魔法医学概論
1 医学の誕生
医学は人間の、「慰めと癒し」の技術であり、学問である。
初期の医療は呪術と不可分で治癒神への信仰を生んだ。やがて積み重なった経験が医学として纏まってくる。だが、医療の世界は常識・俗信、経験医学、神頼みの三要素が入り組んでおり、その境界も不鮮明である。これら三要素は人間の深層において一体化しており、それが条件次第で異なる容貌を見せるに過ぎない。
体調が安定していれば医学に出番はなく、俗信と常識が幅を利かせる。だが一度危機が訪れると医学の出番となる。これが第一の「限界要因」である。だが状態が悪化し、第二の「限界要因」を越えるともはや医学は退場し呪術や宗教の領域となる。
医学にも限界はある。物理学における限界が永久機関であるとすれば、医学のそれは不老長生と言う事になる。そこで最初の言葉に戻るが、医学の本質は「慰めと癒し」になる。中国の古典『素問』には医師は本来「未病」の友、「生理」の相談役であって治療師であっては成らない、と説かれている。医学の苦しさは癒しを表看板に掲げた事にある。
2 医学の展開
人間は儀式を知って「衛生」と言う共同を必要とする医学作業が可能となった。そして文明の誕生は医学の新たな展望をもたらした。更にギリシアの地で哲学者と医師達が病気を神秘ではなく、経験と合理によって近接出来る自然の過程であると考えた。ここから古代医学の基礎となる「ヒポクラテス医学」が大成された。
やがてこれまでの祭司・神官による国家鎮護と異なる人間の魂の解放を目指した新たな哲学・宗教が誕生してくる。八〜十一世紀には「東アジア」の唐文明、「南アジア」のヒンドゥー文明、そして古代ギリシア医学を継承した「西洋」のアラブ・イスラム文明が鼎立することになる。
西欧ルネッサンスは外科と解剖というあらたな分野を発達させ、「科学革命」の中で「疾病学」と「病院医学」と言う新たな展望をもたらした。ついで「産業革命」の時代には労働から生じる病気に目を向けた公衆衛生学・社会衛生学の緊急な発展を促した。
そして十九世紀後半には「研究室医学」の発達に始まった病原微生物学、化学療法、免疫学といった新しい分野を生み出すに至る。
3 魔法世界における医学の指針
さて、以上は今回の参考文献(「医学の歴史」 梶田昭 講談社学術文庫)の第一章の要約である。この本は非常に良く纏まっており、この後も適宜参照したいと思うのだが、その前に魔法世界における前提条件と付き合わせておきたい。
最大にして唯一の問題は医学の限界とされる不老長生が魔法によって可能となるか否かである。結論から言えば、条件付きで可能とする。但し、それは誰もが手に入れられるモノではない。魔法というモノが人の願いの具現化であるとするならば、誰もが長生きしそうに思えるが、誰かに死んで貰いたいという負の感情がこれを相殺してしまう。
ではどういう人間が不老長生を得られるのか。それは誰からも長生きを望まれる者ではなく、誰からも恨まれない者になるであろう。それは具体的には魔法システムの体現者にして管理者である魔法使いと言う事になる。