TP1 食料革命

 

 食料生産すなわち農耕への産業シフトは見た目ほど容易ではない。初期農耕がそれまでの狩猟採取に比べて格段に効率が良いという訳ではないからである。農耕民と狩猟採取民を栄養状態で比較すると、後者の方がむしろ良好であるらしい。この矛盾は入手可能な食料の増加率より、人口の増加率の方がわずかばかり高かった頃から来る。但し、農耕はその産業構造上人口の集積性が高いため、農耕社会と狩猟採取社会が接触すると、後者が敗れてしまう事になる。

 農耕への移行要因として考えられるのは、@環境の変化から入手可能な自然資源が減少し生産を余儀なくされる、A同じく環境の変化により栽培可能な野生種が増えて食料生産の効率が上がる、B食料生産に関するノウハウが蓄積された結果生産効率が上がる。

 ここに魔法という外的要素を加えるとどうなるか。第一に気象制御魔術の発生。作物の成長に最適な環境を人工的に作り出せるならば、この問題はかなり緩和される筈である。さて農耕と気象制御魔術はどちらが先行するか。「発明は必要の母である」、これは逆ではない。いったん農耕が開始されてしまえば、人は外的条件に合わせた技術を編み出すであろう。よって気象を操る事を知った人類がその利用目的としてこれを食料生産に利用すると言う可能性の方が遙かに大きい。

 第二に魔術による品種改良。これは作物の生産効率を劇的に変化させるであろう。現代の遺伝子改良技術が、詳細な原理が解らないままに古代社会に発生するのであるから。この品種改良技術は農耕だけでなく家畜の獲得にも生かされるであろう。

 注目すべき点は狩猟採取民が移行して遊牧民へと進む訳ではないと言う点である。牧畜は農耕の合間に発展した物であって、最終的にどちらに重点が置かれるかは積極的な選択と言うより環境の圧力で決すると思われる。そして産業革命以前の世界史は、定住農民とその外延に暮らす遊牧民の戦いによって構築されたと言っていいだろう。

 農耕を選択した集団というのはある意味では限られた選択肢に追い込まれたのだと言える。定住社会の利点はこの分離の時点ではさほど明確でない。だが文化が農業を語源とするように、文明は都市から生まれる。遊牧社会は人口集中が起きない、起こせないのに対し、農業は人口集中に対して許容性が高く、またそこから利益を発生出来る。部族社会は順調に発展すれば必然的に都市国家へと進むのである。

 農耕が「自然破壊」の第一段階だとすれば、都市化はその第二段階である。文明とはその根元的が「自然破壊」なのである。

 それはともかく、農耕は様々な技術革新を必要とする。大規模に行うには天候操作による水分補給だけではおそらく追いつかず、灌漑設備が必要となる。気象に関しても、すべてを制御するのは不可能であるから自然のサイクルを考慮するために暦法が発生する。そして動力源としての家畜の運用も不可欠であろう。

 逆に派生する物として自然信仰が挙げられる。これが農耕を支える原始呪術体系と結びついて神学へと発展し、生産力の増大によって生じる社会的分業と相まって神官階層を生み出す。この様な有閑階層によって学問が発達し、そこから魔法も体系化されて行くであろう。これがもっとも初期の魔法発展サイクルである。

 

 魔法世界史 2−1 古代社会の特徴へ戻る