神統記 第三版
第一章 種別総論
カテゴリーT 四大元素
1−1 父なる始源の天空
天はその原初から父として崇められた。父は常に乗り越えられるべき存在であり、それ故か、幾たびの世代交代が繰り返される。父はある時には後退して暇な神(デウス・オティオースス)へと変質するか、あるいは去勢され無力化する。去勢された生殖器から、しばしば新たな神が生まれる。これは人類の側から見れば、征服民と被征服民の交代と同化政策が暗示されると思われる。つまり次世代の神とは征服民側の持ち込んだ神で、先住民の崇める神に取って代わるとき、旧き神を捨てるのではなく血縁関係を設けて世代交代という形式を取っただと推測される。よって天空神の世代交代を見れば、その民族の歴史が浮き彫りになると思われる。そして神の名の語源を辿れば、征服・被征服の関係が炙り出されるであろう。
此の交代論の唯一の例外と思えるのが唯一神教の神である。他民族を”征服した”経験のないユダヤ=イスラエル民族は、他の天空神から切り離された神統記を作らざるを得なかった。そうでなければ多くの事例のように他民族に同化習合されていたであろう。初期のヤーウェは明らかに男性神で、地母神的な配偶者を持っていた。威勢を誇ったソロモン王の時代にはヤーウェはバアル神と並んで崇拝されていたので、世代的にはバアル神に取って代わった第五世代に分類すべきであろう。
第一世代 アラル(ヒッタイト)・エリウン(フェニキア)
アナトリアに存在した最古の天空神。既に失われて久しい。
第二世代 アン(もしくはアヌ)・ウラヌス(もしくはウラノス)
古いシュメール・アッカド、バビロニア、ヒッタイト等においてはアン、より新しいギリシアフェニキアにおいてはウラヌスとなる。語源的には同根であると思われる。ローマ以降では同一化・習合傾向が見られ、呼び名も様々である。後述。
第三世代 クルマビ(ヒッタイト)・エア=エル(バビロニア及びフェニキア)・エンリル(シュメール及びアッカド)・クロノス(ギリシア)・サトゥルヌス(ローマ)
個々に分化していったと思われ、呼び名も多様化している。
クロノスとサトゥルヌスについてはやや注釈が必要であろう。クロノスはギリシア起源の時の神であるのに対し、サトゥルヌスはローマの農耕神である。これはペルシア起源のミトラス神と混交し永遠時間の神となった。その容姿は天空父神の原則から離れ、全身に蛇を巻き付けた”美少年”である。
第四世代 テシェブ(ヒッタイト)・バアル(フェニキア)・マルドゥク(シュメール〜バビロニア)・ゼウス(ギリシア)・ユピテル(ローマ)
人類と接点を持つ英雄神にして、現在の支配である至上神。但し、テシェブ神はヒッタイトの消滅と共に(一部の神話的モチーフを残して)失われ、バアル神は後継民族カルタゴへ受け継がれた後、ローマに破れてやはり消えた。ギリシアを飲み込んだローマのユピテル神、その拡大と共に取り込まれたゲルマンのオーディン神が現れている。但しオーディン神はユピテルとではなくヘルメス=メリクリウス神と習合している。
第五世代 オーディン(ゲルマン)・ヤーウェ
ゲルマンでユピテルに比定されるのは一般にはトール神である。これは単に雷神としての属性が共通しているに過ぎない。このことからゲルマンの神々の王・オーディン神は(仮に)第五世代に分類する。オーディン神はギリシア=ローマでは伝令としての役割であったヘルメス=メルクリウスに比定される。
またユダヤの民族神としてのヤーウェも此処に分類する。このことから第四世代と第五世代の間に、一神教普及の影響による隔絶・放散が見られる。
1−2 母なる始源の水
父なる天に対応するのは原初には母なる水であった。恐らく農耕の発生により大地への信仰が生まれ地母神の系譜が取って変わった物と思われる。神学的に言えば水は混沌の象徴で、そこから天と地が分かれたのだと見ることも出来よう。
ナンム(シュメール)
天(エン=アン)と地(キ)の夫婦神を生む。すなわちシュメールでは母が先行しそこから父たる天と母なる地が生まれている。そしてその息子たるエンリルにより天地は分かたれる。
ティアマート(バビロニア)
シュメールのエンムに相応するのがバビロニアのティアマートである。彼女はアプスー(淡水)という配偶者を持ち、第二(ラハム男神とラハム女神)の対偶神、第三の対偶神(アンシャルとキシャル)を生む。このアンシャルとキシャルから天アヌ神が生まれている。アヌの息子ヌディンムド=エアはアプスーを殺し自ら水の神へと変わる。(アプスーは”水”の呼び名になる)ティアマートを殺すのはエアの妻ダムキナの生んだ第四世代の英雄神マルドゥクであり、ティアマートの死体から天地を初めとする様々な創造が行われる。
