世界観比較私論 ファンタジー編
§1 多元宇宙 マイクル・ムアコック
主人公に主眼のある単純な(決して貶している訳ではありません)コナン世界に比べ、ムアコック世界は極めて魅力的である。それはキャラクターが背景世界と密接な関係に有るからである。コナンに対するアンチテーゼとして作られたエルリックの世界はそれが特に濃い。その辺が趣味の分かれるところであろう。
エルリックは古き支配民族メルニボネ人(一般のRPGならエルフに相当するだろう)の王であり、現世に置ける世界最強の魔法使いでもある。彼らの守護神は混沌の神々であるが、人類の常識からすれば悪に分類されるであろう此の神々に対するエルリックの疑念が物語の軸となる。エルリックは愛する女性を次々に死に追いやり、祖国を滅亡させて守るべき民を路頭に迷わせる。
法と混沌の神が鬩ぎ合うのが、ムアコック世界の共通法則と言える。此の両者はどちらかが悪と決めつけられる物でなく、両者の均衡こそが理想とされる。その均衡を司る代行者がムアコックの描く主人公達、即ち永遠の戦士(エターナルチャンピオン)である。
ムアコック世界では人類はマブデンと呼ばれる不完全な存在である。それに対し、エルリックの属するメルニボネ人やコルムの同族ヴァドハーはより長い寿命を持ち、魔法に対する高い適合力を有していた。マブデンはこれら優良先住に抗すべく混沌の神々を招き入れるが、いずれも取り込まれて悲劇を迎える。
エルリック世界では混沌へ傾きすぎてすべてが無に帰るが、コルムの時は混沌の三神がコルムの活躍で駆逐され均衡を保つため法の神々も殺される。エルリックの守護神アリオッチが、コルムの世界で混沌の三神の一人”剣の騎士”として知られるように神は別次元にその実体を持ち、何らかの方法で人間界(物質界と言っても良いだろう)へ影響を及ぼそうとする。その影響力が切れたとき、その世界においてはその神は”死んだ”と見なされる。ちなみに残りの二神だが、剣の女王はキシオムバーグと言ってエルリックサーガでも登場する。最後にして最強の剣の王マベロードはエルリックの世界ではそれほど強力な存在ではないと言う。
ムアコックを象徴する四戦士の内、エルリックとコルムは既に触れたように非人類である。エレコーゼは人類(それも現代人)であるが、全ての転生の記憶を所持するのでそのメンタリティは不死に近い存在である。
これら超人的なヒーローと違って四人目のホークムーンのみは完全に人類であり、その背景世界も最終戦争後の地球で、我々に馴染み深い地名が数多出てくる。ホークムーンの宿敵暗黒帝国グランブレタンが作者の故国イギリスであるのがまた何とも言えない。。またエターナルチャンピオンの転生のサイクルを終えた(百万世界の合)後も、彼のみが生き残っている点も興味深い。
ホークムーンの生きる世界はRPGで再現されているのだが、残念ながら未訳である。
蛇足:四戦士の競演
エルリック
「この世の彼方の海」(旧二巻・新版でも二巻に収録)
第一の書「未来への旅」にて四戦士が一同に集う。アガックとカガックの兄妹を倒した後、エルリックとコルムは舟に戻り、エレコーゼとホークムーンはその場(タネローンの残骸?)に残る。
→黒い舟の戦士達(ネタバレ注意)
「暁の女王マイシェラ」(旧四巻・新版は三巻に収録)
第三の書「一つの目的を持つ三人の勇者」にてコルムに呼び出される。その後、「一なる三者」を完成するためにエレコーゼが合流する。(コルム「剣の王」)
コルム
「剣の王」(第三巻)
第二部の終盤で「三位一体」を為すためにエルリックを呼び出す。(エルリック「暁の女王マイシェラ」)
ホークムーン
「タネローンを求めて」(ブラス城年代記・三巻)
黒い舟で四戦士が集う。(エルリック「この世の彼方の海」)アガックとカガックの兄妹との戦いがホークムーン視点で描かれる。また、エルリックとコルムが去った後の結末が書かれる。