が貧民の間に広まっていったキリスト教の存在であろう。

 宗教組織による貧民救済は富の再配分において重要な位置を占める。この理論を最も明快に打ち出したのがイスラームにおける喜捨の教えであろう。富める者は教会に寄付を行い、教会はそれを貧民へ施す。これは教会組織の維持拡大においても、社会制度としても実に良く出来ている。

8−2 直接税

 納税制度の発端は徴兵免除の罰金であったと思われる。社会福祉という概念の無かった古代社会では国家の責務は防衛のみであった。エジプトのピラミッド建設は農閑期に仕事を与える一種の公共事業であったらしいが、これは繁期と閑期がはっきり区分されるエジプト農業の特異性に起因する。要するに古代社会では民から税を集めてもするべき仕事が無いのである。

 農耕社会では富める者からの資金徴収はそれほど困難ではなかった。だが重農主義経済では不動産がその主要財源であるのに、重商主義経済へ移行するとそれが動産に代わる。不動産に比べ動産はその補足が非常に難しい。

 そこで次に出て来るのが財産税という方式である。農民なら土地の(収益でなく)価値に対して、商人なら資本に対して一定の率で税を課する。この間接税の一つとして中華帝国で考案されたのが塩税と呼ばれる消費税である。これは史上最悪の悪税である。歴代王朝の倒壊原因の一つとして常に塩賊の反乱が指摘される事からも明らかであろう。江戸時代の石高制というのは実際にはこの方式であったらしい。実際には土地を持たない漁民や米以外の産物を作る畑作民も石高換算で年貢を賦している。

 これが後に個々の利益に対して税を賦す所得税へと変化する。だがその為には所得を評価する様々な手段が必要になる。そしてそれはまだ完全とは言えない。だから脱税という行為が存在するのである。

8−3 間接税

 財産税や所得税は負担者と支払者が同一であるが、これが異なるのが間接税である。

 居留地を動かない農民に対して商人はじっとしていては商売にならない。そこで流動資産を捕らえた最も簡単で確実な徴税手法は、街道に関所を設けて徴収する通行税ではないかと思う。儲けがいくら出たかについて正確に補足するのは難しいので、たとえば町への入門に際して課金するのは有効であろう。

 しかし過ぎると経済の停滞を招く。そこで次に考えられるのが商品に一定の割合で課金する間接税である。これも商業活動が特定の場所に限定されている状況では有効であるが、商業活動が盛んになるとやはり成長を阻害する要因になる。

 関税(輸入税)というのはある意味でこの両者の要素を併せ持つモノといえる。島国であるイギリスや日本ではこれが有効に機能した。江戸時代の鎖国の実体は幕府主導の統制貿易である。密輸と言うのは禁制品の売買のみならず、税を逃れることで利益率を上げようと言う意図もある。

8−4 魔法的考察

 しかし、魔法を用いればより適切な徴税額を弾き出せるかも知れない。例えば、1)魔法を使える収税官が巡回して商人の稼ぎを調べて脱税を摘発する、2)錬金術で作り出した生きている貨幣を流通させて、貨幣が一カ所に一定量以上固まった場合に一部が目覚めて自動的に国庫へ戻るようにする。

 さて収奪される商人の方はどうするか。儲けてもどうせ税でもって行かれるならばと商売を縮小するか。累進課税ならばそう言う事にも成るであろうが、税率が一定であれば、商人はたくさん儲ければたくさん手元に残せるのである。よって国家と商人達の駆け引きは商業の発展に繋がる。そして最も効率の良い経済システムが構築されるであろう。それはやはり市場経済システムだと思うのだが。

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