魔法世界の法理学2 自力救済と平和令

§1 血の復讐から自力救済へ

 司法・警察制度が未発達な古代社会において、氏族に属する成年男子は血の復讐の義務を負う。この制度は司法システムの発達とともに消えていったが、現代にも一部残っている。 

 さて魔法世界ではこのシステムも有効に機能する。血縁によって結ばれた関係では、魔術的な呪縛により相互保護が掛けられる。つまり身内を傷つければ自分に跳ね返ってくる。つまり身内を物理的に排除しようと思ったら外部の人間を利用すればよい。

 さてこうした人間が増えてくれば、それに対抗する手段も考案される。つまり身内が外部の人間に傷つけられたなら、相続人には復讐の義務が課せられる。これは通常の義務よりも強い誓約(ギアス)の形式を生むだろう。

 「目には目を」と謳ったハンムラビ法典も無制限の血の復讐を諌めるものであった。ローマ法では公権剥奪という罰則が設けられる。共同体からの庇護を失った人間は比喩的に生ける屍と呼ばれ、何をされても文句が言えない。(ブードゥー教で知られるゾンビも薬物によって意思を奪う刑罰であった)

 中世ヨーロッパではゲルマン法の延長で自力救済の原則が発達した。日本でも経緯は異なるが村単位での自力救済が行われている。

§2 魔法世界の自力救済

 魔法が存在する世界の自力救済は、武力よりも所属する集団の魔力の強さが勝敗を分ける。魔法文化のレベルの差が、すなわち現代で言うところの軍事レベルの差と等しくなる。単純に魔法文化が科学技術と置き換わると考えてもよい。両者の違いは、魔法がより人間の感情や欲望の直結して発展する(であろう)と言う点にある。

 魔法と科学のもう一つの違いは、契約の拘束力の違いであろう。魔法的な契約は法的拘束力以上に互いを縛る。嘘を見抜く魔法があれば商業活動はより円滑に行われるであろう。魔法が商業に与える影響については別の場所で考察してみたい。

 戦争が自力救済の手段の一つであるなら、魔法を用いた戦争は全く異なる様相を見せる。通常の戦争は勝敗がついた後に和平条約という形で利益の再配分が行われるが、魔法世界ではあらかじめ互いの条件を提示して戦いが始まる。裏を返せば勝者総取りに成りかねない。

§3 平和令とアジール

 自力救済のシステムを終結させたのが永久ラント平和令で、日本では秀吉の総無事令がこれに該当する。この平和令の発令は、裏を返せば国家権力の及ぶ範囲を規定したものでもある。

 この平和令の効果は属地的に作用する。個人的な復讐を望むものは余所者である冒険者を便利に利用することになるだろう。逆にいうとその”特権”を生かすためには冒険者は何処にも属さない局外者の位置を保たなくてはいけない。

 外部権力の及ばない地域をアジールと称する。これは魔法的な結界と考えられるので、魔法世界ではより強力な効果を生むだろう。

 これらのアジールの破壊は宗教戦争の様相を呈する。平和令の発令はアジールの平和的な解消をもたらすかもしれない。

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