魔法医学体系
§2 局在観的病理学
前稿で取り上げた全体観的病理学に対抗するのがイオニアの二大医学派の一つクニドス派の唱えた局在観的病理学である。彼らは胆汁や粘液を唱えた。哲学者プラトンはこの説に沿った体液病理学を展開している。
2−1 プラトンからアリストテレスへ
プラトンは粘液や胆汁を病的な分泌物と捉えた。彼は体液の精神への影響を重く見ており、これらが「魂の運行」に混じると「意気消沈」をもたらすという。なお、四元素説を受け継いで、これらの相互変換を唱えたのもプラトンである。プラトンの四元素説に関しては錬金術の稿にて別途取り上げる事にしたい。
これを更に発展させたのが、その弟子であるアリストテレスである。アリストテレスは自然を研究する立場から動物の解剖を行い、比較解剖学の創始者となった。彼は「体は魂(プシュケー)の為にある」とする目的論を唱えている。彼は魂の在処は心臓(熱と血液の源泉)であるとし、脳は粘液を分泌して心臓を冷却すると考えた。
アリストテレスは霊魂を3つの部分に分けて考察した。植物のみが持つ「栄養的部分」、更に動物が備える「感覚的部分」、そして人間のみが持つ「思考的部分」である。彼の説は上位のモノは下位のモノを含んで梯子を上がってゆく一種の進化説である。
2−2 アレキサンドリアの医学
エジプトの港湾都市アレキサンドリアはギリシア思想とエジプトの占星術・錬金術と融合しヘレニズムの中心都市となった。ギリシア科学の第三段階としての「ヘレニズム科学」が此処に開花した。
ヘロフィロスは最初の解剖学書を著わし、脳が知能の座としてアリストテレスの心臓説を退けた。 また生理学の父と呼ばれるエラシストラトスが登場し管系によって運ばれるプネウマの概念を提唱した。解剖学はプトレマイオス王朝の終焉と共に衰退し長く医学から独立して存在していた。
プネウマはインドの風(ヴァータ)や中国の気とも通じる概念で、エラシストラトスは心臓を発生源とする生命のプネウマと脳を根源とする心のプネウマを想起した。そしてこれを受け継いだガレノスは肝臓に起因する自然のプネウマを加えている。更に降ってキリスト教徒はプネウマを聖霊を解した。
プネウマとプラトンに起源するプシュケーとは重なり合い区別は容易ではない。通常、プネウマは精気や霊と訳されプシュケーは心や精神と訳される。
2−3 魔法的応用
RPGなどでは病気を治す魔法は一つしかない。これはつまり病気を特定しない全体観的な病理学が生きている証拠である。更に象徴的なのがこれの対抗魔法として存在する病気にする呪文だろう。こちらもどんな病気なのか特定されない。また傷を治す呪文も部位や状態を考慮しない。ファンタジーRPGが中世ヨーロッパをモデルにしている事を考えればこれは当然だろう。
さてそれに対して今回のテーマである局在観的な病理学に基づく魔法というのも一応はあるのだが、これらはむしろ呪いという名前を与えられている事が多い。
魔法的な医学としては失った手足を再び生やしたり、あるいは錬金術を使った義手・義肢の作成などが考えられる。また現代の臓器移植などは魔法的な展開が可能であろう。そこからフランケンシュタインの怪物の作成まで進むのはさほど不思議でもない。