犬神家の謎
謎壱 年代確定(初稿のまま)
事件年譜を作るに際して最初に引っかかるのがこの事件である。と言うのも、同じ時期に金田一は岡山に逗留して磯川警部と「鴉」事件を解決しているのである。
多くの場合、どちらか一方の設定年代を動かして解決しているのだが、此処では敢えてそのままで解釈を進める。と言うのも、「犬神家〜」では殺人の間隔が長いので意外に隙間だらけなのである。
下記の詳細日録を見て貰えば解るが、最初の依頼人である若林弁護士の死から犬神家の犬神佐武の殺人までの間に実に一ヶ月もの空白がある。立ち会った事になっている遺言状の発表を考慮しても2週間、これだけ有れば岡山までの往復は十分可能ではないか。恐らくは両作品の間に記述のごまかしがあるのだ。
以下私的な解釈だが、古舘弁護士は犬神家の内情に精通しており、佐兵衛の遺言の主旨(珠世と佐清を結婚させて犬神家を相続させること)を正確に理解していた筈である。そうでなければあんな無茶な遺言状は認めないであろう。佐兵衛翁がその事を明記しなかったのは、翁の逝去時点で佐清の生死が不明であったためと考えられる。
古舘弁護士は若林が誰に遺言状を見せたか恐らく予想出来たはずである。そしてその後の連続殺人は彼の予想範疇外であった。よって古舘氏としては金田一を遠ざけたかった。彼が那須に居続けると、犬神家についてよからぬ噂が立つかも知れない。よって金田一が事件の犯人でなく、また信用のおける人物である事を警察に保証した上で、彼に幾ばくかの金を与えて体よくお払い箱にしたのであろう。
その金田一が再度諏訪に呼ばれたのは、珠世がなかなか態度をはっきりさせないために、佐清の偽者疑惑が持ち上がった為であろう。諏訪神社へ手形を取りに向かった15日、金田一は東京から駆け付けたのではないか?
状況を脚色したのが金田一本人か、作者であるのかは解らない。
謎弐 遺言状の適法性(新稿)
この作品でよく突っ込まれるのが佐兵衛翁の残した奇怪な遺言状の事。しかし遺言状が無効であれば「遺産争いの世界」を書きたいと言う作者の意図が崩れるし、第一作品として成立しない。ここは「法的にも全ての条件を具備している」と言う古舘弁護士の言葉を尊重するしかない。
年表にも書き加えたが、旧民法から新民法へ切り替わったのが昭和23年。この事件がどちらの民法下で発生したかと言うのも問題になるが、佐武の死体(生首)を見た際の金田一が「夜歩く」や「八つ墓村」の事件を思い起こしている点からみてもこれは23年以降と推定するほかは無い。
で作者の意図を生かしつつも、自己流の解釈を加えたい。
松竹梅三姉妹はいずれも非嫡出子である。故にマトモに考えれば三人の息子達にも旧民法下での相続権は無いはずである。しかし松子夫人が佐清が「犬神家の総本家」と言っている点からみて、佐清は(おそらくは佐武や佐智も)佐兵衛翁の籍に入っているのではないか。つまり旧民法のままなら”長男”の佐清が推定家督相続人だったであろう。
逆に新民法では庶子にも相続権はある。更に長子相続でなく分割相続になるのでややこしい。佐兵衛翁が亡くなったのは昭和24年であり、新民法も知っていたはずである。遺言を「法的に成立させる」には佐兵衛翁の財産を法人(犬神奉公会)の管理にしてしまえば良い。こうすれば”斧琴菊”の三種の神器も奉公会の総責任者の地位を表すモノと位置付けられる。