テーマ17 ホラーの吹き方
今回の素材は朝松健「元禄霊異伝」「元禄百足盗」「妖臣蔵」の三部作です。
反忠臣蔵として
逆から見た忠臣蔵というのも数有るでしょうが、恐らくこの作品ほど非道い描かれ方をした赤穂浪士は他に無いでしょう。何しろ彼らは巫術師が呼び出した魔神の因子を宿した凶人なのですから。しかも因子の数は四十七。無論逆算の結果でしょうけど、五行・五音・十二支・二十四節・そして魔と上手く数を照応しています。まあ、四十七という数字はいろは仮名の数と一致して、そこから「仮名手本忠臣蔵」が生まれたくらいきりのいい数ではありますが。
彼らの目的は因子を一つに結集して魔神をこの世に招来する事。吉良邸への討入りはその手段に過ぎません。そして、赤穂浪士が魔=悪である以上、吉良方に味方する人間は必然的に善と言う事になります。オカルト的ホラー小説というのは善と悪の勢力がはっきりしている為に、勧善懲悪的な時代劇との相性は抜群です。
国際謀略小説
但し作者はここに国際謀略小説の要素まで持ち込んでしまいました。敵の巫術師が清国のスパイという設定は余計だったのでは? この時代の清国が日本侵略を計画していたという傍証でもあれば良いのですが、当時は清朝でも有数の名君・康熙帝の時代で、内陸討伐に忙しく海を越えて日本に手を出している暇はなさそうです。(但し日本が大陸に介入出来ないようにと言う話なら有りそうです。だとしたら巫術師は踊らされていたと言う事で纏まるのですが)
まあ、単に江戸を火の海にするだけなら「帝都物語」の某魔人が先に居ますからねえ。(帝都物語が85年、こちらは94年の作品です)
国内に限ってみれば、巫術師は最後にすべての魔を祓われて意識不明となりますが、共犯者である柳沢吉保はほとんど無傷。彼が本気で将軍職まで狙っていたなら、その野望は頓挫した事には成るのでしょうけど、単に松平姓を授っただけで将軍継承権を獲得したというのは筆が滑りすぎ。松平姓を受けた大名なんて数多くいるし、柳沢の栄達は甲府宰相が綱吉の後継に決まった後、その空き地である甲府を与えられた事に極まります。甲府という地は徳川一門しか領せないと言う不文律がありましたから、彼が準徳川一門扱いを受けたのはのは、彼本来の計画が頓挫した後という倒錯した結果になります。
この話で最も得をしたのは甲府綱豊、呪術によって綱吉の後継者が始末された結果、六代将軍家宣となる訳ですから。しかも綱豊は初め主人公を自身の野望の為に始末しようとさえしています。単純な勧善懲悪モノにしたくなかったのか、単に呪術的な因果応報を強調したかったのか。
対照作品
オカルトと国際謀略を見事に混ぜてしまったのが荒山徹作品でしょう。そもそも清国という大国なら、オカルトに頼らなくても日本を討つ事が可能、しかしながらこれが朝鮮で有れば。その作品中で最もオカルト色の強いモノとして「柳生陰陽剣」(旧題「柳生雨月抄」)を挙げておきます。
朝松健が”江戸の悪霊祓い師”祐天上人を発見したように、荒山徹は剣士陰陽師柳生友景を発掘しました。この人物、あまりに設定が荒唐無稽すぎて初めは架空の人物かと思いましたが、取りあえず実在はするようです。
かつてこの作品を読まないで否定的な感想を書いてしまった事を深くお詫びします。朝鮮妖術師の示した恨の醜さを見て改心してしまった大魔王のデレは、破壊するはずの東京を異人妖術師から守ってしまった帝都の魔人に通じますね。