男と女の差異論 枝 嫁姑戦争

前置き

 某大手新聞社のHPにある女性中心の掲示板をこっそり眺めていると、ひときわ興味を引くのが嫁姑問題でした。こう言うのは、困っていないヒトは書き込まないモノだろうから、困った現象だけがクローズアップされてしまうのであろうけど。

 困ったネタとして嫁よりも姑の方が多いのは、姑の方が歳が言っている分だけ頭が固いと言うことなのだろう。ネットが出来るならもう少し情報に敏感になっても良さそうなモノであるが。

 女の敵は女とも言いますが、嫁と姑、二人の女が居ても戦いは起こりません。そこには一人の男性、つまり姑にとっては息子、嫁にとっては夫に当たる人物が居るから戦いは起こるのです。要は三角関係のバリエーションに過ぎないのでしょう。互いの女性にとって相手の男性の役割は異なるのだから、棲み分けは可能ではないかと思えるのですが。女性特有の、独占欲の為せる業と言うことでしょう。

 母も既に亡く、妻も未だ持たない私にとっては全ては想像するしかないのですが。

1 家制度の起原

 嫁姑問題の原因は家制度にある。終戦により施行された新民法によりこの家制度は否定されたが、その思想だけは生き残り、更に男女同権の思想が市民権を持ち始めると、この新旧の思想の対立が嫁姑の軋轢を生み出したのである。

 だが、家制度の起原はさほど古くないのである。江戸時代には武家だけのモノであった家制度が日本社会全体に広まったのは明治以降である。これは武家の家父長制を基にした家督という概念が旧民法に組み込まれたためである。

 (余談だが、母が死んだ時、父が面白いモノとしてその戸籍を見せてくれた。母の兄の備考欄に「家督相続」の文字が。母の父は戦地で亡くなっているので、その時には当然旧民法が生きていた訳である)

 家父長制の是非とか、その思想背景についてはここでは論じない。しかし、その制度は武家社会に置いては明確な利点があった。旧民法に家制度が持ち込まれたのは、明治維新が市民革命ではなく、下級とはいえど武士階級に属する者達によって主導された所為であろう。

 家禄と言う言葉が示すように、江戸時代のの武士にとって家とは収入源であり、それを維持することは死活問題であった。だがそれ以外の農工商にとって家制度というのは全く意味を持たない。

 農民の収入源は土地である。一見すると武家と同じ事が起きそうなのだが、土地というのは労働力を投下することによって初めて収入が発生するので、嫁というのは貴重な労働力であり、嫁いびり等というのは実に贅沢な娯楽であった。第一労働力としては若い嫁の方が役に立つ局面も多い。単純に姑が上位に立てるとは限らないのだ。

 町人についてはどうだろう。工即ち職人は身に着けた技術が収入源であり、その継承も親から子へではなく師匠から弟子(それが親子であった場合もあるだろうが)であって、女性の介在する余地がない。商家の場合は支配階級として家産が安定している武家と異なり、能力の無いモノに跡を継がせる訳には行かない。(能力よりも長子を優先させた事が長期的には武家社会を崩壊させたと言える。)その為に男系相続ではなく女系、つまり婿取り相続が行われる。娘婿は雇い人の中から選ばれ、あるいはそれに漏れたモノも暖簾分けと称して一家を興せる仕組みである。こう言うシステムでは嫁姑問題は起こりえない。婿養子の扱いに関して別の問題が発生したであろうが。

2 専業主婦と長男教

 江戸時代には国民の大多数は農民であった。それが明治以後の産業革命により給与生活者という新たな階層が国民の主流を占めるようになった。

 要するにサラリーマンは農工民の末裔なのだが、家制度の一般化により武士的な側面も獲得した。対して商人の延長にあるのは資本家であるが、日本にはこの階層は余り居ない。その意味で資本家対労働者というマルクス主義的な階級闘争は日本では希薄である。

 国民の大多数を占めることになったサラリーマンの妻達の奥様と呼ばれる専業主婦となった。さてかつての武家の奥方とこれらサラリーマン達の妻達の違いはどこにあるのだろうか。決定的な違いは、前者にとって家は生活の糧であり守るべき明確な理由があったが、後者にとって家はなんら守るべき価値のないモノであると言うことである。

 それでも、家督制度の存在する旧民法下では長男であることはそれなりの意味を持っていたかも知れない。しかし戦後の新民法ではそれも失われた。にもかかわらず幻想は残った。これはもはや長男教と言うしかない。

3 核家族

 核家族というのは夫婦とその子供、つまり二世代で構成される所帯を指す。用語としては外国語の直訳だが、実は日本では戦前から(恐らくは江戸時代から)ごく普通の家族体形であった。何故これが戦後に問題になったかと言えば、一つには医療の進歩により平均寿命が延び、老人介護という問題が発生したこと、ついで共働きの常態化(と恐らくは少子化)により子供が一人で家にいるという状態が増えた事による。

 これらを解消するには親世代との同居、すなわち大家族制への移行が最善なのであるが、多くの場合、嫁と姑の確執がそれを阻んでいる。初期段階では初めに触れたように三角関係であったが、今度は孫を巡っての駆け引きとなる。

 子育てに関しては姑の方がベテランなのであるが、この分野でも医学の進歩から昔の常識が通用しなくなっていて、議論が白熱する事になる。そして最後には介護問題へと至るが、ここまで来ると嫁姑の力関係は完全に逆転している。

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