番外04 魔王昇天

 影風魔ハヤセ完結記念。全三巻を総括して再検証する。(前稿魔王復活も参照の事)

信長の悲哀

 「毒となるか薬となるか」

 本能寺を辛くも逃れた信長は、時を稼ぎ残りの息子や諸部将を結集して秀吉に対抗しようと考えた。しかし秀吉は信長自身が流した「信長生存」の噂を逆用して織田家中での主導権を握ってしまう。更に信長の影武者を使った小芝居でその生存説をうち消すことに成功した。これで信長は最初の登場機会を失ってしまう。

 信長が協力者として選んだのは関東を追われ伊勢の旧領に逼塞していた滝川一益だった。この漫画が忍者アクションである関係か、元甲賀忍者である彼は史実より好意的に描かれている。さて一益を介して最新式の歯輪銃で武装した兵を手に入れた信長は岐阜城攻撃中の秀吉軍の背後を襲って信長健在をアピールする。

 この時秀吉を殺しておけば良かったのでは無いかとも思うのだが、ここで復活しても跡を継ぐのは天下を取るだけの資格のない息子になる訳で、偉大な破壊者である彼は息子の命すらも切り捨てて行く。恐らくこの段階で自身の後を継げるモノとしてハヤセを売り出すことを考えていたのだろう。だからこそハヤセの策によって秀吉を捕らえた後、彼を息子として認知し全軍の指揮権を委譲した。

 この後、家康の扇動に乗った光秀に襲われて史実より二年遅れの死を迎える訳だが、己の死後の動勢を見定めた上での満足のいく死だったと言えよう。

光秀の武略

 「謀略仕掛けられたからには…百万倍にして相手にお返しせねば…」

 秀吉の罠にはまって主殺しの汚名を着せられた光秀は、最も現場近くにいた立場から真っ先に信長生存を確信する。しかし信長を確保せずに秀吉とまともに戦っても先がないと判断した彼は秀吉の攻撃を躱し、兵力の温存を考える。

 畿内にあって光秀が填められたことを知っている筒井・細川は加勢を表明するが、光秀はその援軍を断り両家を中立地帯として兵達の逃げ場として確保する。合戦で敵を減らせるだけ減らした後、夜陰に乗じて兵を散らす。一方の秀吉はそれを承知の上で「細かいことだ」と切り捨てる。

 故郷美濃に潜んでいた光秀は合流してきた兵を動かしてが廃城であった岐阜を奪取する。そして打ち手を失った信長も当座の拠点としてこの岐阜へやって来ることになる。この再開は彼にとって早過ぎた。危惧した通り”主人と家来”に逆戻りしてしまう。

 最期に史実通りの汚名を着る事になったのは単に家康の扇動ばかりではあるまい。光秀は信長が息子を見殺しにした意図を知らなかった。彼はハヤセの存在を知らなかった。両者がもっと早く出会っていたなら別の結果になったかも知れない。

秀吉の自由

 「人間は誰しも…他人に殺される自由すら持ち合わせとる」

 すべてを破壊することで新たな時代を作り出そうとする信長のやり方では民の幸せはない。そう考えて反旗を翻す。彼の本音を聞きだした滝川一益は「他人の意思は批判できぬ」と言って二人の戦いから身を引く。信長に兵を用立てたのが彼であることを果たして知っていたか。すべて承知の上で許したのかも知れない。

 兵を手に入れて、拠点として堺を味方につけようとする信長に一歩先んじて大坂城築城の構想をぶち上げて商人達を取り込んでしまう。

 ハヤセの策にはまり虜になったときも悪びれもせず、「殺される価値のある…対等の男になれた」とどこか嬉しげである。ハヤセは何故彼を殺さなかったのでしょうか? 殺すには惜しいと見て、信長の後継者として彼を使うつもりだったのか。

