テーマ26 否忠臣蔵

 ある意味では二次創作ともいえる忠臣蔵テーマの作品について。

混ぜるな奇剣

 初めに取り上げるのは五味康祐作品「薄桜記」。何度も映画やTVドラマ化されている作品ですが、そちらは未見。手元にあるのは平成十九年の改訂版。荒山徹氏の解説付きの新潮文庫版です。

 忠臣蔵の元禄に放り込まれた隻腕の剣士丹下左膳、もとい丹下典膳。作者はこちらがモデルであると嘯いていますが、当然に架空の創造人物。彼に吉良家の付け人となるように依頼した(とされる)千坂兵部がそもそも赤穂事件以前に亡くなっているのだから。

 長い前置きも最後の堀部安兵衛のとの決闘を描く為に有ったとしても、主人公が作者の言うように大石や堀部と並べられるほど偉い人物と読めないのが残念。単に思い込みが強すぎて自ら不遇を呼び込んだだけに思える。

 奥方の不義について本人の釈明を一切聞いていない。自分の判断でその噂を消した上で、必要も無く離縁を強行。これでは義兄が怒って斬りたくなるのも当たり前。それにしても狐に責任転嫁して斬ると言うあのやり方、生類憐みの令に引っかからなかったのだろうか?

列外からの視点

 対照作品としては山風「忍法忠臣蔵」ではなく「妖説忠臣蔵」の方を取り上げます。

 忠臣蔵のパロディであるがゆえに、大石と対峙するのは上杉家の家老千坂兵部、と言う構造は崩せない。ここは以前にも書いた歴史小説と時代小説の違い(→解答79)に通じるところ。

 七作品の内、最も作者らしさがにじみ出ているのが「蟲臣蔵」。設定が「忍法忠臣蔵」と被るのですが、くノ一の介入が無い分だけ高田郡兵衛や田中貞四郎の脱落がより際立っています。それに比べて堀部安兵衛の揺るがない態度。浪人を経験しているだけに待つことに慣れていたのかもしれません。

 山風作品では討ち入りそのものは一切描かれず、刃傷の原因に付いてもあまり突っ込んでいませんが、わずかに見えるのが中篇「赤穂飛脚」。ケチでかんしゃくもちの内匠頭と尊大で金に汚い上野介では衝突しないほうがおかしい。暴発の直接のきっかけは同役の伊達左京が”京人形”を上野介に送ろうとしていることを知った内匠頭が、殿中で逆上して二人の前で言ってしまい、動揺した上野介が否に油を注いでしまうと言う悪循環。家臣の方も、殿様が短気なことを知っているはずなのだから、こう言うデリケートな話は耳に入れなければ良かったのに。まあ刃傷があったことからの逆算だから止むを得ないのか。

 山風作品では、忠臣蔵の中心部に話が及ぶと俗説をそのまま踏襲するのであまり独創性が無い。やはり列外から茶化す視点の方が本領が発揮できる。

陰謀論としての赤穂事件

 柴錬立川文庫の「裏返し忠臣蔵」は如何にもな陰謀論。

 内匠頭の遺恨は父譲りだったと言う設定を用いながらも抜刀は糸に操られた罠。上野介を襲ったのはある意味で開き直りだから詰めが甘い。いずれにしても内匠頭が大名として失格なのは明らかですが。

 裏で刃傷事件を操った(正確には刀を抜かせただけで、抜いた刀を吉良に向けたのは内匠頭の意思)のは柳沢吉保なのですが、その理由が浅野家の豊かな内情に目をつけたから。しかし、その後の浅野家の処分に付いては一切登場せず。そもそも外様大名を潰したからと言って彼の懐が潤うわけが無いのですが。

 内蔵助と知略の戦いを展開するのはやはり千坂兵部。初めは切り崩し工作を行うも、無理と悟ったら逆にご隠居(上野介は上杉家の殿様の実父ですから)の謀殺を企てる。しかし内蔵助とも因縁のあった上野介の双児の弟右近が身代りとなって討ち入りは成立する。

 忠臣蔵本来のネタを上手く料理し、自前の伏線も(柳沢に関する一つを除いて)上手く消化している。二次創作としては一番よく出来ているかも。

 陰謀論としては以前取り上げた朝松作品が有りますが、改めて読むとあれは反忠臣蔵としては実に良い出来でした。繰り返しになりますが、オカルト的ホラー小説というのは善と悪の勢力がはっきりしている為に、勧善懲悪的な時代劇との相性は抜群です

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