くノ一紅騎兵
山田風太郎忍法帖10「忍法六道銭」ちくま文庫 他に収蔵。
究の壱 直江山城守兼続
昨(2009)年の某公共放送の大河ドラマの主役として知名度を挙げた”愛”の武将ですが、あのドラマは脚色がきつくて何となく彼の実体からかけ離れている気がして成りません。まあ、先に山風作品で喰えない武将というイメージを植え付けられていた所為かも知れませんけど。
さて、本作品の大前提となる設定の一つが、兼続が謙信の寵童であったと言う話。実際には兼続は上田衆の一人で、景勝の近習であり謙信から見れば陪臣。後に秀吉から「天下の陪臣」と称される兼続はその出自から陪臣だった訳ですが、そんな訳で謙信との接点が有ったか可能性は低いと思われます。
「謙信を二つに分けたら景勝と山城になるだろう」とは作中の評だが、景勝の剛勇はともかく、兼続の機略となると非常に疑わしい。謙信の機略はどちらかというと戦場での戦術レベル、しかし兼続の戦績は正直言って芳しくありません。御館の乱は辛うじて及第点ですが、それに続く新発田重家の反乱には非常に手を焼いて、本能寺の変がなければ上杉家が無事でいられたかどうか。関ヶ原の時の戦術も謙信のそれとは真逆の内戦防衛。昨年の大河では(本能寺直前の織田軍の挟撃も、関ヶ原の東軍襲来も)敵を領土に引き込んで撃ち破る作戦だったと説明されていましたが、それが正しいとしてもそれは攻勢防衛を得意とした謙信のやり口とは大きく異なります。
究の弐 直江四天王
作中に登場する四人の豪傑、彼らを直江四天王と呼ぶのは、関ヶ原後を描いた「叛旗兵」での話なのですが、「〜紅騎兵」では短編であるが故に四人のかき分けはほとんど成されていません。どの台詞が誰もモノかと言うことも原作ではわかりにくく、漫画版では上手いこと割り振っています。
咄然斎こと前田慶次は、いまやあまりに有名に成ったので除外。昨年の大河で全く登場しなかったのが却って不思議なくらいでした。兼続と三成の友情がフレームアップされすぎて大谷刑部すらほとんどちょい役でしたからね。その娘婿である真田幸村があれだけ大きく取り上げられたのに。多分、彼の病気がいろいろと抵触するのでしょうねえ。
岡野左内(恐らく史実では岡左内)が伊達政宗を討ちもらしたと言う逸話が、漫画版では関ヶ原の戦い一場面として挿入されています。原作ではかつてあった話として語られていますが、蒲生家と伊達家が戦場で対峙した事は恐らく無いのでこれは正しい修正だったと思います。左内の旧主蒲生氏郷と伊達政宗の確執はその筋では有名な話ですけどね。この旧主譲りの政宗への敵愾心は「叛旗兵」で十二分に生かされています。
上泉泰綱は、「〜紅騎兵」では剣聖・伊勢守信綱の一族とされ、「叛旗兵」では信綱の息子だと名乗っていますが、漫画版での紹介信綱の孫(信綱嫡男・秀胤の子)と言うのが恐らく正しいと思われます。
残る一人、車丹波は関ヶ原では佐竹に属していて恐らく戦いには加われなかったと思います。東軍が上杉領に侵攻していたなら、佐竹がその背後を突いてそれなりの戦果を挙げていたかも知れませんけど。
究の参 真田親子
徳川の天敵と言われる真田昌幸・幸村親子。陽炎=大島山十郎を送り込んだ本作の黒幕ですが、さて天下の直江山城がただ填められたモノかどうか。
そもそも真田親子が兼続と三成の企てをどこまで知っていたのか。まあ両者の東西挟撃策が本当に存在したかどうかも謎ですが、もしあったとすればその中間に位置する真田が一枚噛んでいないとおかしい。が、それにしては真田家は会津征伐に参加しているのであり、昌幸と幸村が離脱したのは三成の挙兵を聞いたから。埋毒していた(つまり折を見て内側から裏切ろうとしていた)可能性も有りますけど、知らなかったと見る方が妥当。
なぜ真田を加えなかったかと言えば、真田が徳川家と親しい関係にあったから。昌幸の長男信幸は家康の重臣本多忠勝の婿、次男信繁は大谷吉継の娘婿。吉継は最終的に西軍に組みしますが、作中でも触れられているように彼は家康とも近しい関係で、ぎりぎりまでどちらに付くか不明でした。その辺の経緯はこちらの漫画でどうぞ。
初めから真田家を味方として計算出来たなら、兼続と三成の連絡もスムーズに取れて挟撃が成功したかも知れません。
究の肆 上杉定勝
本作の最大の”改竄”は景勝の嫡男定勝が関ヶ原の後に生まれていると言うこと。つまり史実に則せば陽炎が生んだ男子は上杉家の世継ぎとならなかった。と言う結論になります。
解釈の一つとして、赤子の存在が景勝と兼続の間だけの話とされて家中には知らされていなかったので、歴史から抹消された。関ヶ原に勝利していれば真田と上杉家を結ぶ縁として政治的な価値が出来たでしょうけど。
ついでに言えば、景勝の奥方は武田信玄の娘であり、真田から見ても旧主筋の姫君になります。夫に省みられなかった奥方がこの事実を知ってどう思ったでしょうねえ。
さて、漫画版では山十郎=陽炎がネタバラシ(乳房の膨張)を行って居ますが、これが無かったら別の解釈も可能でした。
山十郎と陽炎は別人で二人一役を演じていた。この場合、直江山城は当然にそれを承知していたはずで、景勝のそばに上がったのは男の山十郎。そうするとあの赤子は誰の子なのか。もっとも容疑が濃いのは兼続ですね。要するに、主君の尻を叩く為に赤子を利用したのであって、実際にこれに上杉家を継がせる積もりはなかった。
もっと意地悪い解釈をすれば、自分の子を主家の跡取りに据えようとした一種のお家乗っ取りの目論見があったのかも。しかし、それだと景勝が直ちに自分の子だと受け入れた理由が説明出来ない。単なる思いこみ?
兼続は赤子に「不識庵さまのおん面影を」とか言っていますが、兼続が謙信の隠し子ならば、ってこれは別の漫画でしたね。