忍法系譜 その弐 果心幻術の系譜

 忍法の本流とは異なる果心居士の幻術を受け継ぐモノ達。

その壱 根来七天狗

 戦国の梟雄・松永弾正久秀と根来忍者を結びつけたのが謎の妖人果心居士であること疑い得ない。但し、居士の直弟子である七天狗*1の紹介に当たって

「もと、根来寺におったおったものども」

 と言う表現を用いている。  

 果心流が根来忍者すべてに伝えられたのではなく、根来を離れたこの七天狗のみが会得したのではないか。想像を逞しくすれば、彼らが果心に師事したために根来を追われたのではないかとも取れる。

 彼ら以外の根来忍者達*2も超絶の忍法を会得しているが、それは後に見られる伊賀甲賀系とほとんど変わりないモノであった。

 そこで七天狗の果心流幻術と根来流との判別を試みる。

その壱 果心流と根来流

 完全に果心流と思われるモノとして、七人が揃って会得している「女を犯した際」「事後、その女人をして愛液を流さしめる」術が有る。これを素性正しき釜にて煮詰めたモノが淫石である。

 他の作品を見るとより鮮明に現れるが、果心流の本質は男女の交わりを条件とする房術ではないかと思われる。一方の根来流は、鉄砲伝来の際に根来寺の人間が種子島へ渡ってその技術を持ち帰ったと言う史実からも伺えるように機械系の忍法を得意とする。

 その意味で、風天坊の鎌をブーメランの如く操る「鎌がえし」は根来本来の術(後に公儀根来組の虫籠右陣*3がその小型版である「針つばめ」を用いている)と思われる。但し、その延長として自身の体をブーメランと化す「枯葉がえし」は果心居士の仕込みではないか。だからこそ自慢げに披露させたのだろう。

 また、金剛坊の「天扇弓」(扇を飛ばし、その要から針を降らせる)は特殊武器という点で根来本来の忍法であろう。水呪坊の「月水面」(飛ばした紙を敵の顔に貼り付けて窒息させる)は類似忍法が甲賀にも有る*4ので恐らく正統の根来流忍法、虚空坊の「かくれ傘」(大傘を媒介とした催眠術)は根来に本来あった大傘を用いた体術に果心流の幻術を加味したモノであろう。

 逆に羅刹坊の「壊れ甕」(仲間の斬られた手足を繋ぐ)は居士が用いたという「屠人戮馬」のマイナーダウン版であろうから果心流。残る二人空摩坊と破軍坊が見せた「火まんじ」も恐らく果心の伝授であろう。

その参 笛吹城太郎と飯綱七郎太 

 飯綱七郎太が果心居士の勧誘を受けたとき*5にはまだ松永弾正は健在であった。よってこの二人は出会っている可能性がある。もしかすると七郎太に「ほおずき灯籠」を実演して見せたのが城太郎だったのではないかと勝手に夢想しているのだが。

 さて七郎太が居士より伝授された忍法はやはり房術であった。女性の精をすべて吸い上げてこれを己の血に混ぜてこれを相手に浴びせて効果を発揮させる訳だが、対象が女性が男性かで効果が異なる点が興味深い。

 女性が浴びると、あらゆる男を悩殺せずんばやまざる「びるしゃな如来」、そして男性が浴びると、自分より強いと思う男への憎しみの念が体内に満ちる「地獄如来」となる。いずれにしても影響を受けるのは男なのである。

 蛇足だが、この二人はどちらも初代服部半蔵に将来を嘱望された若者であった。

その肆 「女陰往生」*6と「苧環」*7

 どちらも女性と交わった男性をそのまま胎内に飲み込んでしまう訳だが、その効果が少し異なる。

 「女陰往生」は女性の胎内でその一生を再体験させるモノで、死産となるか、戻れても廃人か自殺という事になる。信長はその強い精神力で乗り切ったモノの、その先を見てしまった為にやはり死を迎える。これは入った母胎が拙かったと言うことになるのだが。

 恐らくこの時の反省からであろう、「苧環」は途中で術を打ち切ることでその副作用を消し、若返りを実現している。しかしながらこれにもやはり問題があって、肉体ばかりか記憶そのものも元に戻ってしまうのである。

 森宗意軒*8の「魔界転生」は明らかにこの果心幻術の延長線上にある。宗意軒は、

 「天草にひそみあるころ…一キリシタンの蔵の中より」発見した西洋の魔術書「を読み、日本古来の忍法と熔合して」独創した

 と言っている。

 しかし「苧環」を知っていた三成から行長へ伝わり、そこから発想した可能性も捨てがたいのだが…。

その捌 切支丹忍法へ続く

*1 伊賀忍法帖

*2 海鳴り忍法帖

*3 忍びの卍

*4 忍者石川五右衛門

*5 忍法剣士伝

*6 忍法死のうは一定

*7 忍法おだまき

*8 魔界転生

 

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