忍法系譜 その拾壱 大奥暗闘史

 少し視点を変えて将軍家の内部事情に着目してみる。

その壱 卍の影

 大老・土井大炊頭は本多正信より引き継いだ”徳川の盾”としての役目*1を果たすべく、徳川家安泰の障害となる家光の実弟駿河大納言忠長の排除を計画する。甲賀・伊賀・根来より一人ずつ代表を選び、それぞれに相反する命令を与えた。

 伊賀・根来の代表については既に別稿で語ったので此処では残った甲賀代表を紹介する。百々銭十郎*2は「白朽葉」により精液を全身に漲らせ、女を引きつける。彼が溜まった精液をはき出したときその女の血は「赤朽葉」となって敵を斬る。

 この計画における大炊頭の真の目的は三つの忍び組を解体し、近習椎ノ葉刀馬をその首領とする新たな忍び組を創設すると言うモノであった。しかしそうなると伊賀甲賀の両組を支配している半蔵の立場はどうなるのか。

 危機感を憶えたのであろうか五代目服部半蔵*3はこの計画の裏でなにやら奇妙な動きを見せている。三人の伊賀くノ一を伴って甲賀組を訪れ、「色の道の迷う」と言う弱点を克服するためにと称して甲賀三天狗と試合をさせている。

 籠坂新五郎は剣で戦いつつ針を飛ばして相手を落下点に誘う「剣雹」の使い手、車川天童は「首鋏」と名付けた刃渡り六、七十センチはある長大な植木鋏を槍の如く使う。雲雀竜助は単純に混じりけのない剣術を使う。対する伊賀組くノ一は、全身を巨大な陰部と化す「大陰体」の使い手お染、会合によって卵を男の体へ流し、老いてゆく「卵液逆流れ」の朱美。だが一人お塔だけは己の忍法を見せていない。

 半蔵は三人の伊賀くノ一を忠長の身辺警護に送り込み、その後甲賀三天狗を忠長を死に追いやる使者として送り出す。三天狗の内二人は結局くノ一の色香に迷って討たれ、お塔の裏切りがなければ任務は失敗していただろう。これは半蔵の誤算なのか。

 だが椎ノ葉刀馬が忠長に、正確には彼の供をしたお京に殉じて切腹してしまった為、大炊頭の計画は画竜点睛を欠く結果となった。これで半蔵の首は救われた事になる。これがすべて計算ずくであったなら大したものだが…。

その弐 五代将軍継承問題

 四代家綱は男子に恵まれず、将軍継承問題が持ち上がっていた。下馬将軍と呼ばれ、絶対の権勢を誇っていた大老酒井雅楽頭は京より宮将軍を迎えようと図っていた。

 さてそんな情勢とは関わりなく、貧窮していた伊賀甲賀組では首領の服部百蔵*4の指導で忍法による内職が提案された。

 伊賀の瓦楽太郎が教わったのが男女が過去二十四時間以内に何度会合したか測定する「ちゅうだこの術」。同じく馬見印兵衛は男にどれだけたまっているか測量する「きんたまりの術」を、そして甲賀くノ一おゆたには女が処女であるかどうかを看破する「膜鳴りの術」が、同じく千也には男根が勃起しているかどうかを探知する「すじがねの術」と言う具合である。

 これは意外に繁盛したのだが、思いがけず実戦の場に駆り出されることになった。四人は「上様の御交合ぶりを」探るように命じられる。四人は更に懐胎の音を探る術を身につけ、お丸の方の受胎を確認する。

 さてこれと並行して、酒井大老はいかなる女性も確実に(実際には十の内六、七ほど)身籠もらせるという「肉太鼓」の使い手六波羅十蔵*5を召し出して上様お手つきの御中臈を懐胎させる様に指令した。彼は大奥を守る同輩の抵抗を突破して七人の御中臈の内四人までを懐胎さしめる。

 この二組が何故かち合わなかったかと言えば、内職組が家綱の行動が伊賀組公認であったこと、その行動範囲が三名の家綱が交合可能な寵姫のみに集中していたからだろう。そして十蔵が相手にしたのは家綱が手を出さないと分っている女性と思われる。

 雅楽頭は確実に家綱の胤と分っているお丸の方の子を水にせよと命じる。これは明らかに幼君弑弑虐の罪になる。窮した百蔵は伊賀の二人を攻撃側に、甲賀のくノ一を防御側に配する。もしかすると両天秤というのは服部家が生き残るための常套手段なのかも知れない。

 この時勝ったのは甲賀方で、お丸の方は無事男子を出産する。この子が後に成長して葵悠太郎*6と名乗るのだが、これを亡き者にしようと襲いかかるのが甲賀組というのは何とも皮肉である。

 一方、十蔵が”巻いた種”は大老失脚の後、政権を担った堀田筑前守の命で十蔵自身が水にする。十蔵は自らの子を殺して回った挙げ句に六波羅家も断絶となる。筑前守はすでに根来お小人組の登用を決めており、伊賀組の六波羅家にはいずれにしても未来はなかったのである。

*1 忍者本多佐渡守

*2 忍びの卍

*3 くノ一地獄変

*4 読淫術

*5 忍法肉太鼓

*6 江戸忍法帖

 

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