柳生忍法帖・換装 巻の拾壱

その参 天道魔道(承前)

 前話の最終頁と同じ場面を少し違うアングルで投入。前話では正面を向いてしどけないおゆらでしたが、こちらは後ろ、つまり十兵衛の方を向いています。こう言う導入は漫画ならではでしょう。

 そして運命の三日目。磔柱は五本。おとねの分はありませんと言う説明は省略。明成の懇願によりおゆらを取り返しに向かう銅伯は自信たっぷり。一方迎える側の十兵衛・沢庵には全く妙案がありません。

 おとねを引き連れて銅伯が入室。原作では左手を引っ張っているようですが、漫画では首に縄を付けられています。おとねは夢山彦のための大きな盃(原作によると蓮華鉢と言うらしい)を抱えています。

 十兵衛はおゆらを質にして女達の解放を要求するが、彼に女を殺せないことを見切っている銅伯には通じません。せめて苦しませずにと言う条件でおゆらを解放する十兵衛ですが、ここでおゆらが思いがけぬ動きに出ます。自分の人質としての価値、即ちじぶんが明成の子種を宿していることを暴露した上で、自分と十兵衛を逃がして欲しいと要求します。

 おゆらの要求には堀の女達の処遇には触れていないので十兵衛にとっても承伏しがたい条件なのですが、銅伯にとってもおゆらを欠いては明成を繋ぎ止めておくことが出来ません。おゆらはそんなことはお構いなしに己の恋情を滔々と語ります。この瞬間にこの話のヒロインの座を獲得したと言っても過言ではないでしょう。

 おとねの腕を叩ききってその血で夢山彦を再現しそれによって沢庵に脅しを掛ける銅伯ですが、それでおゆらを止められるとは思えません。がしかし、十兵衛はおとねを救うために動き、それを襲う銅伯の剣を止めたのはおゆらの「忍法なまり胴」。それが本当に効果があったのか、銅伯が動揺して手を離してしまったのかは判りませんがこの瞬間に芦名一族の悲願が潰えたのは確かです。但し、原作では「斬り下げ」た剣は漫画では突きに代わっています。そう言えば銅伯自身のなまり胴も原作では斬撃でしたが、漫画では突きにされていました。

 「おゆらは死ぬ」「七本槍ですらついに学び得なんだこの大忍法を」

 極力説明文を避けると言う方針から、原作では地の文で書かれていた部分を銅伯自身の言葉として語られます。その分、銅伯の落胆ぶりがより際だって見えることになります。そして全てを失った銅伯は双子の兄弟天海を道連れにカタストロフへと突き進みます。

 この展開に一番動揺しているのは沢庵。夢山彦は単に天海の様子を映し出すだけなので、やらせて於いても別に構わないのです。それよりも問題なのは銅伯自身の自刃ですが、これも銅伯の方が生命力が強ければ何事もありません。原作では天海の自害により銅伯が死に引き込まれたのですが、漫画ではその辺りの説明は一切ありません。原作通りだと、銅伯を殺したのは(主人公である)十兵衛に非ずして天海と言うことになるのですが、それだと収まりが悪いと思ったのでしょうか。

 ラスボスを倒したにもかかわらず話はそれでは終わりません。磔となった五人の女達を救うため十兵衛は走ります。

 ここで沢庵の名台詞があるのですが漫画ではカット。ラストが知れていない状態での原作連載では引きと言うモノがありますが、漫画版ではそんな演出は無意味ですから。

 原作では此処で転章なのですが、漫画版はもう少しこのまま。

 処刑を見守る群衆の中には漫画版のオリジナルキャラであるあの浪人(彼が何者だったのかは最後まで不明でしたね)や、おとねによって救われた農家の娘とその妹の姿も見えます。

 門番の腕を筆として「蛇の目は一つ」と書き記す妙に几帳面な十兵衛。向けられる鉄砲隊を制するために既に死んでいる銅伯とおゆらの名を利用する。そして七本槍最後の一人虹七郎との一騎打ち。

 十兵衛が斬られたのは元々見えない右目。そして虹七郎が斬られたのは一本しかない右手の筋。既に戦意を喪失した虹七郎を放置して、十兵衛はまず女達の一人さくらの戒めを解く。多分、五人の中で一番身のこなしが優れ居ているからだろう。そして原作通り群衆達に刀を貸してくれるように懇願。それをうけて真っ先に剣を投入したのが例の浪人。最後の最後までいい味を出しています。

 それを合図に次々に剣が投込まれます。それを阻止しようと鉄砲隊を繰り出す明成ですが、そこへ現れたのは木村助九郎を初めとする柳門十哲。ここからの十兵衛は緊張感が解けたのかややコミカルになります。

その弐 尼寺五十万石

 ここで提示された章題は知る人ぞ知る原作の旧題。 会津四十万石を潰したから東慶寺を称して「尼寺五十万石」となるわけですが、元々は七本槍が冒頭でぶちこわした東慶寺の門が五十万石を領した駿河大納言の城門だった事に由来する訳で、此処にいたって原作の読者達はやられたと思ったに違いありません。改題はやや味気ないとも思えますが、これが十兵衛三部作への道を開いたと思うとなかなかに捨てがたいモノがあります。

 父但馬守の姿に既に及び腰の十兵衛ですが、更に登場したのは久しぶりの天樹院様。原作では単に石見へ配流とだけ命じられますが、漫画では史実に即した捕捉として、原作では(敢えて)無視されていた明成の嫡男明友の名を出してこの後の明成の地獄の余生が仄めかされます。

その参 雲とへだつ

 最終回にしてようやく最終章。

 十兵衛に「芦名銅伯とやらいう化物はいかがした?」と尋ねる天樹院様。当然ながらこの時点では江戸の天海の死は知らない訳である。

 十兵衛を叱責しようとする但馬守とそれを咎める沢庵和尚。その隙に脱兎の如くその場を逃げ出す十兵衛。それを追ってきたのはおとねを加えた女八騎。原作ではひとりおとねは乗馬が不得手なように書かれているがそこの描写はカット。彼女たちはこの戦いで亡くなった多くの人々を弔うために東慶寺に入って尼になると言う。おとねもそれに倣うらしい。

 最後の別れのシーンで、死ななかった鶯の七郎の一声が掛る。別行動のため状況が理解出来ないお千絵とお笛だけがきょとんとしているのが可笑しい。 

 そして女達と別れて北へ向かう十兵衛の一言。

「おれだけが弔ってやらねばならぬ女…」おゆらの後ろ姿で終幕。ではなくて最後は七郎の一声。

 これは単行本での加筆ですね。

蛇足 千姫様

 大方の予想通りですが、敢えて若い頃の絵を持ってきているので、天樹院ではなく千姫様と表記します。

 と言ってもこの方については他作品を含めて別頁にて既に紹介しているので、ここで改めて書くこともありません。

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