神統記 第三版

第三章 補注2 女神三態

 唐突だが、トロイ戦争のきっかけとなる事件をご存じだろうか?

 不和の女神エリスが黄金のリンゴに「最も美しい女神へ」と書いて三人の女神に贈ったことである。その三人とは神々の女王ヘラ、知恵と戦争の女神アテナ、愛と美の女神アフロディーテである。三女神は裁定者としてトロイの王子パリスを選んだ。

 さてこの後どうなったかは本論ではない。この三女神が女性の三態を表しているのではないかと言う話である。より正確には男から見た女性の三つの側面と言うべきかも知れない。

1 アフロディーテ 生産から切り離された女性

 一番解りやすいのはアフロディーテであろう。彼女は官能的な、恋人としての女性を象徴している。これはその原型である古代バビロニアのイシュタル女神以来の伝統であるが、アフロディーテにはどういうモノか呪術的(悪魔的と言い換えても良い)な側面が薄い。イシュタルはキリスト教において悪魔の一人アスタロトとして組み入れられている。一方でアフロディーテ(あるいはローマにおけるビーナス)がその子であるキューピットを抱いた姿が聖母子像に比定されたりする。

 愛と美の女神というのは本来は大地の豊穣を守る存在でも有ったのだが、ギリシア神話ではこの部分は細分化あるいは分業化されており、そちら方面にはデーメーテルという別の女神が存在する。そして生産から切り離されたアフロディーテは娼婦達の守護者としての部分が強調されることになる。

2 ヘラ 良妻あるいは悪妻

 ヘラが象徴するのは”良妻”である。姉さん女房(彼女は実際に夫ゼウスの実姉なんだが)で夫の出世が彼女の人生の目的である。

 猿山の延長である社会的ランク付けとは男社会の産物である、女性は本質的に平等主義であると思うのだが、一方で女性が夫の七光りで大きな顔が出来る仕組みが有る限りこの階層社会的構造は壊れないだろうと思う。

 「世には男を成功させつつ不幸にさせる女と、男を凡俗化させるつ幸福にさせる女がある」(「美女貸し屋」山田風太郎)

 ヘラは前者であり、アフロディーテは後者であろう。

 おりしも今は六月である。ジューンブライドのジューンとはローマ名であり、ギリシア神話のヘラに相当する。ヘラ=ジューンは結婚の守護女神でもある。よって夫の浮気には非常に厳しいと言う側面もあるが。

3 アテナ 清純なる母性

 対してアテナが象徴するのは”賢母”であると思われる。実はここが本稿の最も弱い部分であり、一方で主張すべき骨子でもある。

 本稿のきっかけは「ガヴァネス」についての論述を読んだことである。その結果が「男と女の差異論」の一稿(経済学的考察)に現れているのであるが、そこで書ききれなかった部分をここに著わしている。

 「ガヴァネスの起源は遠くミネルヴァ(パンダロスの娘たちに糸をつむぎ、布を織ることを教えた女神)にさかのぼる」と書かれているが、ローマにおけるミネルヴァ女神がギリシア神話におけるアテナ女神である。アテナ=ミネルヴァは知恵の女神であり、教育ママの走りかも知れない。

 アテナ=母性論のもう一つの根幹が戦争の女神としてのアテナである。ギリシア神話には戦争の男神としてアーレスがいる。こちらが攻撃を象徴するのに対してアテナは防御を象徴する。そして彼女が持つ、あらゆる悪を退けるイージスの楯こそ我が子を守る母の慈愛ではないか。

 そしてアテナはパラス(乙女)と言う称号からも解るように処女神である。だが、アルテミスのような”潔癖性”の処女神ではなく、むしろ好んで男性の味方をする。母が処女であるはずがないのだが、子供とくに男の子には母に性的に中立であって欲しいと言う願望がある。この面でも男性から見た母性を示しているように思える。

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