三成の企図

 「永久に敵地にたどりつく事のない無限の行軍」

 さて、最終回の手前にてハヤセの華麗なる転身が起こる。信長の息子として世に出れば、信長の世を否定しようとした秀吉や家康の協力は得られない。彼は秀吉の家臣”石田三成”として世に出る事になる。

 雑誌掲載時にこれを読んで、大陸への出兵を計画し、大名達の地力を削いでいく計画なのだな、と考えたのだが少し違った。提案者はやはり秀吉自身で三成は出兵の後に発生する領地替えを円滑に行うためと称して検地を提案した。

 関ヶ原がハヤセ=三成と家康の八百長劇になることは、ラス前で予想が付いた。ただ、三成については、大陸出兵による惨禍の責を負って斬首で終わると思った。実際には出兵が秀吉の提案である以上、三成が偽装工作で生き残ったのはむしろ自然の流れだったろう。

 その後、影風魔の里が村ごと移住した先が飛騨帰雲城跡というのが見事だった。

演出と省略

 「細かい話」

 斯くしてすべて史実通り、とは行かない。

 まず演出の問題。

 家康を秀吉包囲網に加えるためにハヤセが口説きに行くのだが、浜松城は駿河ではなく遠江である。家康が居城を駿府へ移すのは上洛して秀吉に頭を下げた後で、これは単純なミスだろう。

 岐阜城の留守居役をしていて光秀に殺された池田元助。史実では小牧長久手の戦いで父恒興と共に三河岡崎への奇襲を敢行して討ち死にするのだが、作中では元助軍に偽装した光秀が恒興とその娘婿森長可罠に掛ける。池田親子はとばっちりとも思えるが、彼らは光秀の与力でありながら本能寺の際に秀吉方に付いた仇敵なので行き掛けの駄賃と言ったところか。

 秀吉危篤を三成が関東まで報せに行くのだが、この時期なら上方に詰めているべきでは。あと、この手の打ち合わせは七将に追われて家康の屋敷へ逃げ込むエピソードを入れて欲しかった。でもこの物語の三成なら追っ手を返り討ちにしかねないか。

 次に登場しなかった人物。

 信忠と一緒に妙覚寺にいて”本能寺の変”に巻き込まれたはずの信長の末弟長益。信忠本人が光秀の仕業だと思いこんでいたのだから、恐らく真相は知らない。大坂の陣が書かれていれば出番があった。同じく、妙覚寺にいて嫡子三法師を託された前田玄以。京都奉行となり三成の同輩である五奉行の一人に数えられるのだから、三成編が詳細に書かれていれば出番はあったろう。

 秀吉子飼いの家臣達。新参の三成との確執が描かれる余地があった。だが、秀吉の周囲で登場したのは軍師黒田官兵衛のみで、実弟秀長すら描かれていない。池田親子らと岡崎奇襲に参加したはずの堀秀政と羽柴秀次も省略された。秀次は後の”殺生関白”であり、豊臣政権の構造にも疑問が出てくる。そもそもこの世界の秀吉に子供はいるのか? 

 関ヶ原の共犯者で、揃って処刑されたはずの小西と安国寺は省略。三成の処刑が偽装である以上、二人は別扱いになるのはある種当然ではあるが。

 秀頼が生まれないと大坂陣も発生しない訳だが、この話では淀の方どころかその母親の(秀吉モノでは定番?の)お市の方も出て来なかった。(今更ながらとことん男臭い話だ)

 忍者モノで定番の真田が全く出ませんでしたねえ、と言う話を某伝奇小説hpで書き込んだが、真田を登場させるとどうやっても間抜けにしか成らない。結局「ハヤセからすれば大坂の陣は蛇足」(by三田主水)と言う事になる。

 でも、最大の省略は三成の妻子。最終回に、思い出した様にヒロインが再登場してきますが、一体幾つになったんでしょう。三成になった時点でちゃんとしておけばいいのに。あと、改めて思ったけど、長老、まだ生きてたんだね。物語の開始時点から十八年も経っているのに。(06/09/03追記)

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