第弐相 裁かれる者達

その壱 板倉屋金兵衛とお史

 若き頃見初めた女の娘を、出世してから金にものを言わせて手に入れる。というのは山風作品でも結構見られる典型です。(その代表例が「妖説太閤記」)そして手に入れた女が、変貌していくのもありきたりですが、漫画版ではM属性にされているところが斬新というか。

 お史に関しては、原作では出番の少なかった空也の活躍を大幅に加えている事もあって、その後も重要な場面で大活躍します。

その弐 死不知の死之介とお志摩

 まず死之介が日本刀をも握りつぶす怪力ととんでもない舌の持ち主にされている事。前者はアクション用、後者はエロ用ですね。方や妻のお志摩は一見聖女風なれど、ややSっ気有り。漫画版ではここがやや誇張された上に、年齢不詳の魔女と化しています。そこに天四郎の邯鄲の術が絡むので非常に衝撃的です。

 二人の結びつきについても脚色が加えられていますが、それよりも問題は死之介の死。原作では自殺ですが、漫画では天四郎の糸で刻まれます。この為の怪力だった訳ですね。お志摩は原作では空也に助けられて(この部分は後で判明)姿を消すのですが、漫画版では彼女を美しいままで残したいという死之介の意図で殺されて、二人一緒に川底へ沈みます。そして引き回される筈だった死之介の死体の代わりを勤めるのが彼の特徴的な舌。漫画で付けた属性を見事に消化していますね。

 死之介に賭場を提供していた旗本織田右京は彼に博打を仕掛けて妻を取られるのですが、漫画ではかけの道具として掛け金の方に取られた母と娘が使われました。どう使われたかはここでは書きませんが、この親子が空也に救われる事になります。

 死之介の一件で姿をくらますのがお志摩と右京の夫人の二人だったので、ある意味で人数合わせに成りますね。しかも任務の本筋に絡まない分、鳥居様からの不興も買いにくいし。(既にお史を目の前で攫われているのだから余り関係ないのかも知れませんけど)

その参 矢部駿河守

 この中で唯一?の実在人物。その死に様(餓死)も史実通りなのですが、そこへ至る過程は原作と漫画で微妙に異なります。

 最大の違いは、漫画版では美痴(何とも見事な造語です)と化したお史が女中として奉公している事。これが矢部家破綻の糸口となるのですが。(天四郎の目的が正義から復讐へとずれていますね)

 原作で触れられている駿河守の日常の”書き物”が絵画になっているのですが、これがお史をモデルとした春画へと発展します。天四郎はこれを利用して矢部家の離間を図ります。それはほぼ原作通りなのですが、背後に鳥居の忍者の存在を感じ取った駿河守と天四郎の対決が加えられます。

 天四郎を「鳥居の歪んだ正義をうつされた」と哀れむ駿河守。天四郎の挙げる悪を「気の病」と切って捨てた駿河守の言う悪とは「他人の苦痛に対する無関心」(C・ウィルソンの著作より引いたらしい)。天四郎が駿河守の一撃を交わせなかったのは単に駿河守の武芸が優れていただけでなく、彼自身の迷いが動きを鈍らせたのでしょう。

 入水したと見られていた嫁の貞代は空也に救われていたのですが、これが証されるのは原作の終盤。原作では登場しないエピソードですが、貞代は夫の忘れ形見を出産します。あの状況下ではそう言う理由がなければ彼女は生きていられなかったでしょうねえ。

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