番外稿 平家滅亡と民主党崩壊

 これもある意味で大河ネタ?

§1 ”武士の世”の幻想

 武士の世を目指すと連呼していたのはあくまでも大河ドラマ中の清盛。清盛が到達したのはどう見ても”平家の世”であり、それが新旧いずれの勢力からも受け入れられなかったことが平家の滅亡に繋がった。

 ついでに言えば、頼朝が目指したのも武士の世ではなくて源氏の世。明日をも知れぬ流人の身であった頼朝が自分の身を守るために東国武士団を味方につけて担ぎ上げられた結果が鎌倉幕府として結実した。

 清盛の失敗、頼朝の成功は単純な結果論ではなく、東国と西国と言う地盤の条件から導かれた実利追求の行き着くところ。平家の目指す貿易立国は交易相手があって始めて成立するもので、相手として想定されるのが宋国以外に無かった点が不運であった。交易そのものを相手次第という、交易国家として拠って立つ諸条件が満たされていなかったことも問題である。

§2 ”政権交代”の終焉

 ドラマ中で平家の崩壊が進む中、同時進行的に解散総選挙が行われて、民主党政権が終焉を迎えた。偶然にしても出来過ぎな共時性が感じられた。

 武士(国民)の意見を全く聞かず、自分のやりたい国づくりに突き進み、宋(中国)に媚を売って国益を損ねる。揚句に東国武士(無党派)にそっぽを向かれて没落(大敗)する。藤原摂関家が自民党で、自社勢力が公明党。鎌倉政権を中心とした東国武士が第三極と言う対応になるだろう。

 頼朝は平家よりも先に義仲を討って東国武士団の意思統一を先行したが、現実の第三極はばらばらで戦って旧勢力の政権復帰を許す結果に。維新の会は、富士川の合戦の後で鎌倉に戻って地盤固めを優先した頼朝に倣って大阪の改革に専念すべきであったと思うのだけど。目先の勝利に溺れて政略を誤ったなあと言う感じである。

§3 東国武士と無党派

 東国武士のニーズは自分達の所領安堵と明確であったのに対し、無党派のニーズは多様でつかみ所が無い。そこが大きな違いである。

 維新の会は安易な”ふわっとした民意”に乗らず、核となる政策を絞って訴えるべきだった。維新八策は欲張りすぎで、個々には賛同できても全部まとめてとなるとあまりに敷居が高い。結党に際して現職に八策を呑ませたのに、太陽の党との合流でその原則をあっさりと撤回した点もマイナスである。

 未来の党は、反原発が民意だと勘違いして政策を後回しにまとまってみたけど、選挙互助会であることがばればれで全く支持を得られなかった。

§4 平安貴族と安倍自民党

 これは旧勢力という以外に共通点が無い。平和ボケの平安貴族に対し、憲法改正を打ち出す安倍総裁は真逆といっても良い。平家政権のもとで昔を懐かしむだけだった平安貴族と違って、自民党は在野にあってじっと機会をうかがっていた。選挙制度があるが故にどんな強力な政権も時間制限が定められている近代国家の強みと言えよう。すくなくとも民意の反映が反乱でしか示せない古代・中世からは大きな進歩である。

§5 都落ち

 都落ちした平家ですら復活の可能性があった。民主党は負けたとは言え、まだ維新の会よりは多くの議席を衆議院に持ち、かつ参議院では来年の七月までは第一党である。正しく二大政党制が機能するためにも、民主党の再生に期待したい。

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