大地と水の相関
大地の神エンキとその配偶者ニンフルサグ(シュメール)
アン、エンリルと並ぶ三大神であったエンキは本来大地の礎を支配する神であった。シュメールの世界観では大地は原海洋上にあると考えられたので、エンキは始源の水の神と誤認された。(あるいはエンムとの混同であろう)
エンキは楽園の原典と思われるディムルンの王であった。エンキは妻ニンフルサグの生んだ娘と結ばれ、さらにそのまた娘と結ばれるといった神統記を紡ぐ。ニンフルサグはそんな夫を罰し、衰弱死させるが、これを再生するのもまたニンフルサグである。
ポセイドン(ギリシア)・ネプチューン
第四世代の天空神として現れるゼウスの弟(もしくは兄)とされるポセイドンは本来大地の神であったが、ゼウスの登極(恐らく外部からの征服神)と共に海洋神として再誕する。(原ポセイドンはエンキの系譜を次ぐものであろう。あるいはこの類推がエンキを水の神へと変容したのかもしれない)系統立ったギリシアの神統譜はゼウスからの逆算と思われ、ギリシアへ農耕を持ち込んだのはこのゼウスを信仰する民であっただろうと推定される。
一方、後にポセイドンと習合されるローマ起源のネプチューンは大地の神としての性格を有せず、むしろその父でギリシアのクロノス神に比定されるサトゥルヌス神が、農耕神として大地の属性を備えている。そのことからローマはトロイの民の末裔と言う建国神話(自称)とは異なり、(神統記的に見て)ギリシアより一世代後であることが見て取れる。
1−3 始源の大地の神
インド=ヨーロッパ民族は農耕社会への移行と共に母なる大地への崇拝を始めた。しかしそれ以前の大地はむしろ男神、もしくは対偶神の支配するところであった。それまでは神々の母の地位は水と大地が互いに奪い合っていた様である。
第一世代地母神 ゲー=ガイア(フェニキア、ギリシア)
天との対応からいえば、第二世代の配偶者に当たる。第一世代では配偶者を持たない(アラル)か、持っても妻(ブルト、エリウンの配偶者)が大地の属性を有しない。農耕文化の発生以前の民なのであろう。
第二世代地母神 レア(ギリシア)
レアはギリシアにおけるクロノスの妻であるが、母ガイアの複製品といった感が強く、存在感が希薄である。またバビロニアは第四世代(マルドゥク期)において漸く天地の分離が発生するので、エアの妻でマルドゥクの母ダムキナは大地の属性を帯びていない。
第三世代 デーメーテル(ギリシア)・ケレス(ローマ)・フレイ(ゲルマン)
第四世代天空神の登壇と共に、地母神としての性格が確立する。
第四世代 ペルセポネ(ギリシア)・アルテミス(ギリシア)・ディアナ(ローマ)
ペルセポネは第三世代のデーメーテルの娘で、さらわれて冥王ハーデースの妻となる。ペルセポネの往来はギリシア神話における冬の説話であり、その意味で隠れた地母神といえよう。
第三世代が農耕民の守護者であったのに対し、アルテミス=ディアナ女神は狩猟民の守護者である。第三世代のデーメーテルとも血縁関係になく明らかに別系統の新たな型の地母神である。
1−4 火の祭祀
天=風、水、大地と来れば残る四大元素として火の祭祀が想像される。火はあらゆる科学技術の起点であり、どんな文明でも神聖視される。
アグニ(ヒンドゥ)・ヘスティア処女神(ギリシア)・ヴェスタ処女神(ローマ)
稲妻より生まれた火の神の概念はインド=アーリア社会において汎化された。インドのアグニはラテン語のイグニスへと移植される。インドラ率いるデーヴァ神族とヴァルナ(アスラの称号を帯びる)の抗争は、アグニの説得に成功したデーヴァの勝利で終わる。(呪術的至上権を象徴するヴァルナから法律的至上権を顕彰するインドラへの権力(及びアグニに象徴される火の祭祀権)の委譲は、混沌(カオス)から宇宙(コスモス)への大いなる移行と考えてよいだろう) ギリシア神話では火すなわち文明の入手(ティタン・プロメテウスの盗み)が一つの転機となる。人類に渡った火を管理するのは家庭においては女性の役目であり、そこから竃の火を司る女神ヘスティア・ヴェスタが生まれた。それにしても火の管理者が何故処女神なのか、恐らく祭儀上の都合なのだろう。
鍛冶・冶金の神 コシャル・ワ・ハシス(カナン)・プタハ(エジプト)・トヴァシュトリ(ヒンドゥー)・ヘパイストス(ギリシア)
英雄神が敵をうち倒すとき彼らに武器を提供するのが彼ら鍛冶・冶金の神である。文化の深化と共に錬金術を司る秘教的な性格が強まっている。