テーマ9 予定調和の罠

 今回の素材は「闇の太守」(講談社文庫・ノベルズ 山田正紀)です。これは全4巻となっていますが、短編を収めた第一巻と連続した長編である2〜4巻はキャラクターこそ共通するモノのほぼ別物と見て良いでしょう。このうち長編部分を俎上に上げます。

歴史物RPG

 どんなRPGでも多少はありますが、歴史物(あるいは原作付き)を扱場合にはプレイヤーとキャラクターの知識の境界が特に問題となります。具体的に言えばプレイヤーは史実を知っているが、キャラクターは知らないと言うことです。

 プレイヤーとして、知っていて知らないフリをしてプレイするのは実際には結構難しいのです。ましてそれが歴史的事実であれば、予言者として行動することも可能なわけです。逆にマスター側としても予言(もっと単純な占い)というのは実に使いにくいネタなのです。そしてそれだけにうまく決まったときの満足感も大きいのですが。

 「闇の太守」には明智光秀、織田信長、木下藤吉郎(=豊臣秀吉)という三人の歴史上の重要人物が登場します。一方の勢力がこれらの人物を背後で操り、主人公側がこれを排除しようとして動く、と言うのが主要な流れになります。

 敵方の目的は歴史を操ってとにかく多くの人間を死に至らしめること(彼らは”贄”と称していました)でした。そこでまず天下に野心を抱く御門十兵衛(後に改姓して明智光秀となります)を使って平和な朝倉領一乗谷に嵐を起こします。その一方で尾張の小大名織田信長に肩入れして桶狭間での勝利を勝ち取らせます。

 ここまではまだ良いとして、さらに織田家の一部将に過ぎない木下藤吉郎にまでその触手を伸ばします。ここが致命的に拙いと思うのです。ここで敵方が秀吉に目を付けた必然性が感じられません。正直言って、秀吉の天下取りという結果に引きずられたとしか思えません。秀吉の凄みを演出するなら、むしろ彼の側からアプローチさせる方が自然だったのではないでしょうか。

 秀吉は光秀がやってきた際に取次役を務めて”是界”の名を耳にしているので、その背後関係に気付く伏線が出来ています。にも関わらず、後に本人が彼の前に現れたときそれを思い出していません。迂闊だったのは秀吉かそれとも作者なのか。

偽書の誘惑 

 4巻のあとがきで「武功夜話」を参考にしました、とあります。どの程度影響を受けているかは判別できませんが、同書をほぼ偽書と考えている*1私としては、「やっちゃったな」と言う感が強いです。用いたデータが不正確なら正しい結果が出ないのも仕方がないかなと思います。3・4巻が文庫化されないのもその所為なのかと邪推したりしています。

 同時代の有名人を絡めて見たくなる気持ちは実によく分かります。たぶん、最初の構想(八岐の大蛇の眷属を主人公が順次討ち果たして己の宿命を見いだしてゆくと言うモノ)だと地味すぎて読者受けしなかったんでしょう。

 本伝(長編である2〜4巻)で塚原卜伝が敵役の一人として登場するのは初期構想の名残でしょう。その辺も違和感を覚える要因の一つですね。主敵是界とそれに操られる光秀・信長との戦い、と塚原武士団との戦いがいまいち結びつかないのです。

対照実験

 あまり気が進みませんが、類似作品を提示してみましょう。例によって、山風作品ですが「妖説太閤記」を紹介しておきます。これも秀吉が天下を取ったと言う結果から逆算した作品には違いありません。ただし秀吉を主人公にしているために構成がはっきりしています。それに比べると「闇の太守」の方は、どこに視点を置いて良いやら…。

 もう一つ類似作品として「銀魔伝」(中公文庫 井沢元彦)を上げておきます。これは銀魔という謎の存在を軸として描かれた闇の江戸時代史とでも言うべき大河時代小説です。まだ未完の作品ですが、今年中に新刊が出ると作者のHPで明言されましたので、期待を込めて紹介しておきます。

 参照:井沢元彦の書斎

 次こそはかねてから予告している捕物帖やりたいなぁ。

*1 「偽書『武功夜話』の研究」

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